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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第33話  「絵画(日本円で数千万)」

 屋敷に到着し、木箱と皿を厨房へと運ぶミアキスと別れた後、いつもそうする様に稲豊はマルーを厩舎へと戻す。そこで彼は初めて見る光景を目の当たりにする。普段マルーが鎮座する場所の隣の房に、見た事も無い猪の姿があったのだ。


 マルーよりも一回り小さいが、宝石のついた頭飾りや体の装具から身分の高さを窺わせる。貴族級の専属猪車であると容易に想像できる豪華さだ。広い猪舎の隅には、その人物が乗って来たであろうキャリッジが佇んでいる。この光景が意味する事はただ一つ……。



「来客とは珍しいな」



 稲豊がそう漏らしたのも無理はない。

 彼が料理長として屋敷に住みだしてからの二ヶ月間。ただ一人として来客など無かったのだから。


 行儀良く待機している猪を横目に、稲豊は手際よくマルーをいつもの場所へと戻す。そして少しの緊張感と共に、屋敷の玄関扉を潜った。



「お帰りなさいませイナホ様!」



 扉の先の吹き抜けホールでは、少女メイドがその可憐な服を両手で摘み上げ、敬々しく頭を下げて稲豊を迎える。稲豊はそれに「ただいま」と応え、下がったままの頭を優しく撫でる。大袈裟な迎えの挨拶も、それが少女の狙いである事を理解している稲豊だったが、敢えて騙される事としている。


 普段なら頭を撫で終えればナナは仕事に戻るのだが、今日はいつもと様子が違い、撫で終えた今でもその場に留まっている。不思議に思う稲豊が尋ねる前に、少女の方から答えは明かされた。



「イナホ様にお客様がいらしてます!」


「俺?」



 首を捻る稲豊だが、今日のパイロの言葉を思い出し、心当たりに考えが至る。

 その考えを確かめるように、相手の容姿について、稲豊は傾いたままでナナに尋ねる。



「もしかして兵士っぽい格好してる人?」


「いえ! どちらかと言うと……学者さんっぽい人です」



 ナナのその言葉に、稲豊は更に首の傾斜をきつくする。

 百聞は一見に如かず、ここはひとつその者に会う方針を取る稲豊。ナナに案内されるがままに、客間の扉前に移動する二人。



「イナホ様を連れて参りました」



 二度のノックの後、木製扉の向こうへ少女は返事を求める。客間から聞こえる主人の「通せ」の言葉と同時に、ナナは扉から離れ、また稲豊に頭を下げた。ここから先に進めるのは稲豊だけ。それを理解している彼は、少女を横目に見慣れぬ客間へと足を踏み入れる。



「おお! あなた様がイナホ様ですね!?」



 客間へ入り、数瞬もしない内にそんな言葉が稲豊に投げ掛けられる。

 客人用椅子からすっくと立ち上がり、ガラステーブルの片側をなぞる様に、見知らぬ男が喜色満面で稲豊に近付き。面を喰らう稲豊相手に、全身緑の装いの青年は自己紹介を勝手に始める。



「お初にお目に掛かります! 小官は『レフト・ローレイ』と申します。“魔王国”の大臣補佐を務めさせて頂いている者です」


「ど、どうも。料理長コックの志門 稲豊です」




 仰々しく名乗る男は、自分をこの魔王国の文官であると語った。

 整った顔立ちの青年で、ローブから覗く腕は華奢。玉葱の様な帽子を被り、安物でない緑のローブに身を包んでいる。そしてそれに刻まれた魔王国を示す竜の紋様が、彼の言葉の信憑性を高めていた。極めつけは、高価な長椅子に腰掛けるルトが否定をしていない。稲豊は警戒を解き、レフトと握手を交わした。



「さすがは第一王女たるお方! 目の付け所が違います。イナホ様は人間の身でありながら――いえ! 人間だからこそなのでしょうか? 新しき食材を見つけるその眼力!! 料理人コックの鑑と呼ばずに何と呼べましょうか!?」



 舞台演劇の様な大袈裟オーバーな身振り手振りで、レフト・ローレイは稲豊への賛辞の言葉を綴る。その激しい動きにより落ちた帽子にも気が付かず、彼の喉は淀みなく言葉を送り出していく。しかし、稲豊が興味を引いたのは称賛の言葉ではなく、彼の茶の長髪と長く尖った耳だった。その姿は稲豊の知る所の“エルフ”と相違ない。


 その視線に気付いた彼は「失敬」と照れながら帽子を拾う。

 ようやく止まったその言葉にどこか安堵を覚える稲豊。アドバーンやナナによって最近慣れてきた、“褒められる”という行為も、ここまで続けられると逆に疑いたくなるものである。



「シモン。その者は貴様に用があるらしい」


「ええ! 全くその通り。市場での噂をこの長い耳で聞き付けて、馳せ参じました!!」



 ルトの言葉でようやく話が歩みを見せる。レフトは大きく良く通る声で、屋敷へ赴いた経緯を語った。



「とあるドンヨリとした曇りの日。小官は王城の図書室ライブラリーにて、嗜みである読書にふけっておりました。そんな折、コツコツと扉を叩く至上の音楽。逸る気持ちを抑える事を楽しみながら、小官はノブを回し重厚な扉を開いた訳です。するとなんと! そこに立ち居でたるは我が――」


風魔法ヒューガ


「グヘップ!?」



 レフトの一人舞台は、ルトの魔法によって閉演となる。


 風魔法によって吹き飛んだ彼の体は客間の絵画に激突し、その絵と共に赤い絨毯に沈む。普段無詠唱のルトが魔法名を口にするのはとても珍しく、それだけ苛ついているのが稲豊には伝わった。悶絶する客人を緋色の目で見下ろしながら、ルトは冷たく言い放つ。



「話が長い。要点だけ申せ」


「つ、詰まる所……新食材を見つけるという……任務を大臣に申し付けられまして。つきましては……ヒャクの栽培方法等、詳しいお話をお聞かせ願いたく……」


「なんじゃ。出来るではないか」

 

 

 大臣補佐レフト・ローレイの話を掻い摘むんで説明すると、兵士に持たせる携帯食の開発を任せられている彼は、行き詰まっている最中に巷で噂のヒャクの情報を入手する。試しにとそれを口にした時、その可能性を強く感じた彼は、直ぐ様兵士に命じて発見者を探させた。兵士がヒャクを売る店主に交渉を持ち掛けたものの、詳しい話は発見者に聞けとの一点張り。「ならば!!」と、その発見者の元に足を運び、現在に至るとの事だ。



「まさか第一王女であらせられる、ルートミリア様の屋敷の者だとは思いませんでしたが……コレも運命! イナホ様。相応の謝礼は用意させて頂きます。小官の願いを何卒、なにとぞ!!」



 腰も折れよとばかりに頭を下げる緑の青年。

 常に大袈裟オーバーな動きをする彼だが、その熱意は稲豊の心を動かした。志門 稲豊はレフトの左肩にぽんとてのひらを乗せ、出来うる限りの優しい声で話し掛ける。

 

 

「頭を上げて下さいレフトさん。そんな事をしなくても、俺の答えは決まっています」 


「イナホ様! そ、それでは!?」



 ニコリと微笑む稲豊の言葉に、顔をパァと明るくさせたレフトが面を上げる。

 その瞳には涙さえ浮かんでいた。そんな男の肩に右手を置いたまま、稲豊は彼の懇願に返事を告げる。






「無理です」



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