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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第53話  「トイレとか・・・・・・どうしよう?」

 稲豊がマリーの正体を口にした瞬間。

 彼女は今まで浮かべたどんな笑みよりも、眩しい笑顔を覗かせた。嬉しくて仕方がない、そんな感情が溢れだした、邪気の無い笑顔である。



「正解やシモン君! ウチはルートミリアの妹。魔王であるお父様と、ドワーフのお母様の間に生まれた。魔王国第二王女マリアンヌ・アレスグア・ルヴィアース! 仲良うしたってや?」


「妹――――そりゃそうか。ルト様が第一王女なんだから」

 


 見た目はマリーの方が年上に見えるのだが、魔族の外見年齢に意味などない。

 アドバーンに至っては400歳を超えているのだから。


 稲豊はそんなどうでも良い思考を振り払い、話を元に戻す。



「いくら魔王の娘だからって……法を犯しても良い訳がないだろうよ? それとも、どんな我儘ワガママもお父様の力で揉み消そうってのか? それは名君のして良い事じゃねぇだろ。暴君なら話は別だけどな」


「…………例えシモン君でも、お父様の悪口は許さへんよ? 次は無いから、要注意やで?」


「……やっぱり姉妹だな。分かったよ、説明してくれたらもう言わない」

 


 初めて稲豊に敵意の感情をぶつけるマリー。

 それほどに、彼女にとって魔王は絶対的存在なのだ。

 ルトにもマリーにも愛されている魔王サタン。彼に対する稲豊の興味は尽きない。



「まぁでも、君が誤解するんも仕方ないかも知れへんね。ウチの言い方が悪かったんかも……堪忍な? シモン君。嫌わんといてな? ちゃんと説明するから」



 しかしマリーは直ぐに機嫌を直すと、反省し素直に謝罪の言葉を述べる。

 右手で毛先を弄りながら、不安気に謝る彼女の表情を見た稲豊は「もしかしたら」と考える。

 

 マリーは価値観が違うだけで、根っからの悪人では無いのでは?


 そんな思いを巡らした稲豊だが、絶望的な状況が変わった訳ではない。

 結局のところ、その価値観を覆さないことにはどうしようも無いのだから。



「話はちょっと変わるんやけど、シモン君は不思議に感じたことあらへん? “非人街”っていう名称について。な~んや、けったいな響きやと思わへん?」


「ん――――確かに最初聞いた時は変な名前だと思ったけど」


「非人街、その名の由来。シモン君は知っとる?」



 マリーは稲豊に、由来を知ってるかどうかを本気で尋ねている訳ではない。

 知らないでしょ? と、確認を迫っているのだ。


 勿論稲豊は由来を知らない。

 魔王国の歴史本を紐解いても、その由来に関しては何処にも記述が無かったからだ。



「その由来はな? “ある物”の頭文字をくっつけたモノなんやけど。分かる?」


「大きな正解を出したんだから、そのぐらいは多めに見てくれ。何なんだよ? その“ある物”ってのは?」



 またも楽しそうにクイズを出すマリーだが、稲豊はそれに興じる姿勢を見せない。

 誰も教えてくれなかったその由来が、気になって仕様が無かったのだ。

 


 質問を返されたにも関わらず、マリーはとても嬉しそうに目を細め、稲豊の耳元にまで顔を寄せる。彼女の荒くした鼻息がこそばゆい稲豊だが、グッと堪えマリーの次の言葉を待った。



「ひ…………ち…………や」


「は? 今………………なんて言った?」



 耳元で囁かれた稲豊が聞き逃すことなど有り得ないのに、あまりに想定外のその言葉は、稲豊にもう一度確認させるという行動を起こさせた。


 それだけ、“人間である”彼にとっては、衝撃的な由来だったからだ。


 そんな稲豊の様子を楽しんだマリーは、面倒臭がることもなく、再度由来を口にする。



「『非常食』と『人質』や。それを知ると、あの街の人間の役割も一目瞭然やろ? 上級魔族の為に用意された食事と、いざという時の為の交渉材料。やから上級魔族であるウチがタルトちゃんを食べたところで、何の問題もあらへん。それがウチが許される理由の一つ」


「ひ、非常食と…………人質?」



 屋敷の魔物達は稲豊を暖かく迎え入れてくれた。

 言ってしまえば、非人街に住む同じ人間達よりも、優しく接っしてくれたのだ。


 だから稲豊は勘違いをしてしまったのである。

 例え差別が生まれようとも、その命までを理不尽に奪われるとは考えていなかった……。

 それは彼が少年故の甘さだ。敵国民の命の重さなど、軽いに決まっている。



「人間であるシモン君の扱いがええんも、料理を作れるからや。それだけコックの価値は大きいっちゅうことやな。本来なら、タダの食材くらいにしか思われへん」


「…………非人街の人達は、それを?」


「もちろん知っとるよ? だからウチらのするテキトーな言い訳にも反論すらせえへん。家畜となんら変わらへんわ」



 マリーの発言に腹を立てた稲豊だが、それは彼が人間だからだろう。

 稲豊とて元の世界では、家畜の存在を可哀相だとは思っても、肉を食べるのを止めた訳でもない。



「まっ! 上級魔族でも、人を食べるんはウチらぐらいやな。他の連中はお父様が怖くて、人間達には手出さへん。“まだ”……な」



 天井を見上げ遠い目をするマリー。

 その表情は一転、凄く淋し気である。


 一分ほど心を手放していた彼女はスッと目を閉じ、落ち着いた口調で稲豊に語り掛けた。



「サービスでもう一つの理由も教えるんやったね? ウチが罰せられないもう一つの理由は…………ウチに――――いや、ウチ達を叱ることの出来る者がおらんなったからや」


「いなくなった? 誰が?」



 稲豊の問いを聞いたマリーの顔に、濃い色をした影が落ちる。

 それは心の傷を顕著に表現していた。マリーの心に深い傷を残した者、彼女はその者との深い仲を匂わせるが、稲豊にはそれが見当もつかない。


 しかし、その答えは直ぐに分かることになる。

 目を細めたマリーが、隠すこと無く告げたからである。



「魔王サタンは――――――――“失踪”したんよ」


「はぁ!? 王が失踪!?」



 寝耳に水な事実に、稲豊は今日何度目かの驚愕の声を上げる。

 そんなことは誰も言わなかったし、感じさせもしなかった。

 魔王は城の中で、日々王の仕事に勤しんでいると、稲豊は本気で思っていたのだ。目を丸くする少年に、マリーは少し悲しそうな目で話し掛ける。


「シモン君も蚊帳の外なんやね。気持ちはよう分かるで? 他のモンが教えてくれへんのやったら、ウチが教えてあげるからね?」


「あ、ああ。ありがとう」



 稲豊の額を愛おしそうに撫でながら、マリーは当時を振り返る。

 そして、昔話でもするかのように、少年に優しい声で過去を語った。



「約二ヶ月前――――お父様は忽然とモンペルガから姿を消した。最初に知ったんは大臣のシフさん。シフさんは失踪を皆に悟られへんように、城の上級職のモンだけに伝えた後でお父様の捜索を開始したんや。やけど、手掛かりは何一つ得られんかった……。今でも隠密に捜索は続けてるそうやけど、いつ城に言っても首を横に振られるだけや。シフさんが優秀やから、今でも何とか国としての体制は保っとるけど、それもいつ崩壊するか分からへん」



ベッドの上で足先をぶらつかせながら話すマリーは、実に物憂げな様子だ。

その姿に少しの哀れみを感じた稲豊は、気を晴らすかのように話を続ける。

 


「そんな事になってるなんて……、王に何か変わった様子は無かったのか? いきなり失踪するなんて、事件に巻き込まれたとしか思えねぇんだけど」


「それがね? あったんよ! 普段とは違うことが!」



 マリーは魔王の失踪に心当たりがあるようで、目に力を宿し稲豊に顔を近付ける。

 少し緊張する稲豊に、彼女は魔王の異変について語る。



「失踪の一ヶ月前、ウチら六人の姉妹はお父様の私室に呼ばれたんよ。そんなん滅多に無いことやから、ウチらは何事かと顔を見合わせたモンや! そんでな? お父様はウチらに“ある頼みごと”をしたんやけど、今から思えば……、お父様は自らが失踪する事に気付いとった」


「ある頼みごと? それが失踪に関係あるってのか?」



 顔を上げ、「多分な」と強く頷くマリー。

 彼女は力強い瞳で、その内容を話すべく大きく口を開ける――――そして。



「ふ、ふわぁ~…………」



 二つの可愛らしい八重歯を覗かせながら、大きな大きな欠伸をした。



「良いところでごめんなぁシモン君。ウチなんか眠たなって来た。話の続きはまた明日しよな?」


「えっ? こんなタイミングで!?」



 きょとんとする稲豊を余所に、マリーは部屋の明かりを落とす。

 薄暗くなった部屋の中で、ほんのり照らされたのはピンクのベッドだ。暗くなれば、最低限の明かりが灯る仕組みになっている。



「時間ならたっぷりあるさかいな? ほなおやすみ~!」


「うわっ!」



 マリーは子供がそうするかのように、稲豊の胸に飛び込む。

 そして美しい肢体を稲豊に絡ませ、ふわふわの毛を持つ頭を少年の右腕に乗せた。

 薄暗くて分かり難いが、その表情はとても幸せそうである。



「ふふ! シモン君の匂い好き。落ち着くし、興奮するし、それに……なんや切なくなる」


「そ、そうか? でもあんまり嗅ぐな。くすぐったいから!」


「い~や~! か~ぐ~の~!」



 稲豊の胸に顔を埋め駄々をこねるマリー。

 スンスンと鼻を鳴らされる度に、ぞくぞくとした快感が込み上げ、少年の胸は高鳴ってしまう。マリーは静かに目を閉じると、その鼓動を子守唄に、安堵した表情で眠りについた。


 しかし堪らないのは、抱枕にされた稲豊の方である。

 幸せな感触に包まれて、寝ることなんて出来そうにない。



「まいった」



 そう零す稲豊が寝ることが出来たのは、それから五時間ほど後の事であった。

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