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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第34話  「自分でもつまらないと思ったよ!」


「なんでなんですか!? どうしてなんですか!? これは国の強化と発展を促す重要な任務なのですよ!! 意地悪をしないでくださ~い!!」



 自身の願いを無碍に断られ、駄々をこねる大臣補佐の青年。

 しかし、そんな事をされても稲豊は期待には応えられない。底意地の悪さで彼の頼みを断った訳では無いのだから。



「まぁ、ちょっと話を聞いて下さいよ」


「やだやだやだ! 小官は願いを聞き届けられるまでここを動きませんよ! この任務には文字通り命を懸けているのです!! どんな障害がありましょうと、小官は乗り越えて見せま――――ヒッ!?」



 ルートミリアが右手をスッと上げると、饒舌なレフトは鳴りを潜める。

 レフトとの会話が可能になった稲豊は、感謝の眼差しをルートミリアに向けたのち、返事の理由を説明した。



「“駄目”ではなく“無理”だと断ったのには理由があるんですよ」


「理由……ですか?」



 しかしそこで稲豊は言葉を止め、思案する。

 見た目は弱々しいレフトだが、その意志の固さには目を見張るものがある。そのような者は、今この場でいくら説明しようと納得しないのではないか? そんな考えに至った稲豊は、彼にある提案を持ちかけた。



「丁度明日、その理由の場所に行くんですけど。一緒に行きます?」


「ほほ~。それは大臣補佐としても興味深い! 是非お供させて頂きます!!」



 一旦話は打ち切られ。

 日も暮れてきたという事で、ルートミリアの計らいによりレフトは屋敷へ一泊する事となった。稲豊はというと、迫る夕食の時間に備え、本日の料理助手であるエプロン姿のミアキスと二人、厨房に並び立っている――――はずだったのだが。



「さあイナホ様! 小官は何をすれば宜しいのですかな? なんなりとお申し付け下さい」



 腕を捲り、張り切った声を出すレフトの存在に、稲豊は「どうしてこうなった?」と呟かざるを得ない。本来は、もてなされるのが、客人としての彼の役割だった筈なのだが……。しかしそれも彼の外交手腕の一つなのかも知れないと、稲豊は無理矢理に納得する。



「じゃあ、ミアキスさんはいつも通りヒャクの果汁を絞って下さい。レフトさんは――――」


「イナホ様! 助手の小官は『レフト』で結構! そう呼んでくださいませ!」


「そ、そうスか? じゃあ、レフトさ……レフトは野菜の皮剥きをお願いします」


「なんなら敬語も必要ありませんが! その方がよりお近づきになれた気がしますので!!」


「それは……もうちょっと仲良くなってからで……」



 やたらと張り切る助手参号を横目に、稲豊は初めての客人の為に特別なメニューを用意する。


 皮を剥き、食べ易いサイズに切った野菜をヒャクの果汁入りの水に十分程さらし、えぐみや苦味を取り除く。


 豚バラ肉を果汁と共に炒め、稲豊が王都の職人に作らせた特注の鍋を用意し、その中に果汁と水を入れる。


 果汁入りの鍋の水を沸騰させ、冷蔵室より持ってきた味噌を溶かし入れる。そこに先程切った野菜と炒めた豚バラ肉を投入し、灰汁を取りつつ野菜がしんなりしてくれば完成である。



「味噌ちゃんこ鍋(ヒャクの果汁入り)完・成!!」


「うむ。旨そうだ」


「おお~! 素晴らしい! 小官も職業柄料理に携わる事は少なくありませんが……いやはや、この様な料理モノは見た事がない。イナホ様はどちらでこのようなレシピと技術を学ばれたので?」



 城の料理人コックの人事や、食材の仕入れ等を担当しているレフトは、興味深々でその調理技術の経緯を稲豊に尋ねる。「異世界で」と答える事に若干の面倒臭さを感じた稲豊は、「父からです」と適当にお茶を濁す。それに対しレフトは、その心情を察したのか「そうですか」と納得し、それ以上を追求をしては来なかった。

 


:::::::::::::::::::::::::::



 午後七時。


 食堂の巨大な卓の中心では、グツグツと煮える土鍋が、熱と存在感を放っていた。

 いつもの屋敷のメンバーに一人加えた六人は、鍋を囲うように席を陣取る。ナナと前料理長は、以前までルト達の後に食事をとっていたのだが、稲豊が「俺の世界ではみんな同時に食事する」と発言をして以来、食事時は皆が集まるようになっていた。



「ほう? 大きな味噌汁みたいじゃな」


「ええ。匂いで分かるかと思いますが、少年は味噌を使っていましたよ」


「イナホ様の世界の調味料ですよね! ナナは久し振りに食べます!」



 それぞれの器に鍋をよそう稲豊に対し、アドバーンは皆のグラスを飲み物で満たしていく。執事長の勤勉な仕草は、普段の彼からは想像出来ないものだったが、それを知らないレフトは厳かにその様子を眺めるのみである。



「いやぁ~、まさか貴方様の饗しを受ける事になるとは……。光栄の至りです」


「いやいや! 今も昔も只の執事長。大臣補佐のレフト殿に比べれば、私など……」


「謙遜しないで下さい。国王様に仕えた伝説の執事長、今でも使用人達の間では貴方様の噂を良く耳にしますよ」

 


 レフトのその言葉に席についたばかりの稲豊は眉を顰める。そんな様子を察したナナが、首を傾げて稲豊に語り掛けた。



「イナホ様は知らなかったんですか?」


「初耳だよ!?」



 そう言って周囲を見渡すが、稲豊以外の者は堂々としたものだ。それは一つの仮説を決定付ける。つまりは稲豊以外、皆の知る所であるという真実だ。そんな彼を哀れに思ったのか、ミアキスが補足に名乗り出る。



「姫様がこの屋敷に移り住む折に、姫様の執事長になったのだ。それ以前のアドバーン様は魔王様の片腕とも呼ばれる程の凄腕で、城の者に尊敬と畏怖を抱かれていた……らしい」


「マジすか……全然想像できねぇ」



 ミアキスの最後の言葉が尻すぼみになったのは、本人談だったからなのだが……、稲豊はソレを何となく察する。普段主と似て怠け者の執事長、その過去の姿。全く想像できないが、皆が嘘をつく必要などない。稲豊の中で少し株の上がった老紳士は着席し「さあさあ皆様方。折角のスープが冷めてしまいますぞ?」と、食事を促し、皆を夕餉の気持ちに切り替える。



「それでは、この国の未来を担うレフト・ローレイ殿に乾杯」


「かんぱ~い!」


「ちょっとルト様!? もっと軽く行きましょうよ!!」



 抗議するレフトを余所に、皆は眼前の深い器に箸を伸ばす。

 箸と椀、これも二ヶ月の間に稲豊が浸透させた物達である。初めは戸惑っていた屋敷のメンバーだったのだが、今では日本人の稲豊から見ても、文句なしに使えるようになっている。



「うむ! 味噌。やはりこの風味は格別じゃな」


「お野菜にスープの味が染み込んで……イナホ様! ナナの舌が痺れるぐらい美味しいです!!」


「その表現はよせ! 毒みたいじゃねぇか!」



 椀を持ち、香りを楽しむルトと、いつもの漫才をするナナと稲豊。

 使った味噌はお世辞にも多いとは言えない量だが、この世界の住人はそれでも気にせず美味しく戴く。今まで食べて来た物に比べれば、薄味の方が遥かに上なのである。

 


「これ……中々……難しいですねぇ」


「慣れれば便利な物ですぞ? はいこの通り。ふ~む! 旨い!」


「なるほど、こうですか? ――――――うっ!? こ、これは!?」



 箸の指導レクチャーをするアドバーンと、難儀しながらも箸を使い、豚肉を口に運び驚きと感嘆の息を漏らすレフト。手元の器を見ながらしばらく固まったかと思うと、何かが乗り移った様に動き出し饒舌に語る。



「素晴らしい!! 母の愛の様に舌を包む暖かさと柔らかさ! 父の蛮勇の様に喉を通り魔素を満たす逞しさ! 尾を引く余韻は子供が遊んだ後の充足感の様!! 何という事だ!? イナホ様! 我が城で働いて下さい! お給金は弾みます故!!」


氷魔法ロエヒ


「オッヒョ!?」



 レフトの前髪部分が氷結し、派手に椅子から転げ落ちる。

 「やれやれ」と、頭を振るアドバーンの視線の先には右手を下ろすルトの姿。氷魔法を披露したルトだが、その視線も実に冷めている。「スイマセン、つい」と謝る緑の青年の顔色は青い。


 だがそんな騒動があったにもかかわらず、ミアキスはいつも通り黙々と箸を進めていた。



:::::::::::::::::::::::::::



 騒々しくも楽しい食事が終わり。

 夕食時の喧騒が嘘の様に消え去り、夜の闇に包まれた森深くの屋敷。男はある物を持ち、二階テラスに足を運んでいた。この時刻、彼の目的の人物がそこで月を見ている事は、屋敷に住む者なら誰もが知っている事だった。


 

「珍しいな。お前がここに足を運ぶのは――――のぅ? シモン」


「食後のデザートを出し忘れていたもので」


「ほぅ? コレはまた変わっておるのぅ」



 稲豊の差し出した皿の上には、串に刺さった三つの白玉。

 潰した芋に、試行錯誤の末に生み出した、芋もどきの片栗粉とヒャクの果汁で作った簡単な物だ。

 

 ルトは団子を物珍しそうに眺めた後、それを小さな口で咀嚼し、静かな声で「美味いな」と一言呟く。そしてまた視線を月へと戻し、ヒャクの盃を傾ける。


 月に照らされたルトの横顔はゾッとする程美しい。

 洋館のバルコニーで満月を眺めながら、光輝く絹糸の様な髪を掻き上げる美少女は、絵画の世界に迷い込ませた錯覚さえ稲豊に見せた。


 月を眺める少女と、その少女に見惚れる少年。

 「どうした?」とルトが声を掛けるまで、息さえ忘れていた稲豊は、しどろもどろになりながら、どうしようもない返しをしてしまう。



「い、いやぁ~! “テラス”のルト様を月が“照らす”……なんちゃって」



 きょとんとしたルトからの視線に耐え切れず「失礼します」と回れ右して、稲豊は逃げ戻ろうとする。あまりに詰まらないダジャレもそうだが、ここはバルコニーであってテラスではない。馬鹿な自分を戒めながら厨房に戻る為と一歩踏み出したその足は、背後から聞こえる声によって歩みを止めさせられた。



「あ~退屈じゃのぅ。こんなにも月の良く出た夜は、誰かと語り合いたいものじゃなぁ。しかし会話は独りでは出来ん。あ~誰かおらんかのぅ。妾と会話したいという物好きは――」



 ルトは大きな独り言を漏らしつつ、流し目を稲豊に送る。

 そんな少女の誘いに応えられない少年ではない。回れ右をもう一度した稲豊は、はにかみながら。



「いやぁ偶然。物好きなら――――ここにいますよ?」



 そう伝えた。

 すると少女は無垢な笑みを浮かべながら。



「物好きがいるなら、是非もないな」



 そう応える。

 その笑顔に心奪われた稲豊は、またも見惚れて動けなくなった。


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