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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第49話  「タイトル変えるべき?」

「………………うわぁ」



 浴場を見た稲豊の第一声は、何とも言えない感情の籠もった複雑な声だ。

 一見豪華な大浴場だが、その美的センスだけは疑わざるを得ない。


 パステルピンクにアクアマリンの水玉模様の壁。

 床に敷き詰められた何かの草。湯船の中央には大鷹の像があり、口から湯を吐き出し続けている。目のやり場に困った稲豊が視線をずらすと、黄色の草で覆われた壁付近に並ぶ、またも視線を向けて来る西洋人形。何かの儀式にも見えて、稲豊の考える『落ち着いた入浴』は湯気の彼方へと消え去った。



「まあでも、贅沢は言えないな……」



 体の汚れを落とした後で、青緑色の湯船に浸かる稲豊。

 しかし、やはりと言ったところか。大きな湯船の力は凄まじく、稲豊は心地よさに包まれる。温度も丁度良く、一人でいる開放感も合わさり、前向きになる余裕さえ稲豊に戻って来る。



「良く見たら良い風呂じゃねぇか! 草は露天風呂を何処と無く感じさせるし、人形も可愛気があるってもんだ。しかも美女の残り湯! 素晴らしい!!」



 マリアンヌの男好きのする顔と体を思い出し、鼻の下を露骨に伸ばす稲豊。

 しかも彼女は稲豊に対して、少なくない好意を抱いているという事実。それが嘘でない事は、その態度からも明らかである。ルトやアドバーン同様、人間にしか見えないマリアンヌ。悪い気がする訳がない。



「いやぁ~まいったなぁ~!」



 上機嫌になり独り言の多くなる稲豊だが、ふいに表情を素に戻したのは湯船に浮かんだ自身の顔形かおかたち。二度見る事の出来ない醜悪な顔では無いが、美女と吊り合うかと言えばそうでもない稲豊の容姿。マリアンヌの惚れる要素が何処にあったのだろう? と、考えた稲豊が様々な角度から自身を省みた結果、『容姿ではないのでは?』という悲しい結果に行き着いた。



「かと言って…………、会話したのも今日が初めてだし。悪漢達から颯爽と救った記憶も無い。生き別れた幼馴染とかでも無さそうだ」



 考えれば考える程、マリアンヌとの接点が見つけられない。

 しばらく思案していた稲豊だが、『美的感覚が狂っているのでは?』という悲しい結論を導き出し、湯あたりをする前に湯船から上がる。




「あら! お似合いですね!」


「そッスか? どうもです」



 風呂上がりの稲豊の様相を褒めるの三つ目のメイドだ。

 彼女が素敵だと両手を合わせたのは、用意された衣装に着替えた稲豊の姿を確認したからである。



「でも、凄いですねイナホ様。着方が分からず、私共に声をお掛けになられる方も多いのですが……イナホ様は完璧ですよ。やはりお嬢様が認められた人間ヒトは違いますね!」


「いやぁ。何となく」



 用意された服を、稲豊が着る事が出来たのには訳がある。

 何故なら用意された服は稲豊に取っても馴染みの深い、日本人なら多くの者が着た事のあるあの服。そう“浴衣”だったのだから。



「似合いますかね?」


「ええ! 何と言いますか……。しっくり来る物があります。とても良くお似合いですよ!」



 鉄色くろがねいろの浴衣に、最早お決まりとなった鷹の紋様。

 藍色の帯を巻いた姿は世辞でなく、日本人の稲豊とは良く調和している。


 異世界で人間そっくりの存在を見つける奇跡にあったのだ、今更日本に似た文化が登場しようと稲豊は動じない。三つ目のメイドに案内されるがままに、ある部屋まで通される稲豊。そこは、この屋敷内では珍しくまともな空間であった。


 洋風且つシックなインテリアで統一され、壁両側のランプはムード溢れる雰囲気を演出し、壁紙や床には目に優しい薄茶色を使われている。窓が一つ、扉がふたつの狭い部屋の中央には円形の卓が置かれ、奥の席には既に誰か腰掛けている。何処か驚いた表情を浮かべる、美貌の屋敷の主。マリアンヌである。



「それでは、当家自慢の料理をご堪能下さい。お荷物はお部屋の方までお運びさせて頂きます」



 稲豊の両手から荷物を預かったメイドは、直ぐにその場を退散する。

 二人だけにされた稲豊の視線は、自然ともう一人の女性に向かうが、マリアンヌは呆けたままで固まって動かない。



「えっと、マリアンヌさん?」


「…………えっ? ああっ!? いや、うん! 立ち話もなんやから! どうぞ!」



 我に返ったマリアンヌは狼狽しながら、正面の席を稲豊に勧める。

 断る理由もなく腰掛けた稲豊だが、それは正面の女性と視線を合わせる事を意味している。目が合う二人は、付き合い始めのカップルの様に頬を染め目を逸らす。だが屋敷の主人として、黙っている訳にもいかない。マリアンヌは意を決して会話を始める。



「テンパッて堪忍な? シモン君に浴衣が似合ってたもんやから……ちょっと見惚れてもうた……」


「あ、ありがとうございます……」



 そう言いながらも、うっとりとした視線を送るマリアンヌ。

 真っ直ぐに好意をぶつけられ、どうするか悩んだ稲豊が出した答えは――――。



「そ、そういえば変わった喋り方してますよね? ちょっと気になって」



 小心者である事を裏付ける話題逸らしであった。



「あ、やっぱ気になる? コレ西の方で流行ってる言葉やねんて。ウチ流行りモンが好きやから、今練習中やねん! どう? へ、変やない?」


「いや。良く似合ってて可愛らしいと思いますよ」


「ホンマ!? めっちゃ嬉しい! おーきに!」



 八重歯を覗かせながら屈託の無い笑みを浮かべるマリアンヌの姿に、自然に表情を崩される稲豊。滑り出してしまえば会話も自然と進む、勢いに乗った稲豊は、流れのままに次の質問を繰り出す。


「そう言えば、なんで二層住民街ココに住んでいるんですか? 貴族達は一層住民街(貴族街)に住んでるものだとばかり思ってたので……」



 尋ねた後で、稲豊は「しまった」と心の中で呟く。

 “追放”と言った、負の理由も存在する事に思い至ったからである。恐る恐る対面の席に座る女性を見るが、特に気にした様子も無く、あっけらかんとした表情を浮かべている。


「ここは別荘なんよ。貴族街にはもちろん本宅もあるんやけど、ウチは二層住民街ここの雰囲気が好きやから、一年の殆どこの屋敷に住んどるんよ。こっちにおる方が、色々情報も入って来て便利やからね」


「へぇ~。なるほど」


「――と、完成し(出来)たみたいやね」



 マリアンヌがそう話すとほぼ同時。

 稲豊が入って来た方ではない扉が開き、白のエプロン姿のタルタルがサービスワゴンと共に姿を現す。風呂に入れなかった事が相当堪えているのか? その表情は実に恨めし気である。



「どうぞー」


「あい。ごくろーさん」


 鈍鈍のろのろとした仕草で、|タルタルは円卓上にドームカバーに覆われた皿を二つ並べる。タルタルがワイングラスに赤い酒の様な液体を注ぐ中で、マリアンヌは待ち切れないと言った様子だ。この世界の料理に期待をしていない稲豊でも、彼女の様子に刺激され自身の気が急くのを自覚する。そして、変わった料理人の作る物にも、「興味が無い」と言えば嘘でもあった。


 

「もういいですかー? 後の料理、メイドに持ってこさせるのでー。マリお嬢のせいでかかった体の血も拭いたいのでー」


「あいあい。あんたはホンマに風呂好きやな~。もう入って来てもええよ。また後で声を掛けるさかい、前みたいに中で眠ったらあかんよ?」


「やったね! そいじゃあー。しつれーい」



 恨みがましい懇願を呆れ顔で受諾され、タルタルは我儘の通った子供の様に歓喜する。スキップでワゴンを押して帰る姿は何処か微笑ましくも見え、更に場を和ませる効果を見せた。



「シモン君の為に今日は奮発したんよ! さ、開けて開けて!」


「じゃあ、失礼して」


 宝石の様な赤い瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、マリアンヌは料理の披露を催促する。

 その情熱的な視線に些かの照れを感じながら、稲豊は「よしきた!」とドームカバーを持ち上げる。するとそこには――――



「うおぉ…………すげぇ豪快」


「せやろせやろ!」



 皿の上にあったのは、噛み切るのも大変そうな肉厚のステーキ。

 そのボリュームに驚いたのも事実だが、更に稲豊を驚かせたのはその香り。信じられない事に、立ち昇る白煙は、舌の肥えた稲豊が喉を鳴らす程の芳香で、部屋内部を包んだのである。



「マジで……?」


 かぐわしい匂いに、自然とそう零してしまう稲豊。

 異世界に召喚されて以降、ここまで食欲を駆り立てる匂いに出会ったのは初めての経験である。稲豊が驚きの表情で面を上げると、正面席には頬杖をつき小悪魔的な笑みを浮かべるマリアンヌの姿。その顔には「食べてみて?」と言った、彼女の心情がありありと浮かんでいる。



「いただきます!」


「召し上がれ」



 ナイフも用意されていたが、稲豊はフォークだけを右手に持つ。

 そして勢い良く肉に突き刺すと、刺し口から溢れ出す肉汁も気にせず口へと運ぶ。大きく開けた口はステーキを向かい入れ、並んだ歯は力強く肉へと突きたった。



「うわぁ」



 その瞬間、電気ショックにも似た衝撃が稲豊の体を通り抜けた。

 極限まで凝縮された旨味が、瞬く間に口内を巡る。舌が溶け、頬が落ちたのではないかと稲豊は本気で思った。


 それほどまでに、このステーキの味は完成されている。

 尾を引く余韻も素晴らしく、全身が歓喜していることさえ稲豊には実感できた。




「美味い!!!!」



 心の底からの叫びを上げる稲豊。




 ――――――この日、

 


 異世界に来て約二ヶ月――――稲豊は初めて、他人の作る料理を美味しいと感じたのである。



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