第42話 「それぞれの魔能」
「今すぐ!! 今すぐ猪車を引き返して下さい!!!!」
「何だ急に! 一体何があったと言うのだ!?」
自身に詰め寄る青年の只事ではない雰囲気に、不穏の闇に囚われる感覚をリードは覚える。故に返す言葉も、何処か荒っぽいモノへと変化した。しかしレフトは全く怯む事無く、目に染み入る汗もそのままに、先程の言葉の意味を早口で語る。
「小官の“エルフの耳”が告げています!! 精霊達の様子がおかしいと!!」
「何!? 精霊達が騒ぎ出したのか!!」
無論、リードはレフトの魔能を承知している。
その危機察知能力は確かなモノで、エルフ族はその魔能の力により、現在まで生き残る事が出来たと言っても過言ではない。それは魔王国に住む魔物達によって、周知の事実となっている。そのレフトが告げるのだ、耳を貸さない訳にはいかない。リードは更に語気を荒げて聞き返したのだが……、返って来た言葉は意外なものであった。
「その逆です!! 精霊達が――――静かすぎるのです!!」
そのレフトの言葉に、リードは困惑の表情を浮かべる。
精霊が騒いでないのは安全である証拠。そんな事は子供でさえ知る常識だ。リードは青年の正気を一瞬疑ったが、彼の次の説明で、今の調査隊の絶望的状況を思い知る事となる。
「いいですか!? 風の精霊達はやたらと敏感な存在です! 少し大き目の魔物が声を荒げただけでも多少なりとも騒ぎ出す! ……なのに!! 我ら調査隊の十数名が雄叫びを上げた時でさえ、精霊達は全く騒いでいなかったのですよ!!」
そこまで聞けば、リードも“最悪の想像”に思いが至り、緑の顔色を青へと変えた。
その頭の中を代弁するかのように、レフトは決定的な事実を叫ぶ。
「この世界で組織的に精霊を操る事が出来る者は、我々魔物以外に……一つの種族しかありえません……!!」
レフトの言葉が合図だとでも言うかのように、直後天空より炎弾の雨が現れる。
それは赤旗含む三台の幌猪車目掛けて降り注ぎ、見ただけで瞳が焼かれそうな灼熱の炎と、全てを吹き飛ばし兼ねない爆風を巻き起こす。耳を劈く轟音と共に、猪車の周辺一帯は赤黒く染まっていった――――
:::::::::::::::::::::::::::
「止まれ。また行き止まりだ」
「……ここもか」
リード・ルード率いるA班より、遠く離れた位置にいるB班。
バードマンで構成された六名は、度重なる行き止まりに辟易としていた。戻っては別の道で行き詰まり、また戻っては別の道を進む単純作業。見える景色は常に同じ岩波。目当ての植物など、気配すら感じさせない。彼らで無くとも、うんざりするというモノだ。
「次は二つ目の分岐点まで戻って右の道に…………ん?」
幌猪車を止めて、御者台にて手書きの地図にマッピングをしていたバードマンは……。
不意に漂う、鉄分を含んだ臭いに顔を顰めた。自然と臭いの方向に首を向かせた彼は、目の前の光景に息を呑む事となる。
隣の猪車の御者台。そこに座った隊の仲間。
彫像の如く動かない彼の様子に、眠っているのか? と地図を持った隊員は考えた。だが視線を上半身よりも上に向けると。すぐにその異様に意識が向く。
「…………花?」
隣の御者台にいた仲間の隊員が、その眉間より赤い花を咲かせていたのだ。薔薇に良く似た赤い花は、人面鳥の頭を貫通し、後頭部から赤い茎を覗かせる。
何処か夢でも見ている様な現実感の無さに、呆けていた男は地図を持ったままで御者台から身を乗り出し、花咲く頭部を凝視する。少しの時間を掛けて見てみると、それは花などではなく、特殊な矢羽をした弓矢の矢の部分である事が理解出来た。独特な形状の赤い矢羽が、花の様に見えていたのだ。
「お、おい!? 誰か来てくれ!!」
明らかな敵意を持って射られた死体。
それを見つけた男は、思わず地図を放り出す。そして恐怖で顔を引きつらせながら、悲鳴の様な声で仲間を呼んだ。
「あっ? どうし――――――た?」
仲間の甲高い悲鳴に、周囲を探っていたバードマンの一人はそちらの方に顔を向けるが、その男が悲鳴の意味を知る事は無かった。何故なら言葉を発している最中の刹那に、彼の頭頂部より赤い花が狂い咲いたからだ。
自身に何が起こったのかを理解する事無く、頭から矢羽を覗かせる男は、崩れ落ちて絶命する。
それと同様な現象がその後に数度続き、先程まで地図を持っていたバードマンは、自らに起きている異常事態にようやく脳が追い付いて来る。
「て、てきしゅう!! 敵襲ー!!!!」
喉から血が出る程の金切り声を上げて、地図を踏抜いた隊員は、幌猪車の荷台部分へと這いずって逃げ込む。自身が大声を上げたに関わらず、周囲から聞こえる仲間の声は全く無い。恐怖でおかしくなりそうな頭を必死で静め、現状把握に努めようとした男であったが…………。
――――――――あと一匹。
自身から十メートルも離れていない場所で発せられた、聞き覚えのない声に。
またも脳はパニック状態へと移行する。木枯らしの様な音を喉から絞り出しながら、人面鳥は自らの魔能を発動し、限界まで両翼を広げ、荷台より空へと飛び立った。
死神の住むその地より、吹き荒ぶ上空の方が遥かにマシだ。
そんな思考に脳内を侵食され……、彼は猪車の猪も、仲間の死体も全て見捨てて中空へと逃げ出した。
だが、そんな男の決死の逃亡も虚しく。
まるでその罪を神が罰するかの様に、人面鳥の体は激しい稲妻に撃たれて落ちる。
それが矢に込められた雷魔法である事を理解すると同時に……、男の意識は完全な消滅を迎えた。
:::::::::::::::::::::::::::
更に場面はC班へと切り替わる。
白ローブのコボルド達と、爬虫類人間のタルタル含む、全七名で構成されるコボルド隊+αである。B班襲撃少し前の彼等も、やはりバードマン隊と同じく目立った成果は挙げられずにいた。
「見渡す限りの岩と土。偶に雑草…………本当にそんな植物あるのかねぇ」
「ちぇ~。医療班の俺達まで借り出されるとはな」
「――――まあでも、肉野菜炒めは旨かったなぁ」
「ああ。俺今度ヒャク屋に並ぼうかな……、競争率馬鹿みたいに高いけど」
広場で本来待機するのは、彼等の中の白ローブのコボルド二人であったのだが。体調を崩した人間の所為により、調査班に回されてしまったのだ。口を尖らして不服な声を漏らす二人組だが、肉野菜炒めの味を思い出せば、そんな苛立ちは消えてしまう。
「ココは何も無さそうだ~!」
彼等が突き当たった所は、落石の多い行き止まり。
その石の影に至るまで調べ尽くしたコボルド達は、この場所に収穫が無いと知るや否や、調査の切り上げに入る。幌猪車に乗り込み、元来た道を分岐点まで戻る為と、転回し走り出す三つの猪車達。
だが……走り出して数分も経たぬ内に、猪車達はその足を強制的に止められる事となる。
その胎動は、複数の影より始まった。
「おん?」
先頭を走る猪車の手綱を握るタルタルは、太陽が沈んだかの様な暗い影が、音もなく自身を隠した事に強烈な違和感を覚え、その正体を探るべく天を仰いだ。
雌黄色の瞳がその網膜に刻みつけたのは……、空を覆うんじゃないか? と思わせるぐらいの、大小様々な落石群。それらは重力に抗うこと無く、岩の大波となって、地面をひた走る幌猪車達を飲み込んでいく。後に残ったのは、道幅いっぱいに積み上げられた石の山と、最後方を走っていた猪車だけだった…………。
「落石!? 前二つ飲まれたぞ!!」
「マジかよ! クソ!! 助け出すぞ!!」
岩の津波に飲まれなかったのは、白のローブを来たコボルドが二人だけ。
医療班である彼等は、治癒系の魔法しか使えない。いや……、例え重力魔法を会得していたとしても、石山を動かせるだけの魔素を持たない彼等では、あまり意味を持たないだろう。
だが、コボルドにはコボルドの魔能がある。
元々高い嗅覚と聴覚を何倍にも増幅させ、仲間の埋まった場所の特定に役立てる。
二人のコボルドは自力で岩を退けながら、慎重に仲間の姿を岩の中から探す。
退路が断たれた事など考えもせず、音と匂いを頼りに、仲間の探索に全力を尽くす。
「誰か!! 生きていたら返事をしろ!!」
「どこだどこだ!! 誰か声出せ!!」
常に声を掛け続けていた二人のコボルドだったが。
突如現れた背後の気配により、二つの喉は動きを止める。たっぷりと時間を掛け振り向いた二人は、その気配の正体を視界に捉えた瞬間。――――全てを察した。
そしてその中には、自身の未来も含まれている。二人は全てを諦めた様に動きを止め。
この場にそぐわない軽口を叩く。
「お互いここまでみたいだなぁ」
「お前とは長年組んでたけど……終わる時まで一緒とはなぁ」
「後悔してるか? 調査隊に入った事」
「いんや。――――だが唯一後悔してる事があったとしたら」
そこで一旦言葉を区切り。
コボルドの一人は目を瞑り、過去に思いを馳せた後に、最後となった言葉を紡ぐ。
「もう一度あの料理を……食えなかった事だなぁ」
「……ああ、言えてる」
食い意地を張ったコボルドの二人組。
彼等が軽い笑みを浮かべるとほぼ同時。
正面より迫り来る疾風怒涛の衝撃によって。
二つの白いローブは…………瞬く間に真紅へと染色された。
次回では、遂に奴らが姿を露わにします。
作者の中では、三章までがプロローグ。
さ~て、三章が終われば本腰入れて――――ラブコメ書くぞ!! っと。




