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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第51話  「いただきます」

 緊張した面持ちで、廊下奥の木製扉の前に立つ稲豊。

 早鐘のように鳴る心臓を深呼吸でなんとか静め、時間を掛けて稲豊は扉をノックする。浴衣から覗く右手は微かに震え、その行為に必要な気持ちの重さを窺わせる。



「どうぞ~」



 扉奥より聞こえる声が、稲豊の心臓を一際高く踊らせる。 「父よ母よ、息子は今から大人になります!」そんな事を呟きながら少年は、大人の階段を上る覚悟でドアノブを回した。



「し、失礼します!!」


「緊張してるん? 敬語になっとるで?」



 背筋をピンとした稲豊を迎えるのは、悪戯な微笑みを浮かべる赤いネグリジェ姿のマリー。

 少し透けた、見えそうで見えないその姿は実に魅惑的だ。覗く健康的な太股も、稲穂の劣情を駆り立てるのには充分な効果を発揮している。


 悩まし気なその姿から目を逸らすように、室内に視線を走らせる稲豊。そうでもしないと、稲豊自身どうにかなってしまいそうだったからだ。


 マリーの私室は、先程の食堂よりもムード溢れる空間で、ピンクや赤の色彩で統一されている。和の要素は何処にも存在せず、全ての家具は洋風な物で纏まっていた。敢えて違和感を上げるとするならば、玄関にあったのと同じ西洋人形が、暖炉の上に並べられていることだろう。



「立ち話もなんやから……こっち……座って?」



 マリーが熱を帯びた瞳で促すのは、自身も腰掛けるピンク色のベッドの上。



「あ、ああ!」



 声が裏がりながらも、稲豊はギクシャクとした動作でマリーの隣に腰を下ろす。その顔は緊張で強張り、手の平に至ってはかなりの湿り気を帯びている。それはマリーも同じなようで、美しい額には汗が浮かび、呼吸も食事の時より明らかに早い。



「そ、そう言えば……飛竜って市場で手に入れたのか? 売ってるのを見たこと無いもんだから」


「え? い、いや……飛竜はな? コネを最大限に使用してゲットしたんや。ほら? ウチ貴族やから」


「へぇ。やっぱ貴族は凄いな!」


「なんたってウチ貴族やからね!」



 渇いた笑いを同時に浮かべる二人。

 ぎこちないやり取りは実に初々しいが、会話より先に進む気配は今のところ見えない。


「飛竜の肉が一番美味いのか? マリーは美食家グルメっぽいから、色々食べてそうだけどさ」


「うん! ウチ食べるの大好きやから色々食べてきたんやけど、やっぱり飛竜の肉がトップやなぁ。ふふ、ウチ自分の体なら舌と耳が好き! 舌は美味しい物を感じ取れるし、耳は美味しい物の情報入るしな」


「って、食べ物の事ばっかり」


「あっ、バレてしもた?」



 心なしか緊張を解した二人は、その後も他愛無い会話をしばらく続ける。

 だが、そんな微笑ましいやり取りもいつかは終わる。先に行動に移したのは、情熱的な赤い彼女である。



「飛竜料理専門店とかあれば良いのに――――」


「あん、もう! シモン君。料理の話ばっかり! ウチ飛竜に嫉妬しそうやわ……なあなあ? ウチには……興味ないん?」



 細い左腕を稲豊の右腕に蛇のように絡ませ、指先でのの字を少年の手の甲に書くマリー。

 密着したことにより、豊満な胸が稲豊の腕で形を変える。その柔らかさに感動を覚えつつも、稲豊の鼓動は最大級のビートを刻んでいた。ゴクリと喉を鳴らした稲豊は、鼻息を荒らくしながらマリーに必要事項を確認する。



「じゃあ……本日……マリーさんのご両親は……ご在宅でしょうか?」


「どちらも屋敷ココにはおらへんで? ……やから。ウチらが何をしても…………邪魔は入らへん」



 ここぞという時に敬語になってしまった小心者だが、マリーは気にせず熱い吐息を稲豊の耳元で吐きかける。その色気のある艶めかしい体から漂う薫香くんこうは、稲豊の理性を侵食し融解させる。体勢を横向きに変え、正面からマリーと向き合う稲豊。



「あ……」



 軽い声を漏らしたのがどちらなのか、最早二人には分からない。

 瞳を閉じて顎を軽く突き出し、抑えきれない震えを見せるマリーの体。

 その華奢な両肩に手を置いた稲豊は「いただきます」と心の中で手を合わせ、ゆっくりと……他者が見れば呆れるほど緩慢に、顔を彼女の瑞々しい唇に寄せていく。




 美しいその顔から目を離したくない稲豊は、瞳を閉じる事が出来ない。



 

 ゆっくり――――ゆっくりと近付く二人の顔。




 そして二つの唇がゆっくりと触れる――――――――








 ――――――――――その寸前。





『二人の将来について大切な話がしたい』





「………………え!?」



 脳の奥から届く誰かの声が、稲豊の動きを止めさせた。 

 驚きの言葉を上げて顔を離す少年に釣られるように、マリーもまた瞳を開き、軽い驚きの表情を見せた。その奥に覗かせるのは「どうして?」といった困惑である。


 しかし今その質問に答える事は、稲豊には出来ない。

 彼自身にだって、つい今仕方の現象が理解出来ないのだから……。

 マリーの顔が近付いた時、何故だか知らないがルトの顔と声が脳裏を過ぎったのだ。


 稲豊の脳内を満たす疑問の嵐。その答えを今直ぐに見つけ出すことは、困惑の暴雨風に飲まれた少年には出来そうもなかった。





「――――――あかん」



 そんな稲豊に顔を上げさせたのは、彼の目の前の女性が零す弱々しい一言。

 だがそれは、次第に強さ(ボルテージ)を上げていく。



「あかん! あかん!! ダメ!!! 無理!!!!」


「――――――マリー?」



 両腕を抱えながら震えるマリー。

 その尋常では無い様子を気に掛けた稲豊は、堪らず声を掛ける。だが、そんな彼女の状態が長く続くことはなかった。それ以上の激情が、マリーの体を動かしたのだ。



「うおっ! なっ!? え?」



 稲豊は一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 マリーが抱き着いて来たのかと思ったら、次の瞬間にはベッドに大の字に寝かされ、気が付けば自らの体の上に彼女が覆い被さっていたのである。



「マ、マリー?」



 もう一度女性の名を呼ぶ稲豊。

 しかし彼女は反応を見せず、息を荒くするばかりで、表情すらもその淫靡いんびな髪に隠れて読むことが出来ない。長い硬直時間が過ぎた後、稲豊に伸し掛ったマリーはようやく口を開く。



「ごめんね? シモン君……。本当は二人で一緒に昂ぶりたかったのだけれど、私…………もう…………」



 口調が方言では無くなるマリー。

 乱れた髪と、煌々《こうこう》と輝く緋色の双眸。熱い吐息が極めて情欲的で、稲豊の淫情を大きく刺激する。



「もう……………………我慢できない!!!!!!」



 マリーの理性は遂に限界を突破し、飢えた獣のように稲豊へと襲い掛かる。

 タルタルを吹き飛ばした怪力をもって少年の体を押さえ付け、その浴衣の胸元を大きくはだけさせる。



「うわっ! だ、大胆!!」



 馬鹿な声を洩らす稲豊だが、その顔は羞恥心から真っ赤である。

 しかし、それでも手を休めないマリー。潤んだ瞳の中には大きなハートのマークが浮かび、相当な火が灯っていることが窺い知れる。



「うわっ!?」



 次に稲豊が声を上げたのは、赤く湿った粘り気を帯びたものが、はだけた胸元から覗く鎖骨の上辺りをなぞったからである。それがマリーの舌だと気付いた時、稲豊はその感触のあまりの気持ち良さに、声を出すことすら出来なくなってしまう。



「ふぅ……ん……んんっ」



 マリーは艶っぽい声を出しながら必死に舌を動かす。糸引く舌は鎖骨を超え、今度は稲豊の汗ばんだ細首に狙いを定める。飴でも舐めるかの如く執拗に舌を這わすその光景は、犬が主人に飛びついている姿に見えなくもない。口を開けている為、鼻で息をするしかないマリー。その鼻息が敏感な首にかかり、快感の悪寒が稲豊の背筋を強く突き抜けた。想像を絶するほどの快楽である。



「くっ! ………………へっ?」

 


 あまりの快楽に呆け……、されるがままとなっていた稲豊だが、左手首に伝わる固く冷たい感触で我に返る。大の字の状態となった稲豊は、首だけを上げて左腕に視線を走らせる。その視界に映ったのは、異様な光景に他ならない。



「――――――――――手枷?」



 いつの間についたのだろうか?

 稲豊の左手首には、鈍色に光る鉄の腕輪。そう――――囚人が逃げ出さないようにする為の拘束具が、鎖と共に装着されていたのだ。


 鉄鎖はベッド端の装飾部分から伸び、一見しただけで距離的猶予があまり無いことを物語っている。



「…………改造ベッド?」



 怪訝な声を出す稲豊は、今度は右手首に感じる感触に気付き顔を向ける。

 そこでは今まさに、マリーの手により、手枷が右手首に装着されている場面であった。先程までの熱が引き、愕然とする稲豊を余所に、マリーはいそいそと残る両足にも鉄の枷を装着する。


 コレで両手両足がベッドに固定され、稲豊は首以外をろくに動かす事が出来なくなった。

 意図が分からず混乱する稲豊に、再度マリーは覆い被さる。そして、熱のこもった瞳を揺らし、説明にならない説明をした。



「ごめんね? ――――君を私だけのものにしたいの。だから、ジッとしてて?」



 そう一方的に告げると、またもマリーは稲豊の上半身に顔をうずめる。

 首を、胸を、腹を、腕を舐められ、その度に稲豊は熱に浮かされたような声を上げる。一度冷めた頭の温度も、直ぐに温めなおされるほど、マリーの舌も、密着した柔らかい体も熱を帯びていた。


 最後に到達したのは指の先。

 マリーは宝石でも扱うかのようにさも愛おしく、稲豊の右手の指を一本一本丁寧にしゃぶってゆく。初めての感覚に悶える稲豊だが「拘束コレ拘束コレでありかも」、などという相手の性癖に対して広い寛容の精神を見せたところで――――



――――――ある感覚が少年を襲う。



















 コキリ










「………………ん? えっ?」



 最初に違和感を覚えたのは、木の枝が折れるような何かの音。

 次に感じるのは熱と痛み。まるで火の中に手を入れてしまったのかと勘違いしてしまうぐらいの、突き刺さるようなあの感覚である。


 稲豊はそれが自身の右手の先から伝わることに気が付き。

 顔を上げ、視線をゆっくりと右腕の方へとスライドさせる。その際に彼の視界に入ったのは、恍惚の表情を浮かべるマリーの横顔。


 その頬が変に膨らんでいることが気になった稲豊は、少しの間マリーを眺める。

 そうすると、怒りの感情で膨らましている訳ではなく、実体を持つ何かが彼女の口の中を転げまわっていることが理解できた。


 そして次に視線を向けるのは、彼女が両手で支える、稲豊の右手の先。

 時間にして十数秒。稲豊はその明らかな異常に気が付かなったのである。



「ああっ? えっ? はぁ!?」



 熱と痛みを伴うその箇所は、驚愕の声を上げる彼の右手人差し指。

 長年連れ添った相棒のような存在は、第三関節から先が消え、生暖かい血でシーツを赤く染め上げていた。


 何が起こったのか、稲豊には全く理解が追いつかない。



「ああ! 勿体無い」


「あつっ!?」



 マリーの焦るような声が聞こえると同時に、彼女の唇が背の縮んだ稲豊の人差し指を包み込む。

 激痛に眉を顰める稲豊だが、マリーが取った次の行動に、そんな声すら上げることが不可能となった。



「ん………んっん」



 赤ん坊が哺乳瓶を吸うかの如く、マリーは稲豊の血を吸い上げ始めたのである。

 それも満面の笑みを湛え、さも美味しそうに…………。



「ふわぁ~……と、ちょっと落ち着いたわ。ごめんなシモン君? 痛くするつもりは本当に無かったんやで? でも我慢が出来へんかった。ちょっと待っててな?」



 稲豊の人差し指を頬張った口で、以前と変わらぬ話し方をするマリー。

 絶句する稲豊を余所に、彼女は自室の扉に向けて大きめの声で「メルル!」と誰かの名前を呼ぶ。すると数秒も経たぬ内に扉が開き、三つ目のメイドが姿を現した。



「も~! 何勝手に食べてるんですか! 魔法を掛けてからじゃないとイナホ様が可哀相じゃないですか! 全く、我慢の利かない主で申し訳ございません。イナホ様」



 メイドに叱られ、困り顔で小さくなる屋敷の主。

 メルルと呼ばれた三つ目のメイドは、傷付いた少年の右手をそっと両手で覆うと、稲豊も良く知る感覚魔法を使用する。瞬く間に痛みを感じなくなった稲豊だが、まだまだ脳の演算処理が追いついて来ない。呆けた表情を浮かべ、只々成り行きに身を任せることしか出来ないでいた。



「お嬢様。やはり最初の内にお伝えした方がよろしいかと……もう声は掛けておりますので」


「やっぱ? 嫌われそうで嫌やけど、仕方あらへんね……」



 三つ目のメイドが何かを進言すると、マリーは怪訝な表情を浮かべてそれを了承する。

 そして稲豊の方に向きを変え、両の手の平を合わせた後で、一呼吸の間に一気に捲し立てた。



「堪忍なシモン君! 痛くしたこともやけど、他にも謝らないかん事があるんや!」


「え? ………………はぁ?」

 


 異常事態であるというのに、あまりに自然な周りの姿。

 自分がおかしいのか? と稲豊が自身を疑い出したその時。メイドの手招きにより、またも誰かが室内へと侵入する。頭を起こし視界を変えた稲豊の視線の先には、服を着替えたタルタルの姿。そして、その足元にいる小さな――――――



「――――――なんでここに?」



 思考する前に、疑問が稲豊の口をついて出る。

 脳内を疑問符で埋め尽くす稲豊。何故“彼女”がここにいるのか、稲豊はまだ答えに辿り着けない。



「実はウチな? シモン君に嘘をついとったんよ。あの肉は飛竜の肉なんかやない」



 稲豊の脳が全力で警鐘を鳴らす。



『これ以上この者達の言葉を聞いてはいけない。見てもいけない』



 しかし、稲豊の目は閉じてくれず。耳を塞ぐ腕は既に封じられている。



 稲豊がその答えを知ることは、最早必然となった。


 タルタルの足元にいたのは、家に帰ったはずの少女メイド(タルト)

 爬虫類人間レプタイラーの尖った爪持つ左手で頭を押さえられ、掻き分けられた前髪の下の表情は今にも泣きそうに見える。


 だが、稲豊の目が釘付けになったのは、感情の起伏の乏しい少女の、珍しい泣き顔ではない。

 視線を僅かに逸らしたその先の――――タルトの――――



「ああ……あ…………う、嘘だ……」



 愚鈍な脳は今更ようやく稼働する。

 脳裏を過ぎる恐怖の答えを、稲豊は首を全力で振って否定した。



 しかし、次にマリーより発せられた一言は。



 稲豊の僅かな希望すら打ち砕く。



 慈悲のない言葉であった。






「だって“知り合いの肉”なんて正直に言うたら、シモン君食べてくれへんかったやろ?」





「嘘だ嘘だ嘘あ嘘だ嘘だぁ嘘だ嘘嘘嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁああぁああぁあぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 今日二度目の絶叫を上げる稲豊の喉。

 




 ――――――――そう。





 少女タルトの左腕は、その喉の奥へと消えたのだ。

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