第63話 「どうしてこうなった?」
主から殺気にも似た覇気をぶつけられ、稲豊は戦慄すると同時に困惑した。
先程彼女に言われた『何故プロポーズをしたか?』少年は何度もそれを頭で反芻したが、やはり答えは見えて来なかった。稲豊自身にも、何故そんな誤解をされたのか理解できない。
「えっと……少し待って下さいね? 確認させて下さい」
「許可する」
そこで稲豊が取った行動は、確認すること。
自身が分からないのなら「周囲の者なら答えを知っているのではないか?」と考えたのだ。
「皆……俺はプロポーズをしたのか?」
ルトに背を向け、稲豊は他の者達の顔を見ながら問い掛けた。
彼が願ったのは否定の言葉だったが、皆の反応はそんな儚い希望を大きく裏切る結果となる。
「あー。うん。プロポーズしたねぇ」
「アレがプロポーズじゃなければなんだってんだオメェは」
「ええ。あれは間違いなくプロポーズでしたわ?」
「…………イナホ……けっこんするの?」
気が遠くなる意識をなんとか堪える稲豊。
しかし、そんな彼に不意に“ある考え”が降りてくる。最初は「まさか」と首を降った稲豊だが、その可能性を捨てきれない。彼は万が一を考え、半信半疑でミアキスへと問い掛けた。
「ミアキスさん。お願いがあるんですけど」
「ん? なんだ少年?」
「俺がさっき彼女に言った言葉。出来るだけ正確に教えてくれませんか?」
「ああ、構わないぞ。確か少年は――――」
ただの杞憂であってくれ。
稲豊は一心に神に祈った。
「寂しくないように俺が傍に居てやるから。料理だって、今はこれが俺の限界だけど……、いつか必ず人間よりも美味い物を作ってやる」
律儀に口調まで稲豊の真似をしながら再現をするミアキス。
それを一言一言、稲豊は慎重に分析していく。今のところ不審な点を見つける事は出来ない。
「だから人間を食べないでくれ」
やはり勘違いだったか。
戯れに付き合ってくれたミアキスに、苦笑しながら感謝の声を掛けようとした稲豊。
しかしそんな気は、次の彼女の再現により吹き飛ばされる事となる。
「お前と毎日同じご飯が食べたい。一生傍に居てくれ。結婚しようマリアン――――」
「ホワッツ!!!! ワッツハップン!!??」
動転した稲豊は何故か英語でツッコミを入れる。
「そんなに取り乱してどうした? 確かに少年はそう求婚したと記憶しているが?」
「そんな馬鹿な!?」
ミアキスがこの様な状況で嘘や冗談をつかない事を稲豊は知っている。
だとしたら思い当たる可能性は一つしかない。残念ながら、彼の予想は的中していたのである。
「翻訳機能の…………誤変換?」
彼がそう呟いた通り、それは翻訳機能の誤変換に他ならない。
稲豊最大の誤算は、誤変換が英語にのみ限定されると思い込んでしまったことである。しかしそれも仕方が無い、何故なら今まで起きた誤変換の全てが『スパイ』や『オールマイティー』などの英語を使用した時にのみ起きていたからだ。
『一緒にいる』や『毎日食べさせる』などの言葉から、勝手に気を利かせた暴走翻訳機能。それは最高に最悪なタイミングで誤変換を引き起こす。既に起きてしまった状況に対して、稲豊に出来る事は最早一つしかなかった。
「誤解だあああぁぁぁ!!!!!!」
その日。
奇妙な屋敷の中庭から、誰かの絶叫が青空へと木霊した。
そこでは少年少女の拉致事件が起きていたのだが、それは第一王女等の活躍により、最悪の事態を回避するという結果で収束を迎える――――のだが。
――――――勿論それは、志門 稲豊を除いての話である。
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「ただいま~……って、わっ!?」
「イナホ様!!!!」
ルトの屋敷の玄関を潜り、ホールの中心に到達したあたりで、ナナのタックルをもろに食らい絨毯に倒れる稲豊。ナナは涙を流しながら、彼の名前を連呼する。ギュッと抱きしめられた細い両腕から、少女の心配したという強い気持ちが伝わって来て嬉しく感じる反面、稲豊はその思いに苦しめられた。
「う、嬉しいけど…………おも……い……! あと……脚がふれ……て……」
「ナナもイナホ様が無事で嬉しいですけど! 気にしてるのにヒドイですイナホ様!」
なんとか少女に解放され立ち上がった稲豊は、一息を吐いた後に少女の頭を撫でる。
「心配させてごめんな? 朝飯も作れなくて悪かった」
「本当ですよ! ナナがどれだけ心配したことか!! これからたっぷりとお説教を――――あれ?」
ナナが途中で言葉を止めたのは、玄関の扉より顔を覗かせる、自分よりも小さい女の子が視界に飛び込んで来たからである。少女の後ろにはミアキスの姿もあり、二人はそれなりに時間が経過した今でも屋敷内に入って来ない。
「照れてんのさ」
そうナナに告げると同時に、稲豊は少女の元へと寄っていく。
ナナからは聞こえない会話を三人が軽くした後、稲豊は少女を抱えて元いた位置に戻って来る。
「この子はタルト。ルト様から許可を得た、今日の特別ゲストだ。女の子同士、ナナが持て成してやってくれ!」
「…………非人街に住むタルトです。今日はよろしくおねがいします」
「タルト様ですか! こちらこそよろしくお願い致します!」
稲豊の腕から降り、恭しく頭を下げ合うタルトとナナ。
人間である事に若干の抵抗を感じるナナであったが、そんな事はおくびにも出さない。胸を張ってタルトの世話を引き受ける。二人の少女の出会いを眺める稲豊とミアキスは、互いに顔を見合わせ口元を綻ばせた。
しかしそんな微笑ましい時間は、突如飛来した赤い旋風によって吹き飛ばされる事となる。
「ハニー!!!! 寂しかったぁ!!!!」
「グハァ!!」
「イナホ様!?」
背後から食らった突進により、またも床へと叩きつけられる稲豊。
その背中に次に抱き着いていたのは、遅れてやって来たマリーである。
「寂しいって……、別の猪車でやって来ただけだろ! 一時間ぐらいじゃねぇか!」
「ハニーの顔が見れなかった一刻は、むっちゃ長く感じるんよ!」
「とにかく離せ! 子供が見てる!」
「もう照れ屋さんやねぇ! ウチにプロポーズしてくれたハニーは何処行ったん? でもそやね。子供にはちょっと刺激が強すぎるなぁ。この続きは、夜にハニーの部屋で――――あたっ!」
暴走するマリーを彼女の扇子で殴って止めたのは、この屋敷の主だ。
非難の目をルトへと向けながら起き上がるマリーと、それに続くように立ち上がる稲豊。
ポカンとした表情をするナナと、眉を吊り上げるルトの表情が実に印象的な光景である。
「シモンは疾くナナとアドバーンに食事を用意しろ! マリーは使用人達と客間へ来い! まだまだ聞きたいことがあるのでな!! ミアキスも一緒に来るのだ!」
「承知」
「は、はい!」
「ええ~……ハニーと離れるのは嫌やけど、しゃあないなぁ。皆行くで」
客間へと足早に移動するルトとミアキスの後を、ぞろぞろと付いて行くマリアンヌと使用人達。屋敷が半壊してしまった件と事情聴取も兼ねて、辞退したターブ以外の関係者を屋敷へと招いたのだ。それはこの際、些末な問題。稲豊にとって何よりも大変なのは、へそを曲げた主の方である。
稲豊がマリーに間違ったプロポーズをしてから、ルトの機嫌は露骨に悪くなっていた。もちろん翻訳機能の誤変換である事を皆に説明した稲豊だが、マリーは聞く耳を持たず、ルトには懐疑の瞳を向けられた。
どうすれば良いのか? 頭を抱える稲豊に掛けられたのは、ナナの震えた声である。
「イ……イナホ様……あの人にプロポーズ……したんですか?」
「い、いや! したと言えばしたのかも知れないが! それは違くて!!」
影を落とした少女の顔は、稲豊の言葉で怒りの形相へと変わる。
「したんですね!! くっ…………イナホ様! お説教はヒドイですからね!! こちらへどうぞタルト様!!」
「う、うん」
「あ! ま、待ってくれ!」
引き止める稲豊の言葉も虚しく、少女二人の姿は廊下の奥へと消える。
一人ぽつんと残された稲豊は、最後にナナが見せた涙目に胸を締め付けられて悶絶した。
「俺が悪いと言うのか?」
「……そんな事はありませんぞ」
「えっ?」
誰にともなく問いかける彼に言葉を返したのは、何処からともなく現れたアドバーン。傷心の稲豊の肩に手を置いた老紳士は無言で首を振り、少年の健闘を称える。
「アドバーンさん!! ただいまぁ!!」
「イナホ殿!! おかえりなさいませぇ!!」
二人は熱い抱擁を交わし、男同士の絆を更に深めた。




