第32話 「昨日の敵は今日の護衛」
「ここはいつ来てもすげぇ人集り、いや魔物集りだなぁ」
「ああ、壮観だな」
賑わいを見せる王都の市場にやってきた稲豊と護衛のミアキス。
訪れた目的は、その市場の中でも端の方に追いやられた、こじんまりとした屋台にある。
驚くべきことに、その店先に立っているのは人間の男だった。
――――――そう、非人街のパイロ。その人である。
「よおパイロ! もうかりまっか?」
「…………ぼちぼち、ってところかな」
稲豊が声をかけると、パイロが不機嫌そうな顔で言った。
閑古鳥が鳴いている様子を見れば、その態度にも納得がいく。やはり人間のやる商売は、ここモンペルガでは簡単なものではないのだ。
それをまざまざと見せつけられた稲豊は、苦笑しつつ屋台に近寄った。
するとパイロが、返すような形で皮肉を口にする。
「子沢山の父親かお前は」
「……これは仕方がないんだ」
パイロがそんな感想を持ったのも至極当然。
なぜなら稲豊とミアキスは十数人の子供たちに囲まれ、賑やかな一団になってしまっている。まるで小学校の引率教師だ。膨れる子供達を納得させる為に親達の許可を得て、間者活動の一環として市場見学に連れてきたのである。
「で……これがいつものヒャクの実と、ヒャク団子な」
「おお! 悪いな!」
これがパイロの屋台の主な売り物。ヒャクの果実と、それを使った簡単な料理である。非人街で栽培に成功したヒャクをこの市場で販売しているのだが、強気な値段も相まって、長寿の果実はいまだ全体の一割ほどしか売れていない。
アドバーンのはからいで屋台の許可を出してもらった手前、パイロの表情は渋くなるばかりだった。
「では、遠慮なく」
ミアキスがヒャクの果実の入った大袋を、軽々と方に担いだ。
一週間に一度、非人街で収穫したヒャクを仕入れるのが、料理長・稲豊としての仕事のひとつでもある。稲豊は代金を支払うと申し出たのだが、オサとパイロは頑として受け取らなかった。仕方無いのでイナホプロデュースの試作料理を店に提供し、その利益を稲豊は受け取らない。奇妙な押し付け合いをする関係に終着した。
「さ~~て…………と」
稲豊の視界の中心には両手を腰に当てるパイロ。そこからつつと視線をずらすと、彼の背後の屋台の影に、仏頂面で立つ魔物の姿が映り込む。「声を掛けてやろう」と子供たちをパイロとミアキスに託し、からかい半分で稲豊はひとり近づいていく。
「……なんだよ」
仏頂面の魔物は太く毛深い腕を組み、心の底から不快そうに言い放つ。
その理由は近付いたのが稲豊だったからなのだが、それを知らんぷりして稲豊は飄々と話しかけた。
「護衛の仕事お疲れ! ターブちゃんご機嫌いかが?」
「…………チッ! うるせえ」
そう、非人街でちょっかいを出していたあのオークである。
それがいまや、パイロの店の用心棒に落ち着いている。市場に屋台を出そうという話が出たとき、「パイロひとり、魔物だらけの場所で店を開くのは危険だ!」ということになり、護衛の募集を出した。名乗りを挙げたのが、まさかのターブだったのである。
最初は非人街の住人も警戒していたのだが、真面目に任務を全うしている姿を見て、そんな蟠りも次第に消滅した。
「あんなに人間嫌いだった子が…………立派になって!!」
「てめえはいつから俺様の親になったんだ……」
ヨヨヨと泣き真似する稲豊に、殴る仕草で詰め寄るターブ。
命のやり取りを繰り広げた、ふたりの相性はあまり良くない。しかしそんな暴れん坊なターブでも、頭の上がらない人物がいる。
「ターブちゃん」
「うっ!?」
どこからともなく聞こえた声に、名前を呼ばれた本人はびくりと跳ねる。彼の天敵でもある声の主は、背後からゆっくりと近づき、更なる戒めの言葉を発した。
「イナホを叩いちゃ――――ダメ」
「…………チッ! 冗談だよ」
舌打ちのあと、すねて建物の影に隠れたターブを横切り、声の主は稲豊と会話できる距離まで近づく。稲豊は右腕を伸ばしてその小さな頭を撫で、称賛の声を送った。
「ようタルト! その服、似合ってるじゃないか!」
「ん…………ありがと」
稲豊が非人街で初めて出会い、助けられた少女。
あの事件以来、口数も増え、稲豊との会話も成立するようになっていた。
いまは以前までの見窄らしい姿とは似ても似つかぬ、上質なメイド用の衣服に身を包んでいる。あの頃とは違い、現在は上級魔族の屋敷で使用人をやっている……というのは、稲豊が眼の前にいるターブから聞いた話である。ターブの話によると『パイロの店を手伝っている際にスカウトされた』ということだった。
「仕事辛くないか?」
まだ幼い少女が社会の荒波に揉まれることを危惧し、稲豊は慈愛を込めた視線を向ける。その意図に気づいた聡明な少女は首を振り、「大丈夫」と一言だけ稲豊に告げた。そんなふたりの存在に気づいた非人街の小さな仲間たちが、喜色満面で駆けて来る。
「タルトちゃん!? お仕事中なの!」
「うん…………買い物中」
「スゲー!? かっくイイ!!」
非人街で一番の出世頭は、子供たちの間では英雄の様な扱いである。
あっという間に取り囲まれ、タルトの姿は見えなくなった。
子供ひとりで買い物……しかも人間。
「危険だ!」と不安に戸惑う者もいるかも知れないが、この王都ではその式は成り立たない。上等な使用人の装いをしている者は、その殆どが上級魔族の元で使役しているからだ。この場所で上級魔族の持ち物に手を出すということは、万死に値する。下手な魔物よりも、よほど位は上なのだ。
「私たち間者ごっこ中なの!」
「…………間者ごっこ?」
「まずね、重要な時だけ話す暗号があってね? 逆さ言葉を――――」
早速スフレが英雄を仲間に入れようと遊びの内容を話している。
無邪気なその姿に癒されている稲豊のとなりに、人影がひとつ並んだ。パイロだった。ふたりでしばらく子供たちを眺めていたが、パイロは何かを思い出したように口を開く。
「そういえばイナホ、お前を探してる奴がいたぞ」
「ん~? またタッパー泥棒でも出たのか?」
稲豊が言っているのは、パイロがタッパーを預けた謎の少女のことだ。
非人街に現れ、『稲豊に返す』と言ってその透明の容器をパイロから預かった赤髪の少女。少女が同じ容器を持っていたことから、自信作弐号の拾い主には違いないのだが、いまだ稲豊の下にその少女は現れていない。
「いや、そういうんじゃない。兵士っぽい格好の奴が、『ヒャクを見つけた奴に会いたい』ってココに来たんだよ」
「マジで? もしかして採っちゃダメなやつだった的な?」
稲豊の脳内に、磔にされた自身の姿が浮かぶ。
『知らなかったで通せるだろうか?』『最悪の場合はルートミリアの名を出そう』。そんな姑息な考えを巡らす稲豊を見て、パイロは呆れたように頭を振った。
「そんな風には見えなかったな。頼みたいことがあるとかなんとか……。まぁ、少し調べりゃ分かることだ。その内お前に接触してくるかもな」
「ふ~ん? 良く分かんないから……そのときになったら考えるか」
一刻を争う案件でも無さそうなので、記憶の空いてる部分に放り込んでおく。それとは違い、一刻を争う自身の職務を思い出した稲豊は、手を叩いて子供たちを注目させた。
「それでは部下の諸君! 市場の調査任務も無事成功を果たした! これより本部に帰還する!」
「は~い!」
「タルトちゃんまたね~!」
市場までの遠足で満足した子供たちは、素直に稲豊の言葉に従う。
しかし猪車に積み込む荷物がある稲豊は、非人街の子供たちをミアキスに任せ、自身は手伝いを申し出たパイロと共に猪車舎を目指すことにした。
「やっぱり――――重ぇぇぇ!」
ヒャクの実が数十入った袋は、大きくて重い。
稲豊は無理やり肩に担いだが、目的地までの道のりを考えるだけで、足取りも重くなる。パイロも誰かを助ける余裕はなさそうだった。
そんなふたりの様子を見ていたタルトが、傍観していたターブに声をかける。
「ターブちゃん…………手伝ってあげて?」
「なんで俺様が人間なんかを」
「…………お願い」
「チッ! 手伝えば良いんだろ手伝えば‼️」
稲豊が顔を赤くしながら運ぶヒャクの大袋を、ターブは軽々と肩に担ぎ上げる。次にパイロの分も同様に肩に乗せるが、ターブの表情はいつもと変わらない。稲豊は感心しつつヒャク団子を袋から取り出すと、それをタルトに差し出した。
「優しいタルトには団子を贈呈しよう! 子供にも食べやすく配慮した試作品だぞ」
「…………わ~い」
「いや頑張ってるのは俺様なんだが!? 報酬の行方がおかしいだろ!!」
団子を貰い喜ぶタルトのとなりで、ターブが鼻を鳴らす。「冗談だって」と、報酬を支払う契約を結んだのち、稲豊らはタルトに別れを告げ広場をあとにする。
猪舎に預けていたマルーを、管理人に銅貨三枚を手渡しし道路に移動させてもらう。ナナ用に作られた両開きのドアから、ヒャクの入った大袋をふたつ入れた。
「ふっ、俺を助けるとは大した奴だ。感謝のヒャクの実を受け取るがよい」
「ナニモンなんだよだテメーは」
ターブに報酬としてヒャクの果実を渡したところで、ちょうど子供を送り届けたミアキスと合流する。パイロとターブに簡単な別れを告げ、稲豊とミアキスは屋敷への帰途についた。




