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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第50話  「大人の階段を上ります!」

 ステーキの次に二人の前に並んだのはスープ料理。

 先程と同じ肉の入った、ミートスープである。その味も香りも素晴らしく、稲豊は本日何度目かの感嘆の息を漏らす。そんな稲豊の様子を満足気に眺めるマリアンヌは、笑みを湛えたままで上品にスープを啜った。



「スープもこの赤い飲み物もスゲェ美味いです! 王都でも色々食べましたけど、コレ等は格別ですね!」


「なんせとっておきやからね! せやけど、シモン君の口に合ってほんま良かった!」



 素直に称賛の声を上げる稲豊に、マリアンヌは心底嬉しそうに相槌を打つ。

 そこで気になるのは、やはり料理の食材ネタ。異世界に召喚されて以来、手に入る食材は全て口に入れて来たと言っても過言ではない稲豊。一度でも口にした物なら、『神の舌』で直ぐに判別が出来る。にも関わらず、自身の能力に引っ掛かってこない“とっておき”に、稲豊の興味は釘付けとなった。



「『とっておき』の正体――――聞いても良いですか?」


「やっぱ気になる? ふふ、どないしょうかな~?」



 悪戯な笑みを浮かべ、勿体を付けるマリアンヌ。

 やきもきする稲豊だが、そんなやり取りも何処か楽しく感じていた。



「じゃあ……そやな」



 俯き考え込んでいたマリアンヌは、やがて面を上げると、少し緊張した面持ちで口を開く。



「け、敬語やなくて……普通に話してくれたら……お、教える……」



 どもりながらもはっきりと意思表示をするマリアンヌ、その表情は今にも逃げ出しそうなほど恥ずかしそうである。両手の指を交差し、紅潮した顔の前まで持ち上げて視線を逸らす姿は、大抵の男なら一瞬の内に落とせる破壊力を秘めていた。それは稲豊も例外ではなく、小悪魔に心を掴まれ大きく揺さぶられる。



「あ……あとな!? マ……マリー……って。呼んで欲しいな…………なんて」



 次は弱々しい言葉と共に、上目遣いを稲豊へと送る。

 そんなマリアンヌの願いを無碍になど扱える筈も無く、稲豊はゴクリと喉を鳴らした後でその願いを聞き届ける。



「マ、マリーだな! 分かった、普通に……話す!」



 緊張して明らかに普通ではない話し方をする稲豊だが、マリーは眩しい笑顔を覗かせて幸せそうな声を上げる。そして上気させた顔で少し前屈みになり「ココだけの話やねんけど」と小声で前置きをした後で、肉の正体を口にした。



「実はこの肉な? “飛竜の肉”なんよ」


「飛竜?」



 竜の存在自体が貴重なのだ、その肉が市場に並ぶ事は殆どないだろう。稲豊が食べたことが無いのも納得が出来るというものだ。だが、翡翠の竜(ネブ)の姿が稲豊の脳内に一瞬浮かび、複雑な気持ちになったのもまた事実。やはり人語を解する生き物を食べる事には、少々の抵抗を禁じ得ない稲豊だった。


「それも少量しかとれへん、テールの部分やねん。お祝いの時に食べよ思て、確保してたんよ」


「そんなのをこんな時に食って良かったん……のか? 俺なんかに貴重な肉を――――」



 自分には勿体無いと話す稲豊だが、マリーは首を左右に強く振って否定する。



「君に食べて欲しかったんよ。あの日――――市場でシモン君を初めて知った時、ウチの体は雷に打たれたみたいに痺れた。こんな気持ち、初めてなんや」



 瞳を閉じて、さも大切そうに当時を振り返るマリー。

 彼女の言ってるのは、稲豊がパイロの店を手伝っていた時の事である。稲豊自身の記憶には無いが、マリーはその時に初めて稲豊の存在を、しっかとその美しい双眸に焼き付けたのだ。



「ひ………………一目惚れ…………なんよ……」



 耳まで赤くしたマリーは、俯いたまま言葉を発さなくなった。

 小さな声だったが、しっかりと聞き届けた稲豊の耳も、彼女と同じく真っ赤っ赤(まっかっか)。何を話せば良いのか分からなくなった二人は、円卓の上から食器達が無くなるまで、会話をすることはなかった。



「食事に付き合ってもうて、おーきにな? シモン君。…………嬉しかった」


「いや、俺の方こそ。本当に美味しかったし楽しかったよ。ありがとう」



 楽しかった食事も終わり、ムードのある小さな食堂を出る二人。

 そこに待ち構えるように佇んでいたのは、稲豊が屋敷に入った際に出会った慌て者のメイドだ。



「お部屋までご案内します。イナホ様、どうぞこちらへ」


 最初の雰囲気は何処へやら。メイドは上品に頭を下げ、稲豊を先導する為にかしこまった仕草で声を掛ける。「どうも」と返答する稲豊だが、それと同時にマリーに軽く腕を引かれ、少しの驚きを覚える。しかし、その数秒後、更なる衝撃が彼の体を貫いた。



「えっ?」



 マリーはさっと稲豊に耳打ちした後、早足でその場を去る。稲豊からは後ろ姿しか確認出来ないので確証は持てなかったが、きっとその顔は真っ赤だったろう。



何故ならマリーが耳打ちした言葉とは――――


 

『もっとお話がしたいから……部屋に来て? 階段登って右手の奥やから……ね?』



 ――――――甘い誘惑だったのだから。



:::::::::::::::::::::::::::



「ふおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!!」



 メイドが去った後の客室にて、ベッドの枕に顔を押し付け奇声を発する稲豊。

 稲豊に宛てがわれた部屋は、やはりと言うべきか。落ち着く事の出来そうもない奇抜な一室である。


 外の見え難いステンドグラスの窓。半分は普通の木の床だが、もう半分は絨毯の座敷。座敷の中心部には何故か囲炉裏。掛け軸のような物は掛かってはいるが、紙に浮かぶのは文字ではなく油絵。初めて訪れた者は、皆が首を捻る部屋に違いない。唯一の救いは、ベッドが普通だったことだろう。


 しかし今の稲豊には、そのどれもが取るに足らない物に違いない。

 今の彼には、そんな些末な物達より、重要な問題が控えているのだから。


 昂ぶる感情が幾重の波になって押し寄せ、その小さな心臓を右へ左へと強く揺さぶる。もちろん、“行かない”等という選択肢は稲豊の中には存在しない。だが、小心者は心の準備がなければ大きな行動は取れないのだ。


 

「コレはアレだ! もっと精をつけた方が良いのではなかろうか!?」



 大きな独り言を洩らす稲豊は獣のような瞳で、机の上に置かれた重箱に手を伸ばす。



「肉野菜炒めが少し残っていたからな。気温が高くない今日なら腐ってるって事はないっしょ」



 万が一腐っていたとしても、稲豊ならば間違って飲み込む可能性は無に等しい。

 鮮度の把握など、神の舌の前では造作も無いことなのだ。


 しかし、事は稲豊の思惑通りには進まなかった。

 鼻息を荒くする稲豊が重箱を開くと、そこに存在していたはずの料理は、影も形も消失していたのである。



「あれ? なんで?」



 五段全てを開くが、結果は同じ。

 首を傾げる稲豊だが、その頭にふっと浮かんだのは、マリーの屋敷に来る前のやり取り。あるオークの放った一言である。



『良いってコトよ。礼ならもう“いただいてる”しな。…………あばよ』



「…………あんの野郎。いつの間に」



 稲豊が谷を速度強化魔法ボルツ・ドーラで疾走した際、ターブが猪車を取りに戻ったのだが、可能性があるならばその時しか考えられない。礼として料理を提供するぐらい別に構わない稲豊だが、勝手に食べられるのは少し癪に触る。



「まぁ、別に良いけど……」



 開ける時とは違う、ため息代わりの鼻息を吐き出し、重箱を閉じていく稲豊。

 出鼻を挫かれた少年の瞳に次に映ったのは、もう一つの荷物である。



「まさか、コレには手を付けてないだろうな?」



 念の為にと料理鞄を開け、稲豊は中身を確認する。

 包丁、トング、菜箸にオリーブオイル入りの小瓶。どれも揃っている様子に安堵する稲豊だったが、入れた覚えのない大口の瓶を視界に捉え、不思議に思いながらソレを右手で持ち上げる。



「ああ、味噌詰めの瓶か」



 疑問は程無く解決に至る。

 今朝の自身の行動を省みれば、答えは直ぐに稲豊の頭に浮かんだ。なんてことはない、朝迎えが来る前に移し替えていた、味噌の詰まった瓶である。迎えが来たドタバタで、料理鞄に紛れ込んでいたようだ。稲豊は何処か少しスッキリした様子で、瓶を再び鞄の中に戻す。そして、時間を掛けて深呼吸をした。



 思い掛けず落ち着く事の出来た稲豊は、準備が出来たことを心に確認した後、勇ましい表情で部屋を出た。

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