第339話 「末路」
アート・モーロ、北西の森。
あの騒動の日から、数日が経過していた。
現在、森の中では、軍の人間による調査が行われている。
「やはり、ここで戦闘があったようですね」
「そうだな。尋常ではない戦いがあったのは、間違いないだろうよ」
調査班は、採掘場の中を見て息を呑んだ。
あらゆる場所が崩壊し、岩肌まで鋭く削られている。地面にも抉られた大きな穴があちこちにあり、調査の為に移動するだけでも難儀した。
「いったい、どれほどの魔法を使えばこれほど………」
「おい、いつまで見てる。俺たちの仕事は別にあるだろ」
「は、はい………申し訳ございません」
調査班の男は、班長に頭を下げた。
ここの調査を任されているのは、別の班の者たちだ。
男が命じられているのは、他の任務だった。
「ここで戦ったのは、アキサタナ将軍でしょうか?」
男が訊ねると、班長は即座に頭を振った。
「将軍ならば、破壊された場所に必ず焦げ跡が残るはずだ。だがここの破壊跡には、それがほとんどない」
「でしたら、アモン将軍ですかね?」
「断定はできんが、その可能性の方が高いだろうな」
アモンの力は、軍の人間なら誰もが知るところだ。
もしここで戦闘したのが彼だったとしたら、相対した敵はどれほどの相手なのだろうか?
男は抉られた壁に視線を送り、身震いをした。
「ここには、いないようだな」
「え? アモン様ですか?」
「あのなぁ………。俺たちの任務は何だ? 言ってみろ」
「“アキサタナ将軍の捜索”であります!」
「分かってるのなら、アホな質問をするな」
呆れたような顔をして、採掘場を出る班長。
新人の男も慌ててそのあとを追った。
「しかし捜索と言われてもですね、この広い森の中をどうやって………。というか、まだこの森にいるのかどうかも定かではないんですよね?」
「それが分からないから調査するんだよ。もういいから、お前は黙ってついてこい」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ班長~」
班長はぶっきらぼうに馬に乗ると、西の道へと駆けて行った。
男も慌てて自分の馬に跨り、手綱を握る。
幸いにも班長の速度はゆったり目で、男はすぐさま班長の横に並んだ。
「どちらへ向かうんですか?」
「………採掘場だけじゃない、この先でも戦闘の痕跡が見つかった」
「次はそちら側へ? 嫌だなぁ……。この森、魔獣が出るって噂もあるようですし」
「バカ者! 栄えあるエデン軍人が、魔獣如きを怖がってどうする!!」
「も、申し訳ございません!!」
とは言っても、怖いものは怖い。
木々の間から覗く影が、風にそよぐ葉のざわめきが、魔獣のものに感じられて仕方がない。
新人の男は、ビクビクしながら班長についていった。
しかしそんな心配も杞憂に終わり、ふたりはほどなくして目的の場所に到着する。
「うわぁ………」
男は見るなり、乾いた声をあげた。
そこは辺り一面の木が炭と化した、森の中の広場だった。
焦げ臭い匂いが充満し、息を吸う度に不快な気持ちが込み上げてくる。さらに先ほどの採掘場にあったような“穴ぼこ”が至る所にあり、穴の奥には焦げ跡も見受けられた。
紛れもなく、誰かの戦闘跡地だ。
それも、只事ではない戦闘によるもの。
先に到着していた調査班が数名、痕跡の調査を進めている。
「どうだ? なにか分かったか?」
いち早く馬を降りた班長が、書類を持った兵士に声をかける。
燃えた木の側に立っていた兵士は、軽い敬礼をしてから口を開いた。
「はい。この惨状は爆破魔法による可能性が極めて高く、規模を考慮してもアキサタナ将軍のものと考えて間違いなさそうです」
「そうか。では、肝心の将軍は?」
班長が訊ねるが、兵士は曇った表情で顔を振るばかりだった。
そんなとき、新人兵士がとある方向を指差した。
「班長あれ……天使様じゃないですか?」
兵士の声を聞き、班長がそちらへ顔を向ける。
少し離れたそこにはアキサタナ…………ではなく、レトリアの姿があった。
「指を向けるんじゃない、不敬だぞ」
「は……申し訳ありません! しかしなぜ天使様がここに……」
「レトリア様も、アキサタナ様の身を案じているのだろう。御二方には婚姻の噂もあったようだからな」
「なるほど、納得しました」
兵士の間で、アキサタナの評判はお世辞にも良いと呼べるものではない。
中には、彼と行動を共にすれば死が訪れる。などという、不吉な噂まで出回っていた。
しかし人望のないアキサタナでも、その見た目ゆえ女性からの支持は多い。新人の兵士は、レトリアもまたそんな女性のひとりなのかと、少しだけ肩を落とした。
「それにしてもアキサタナ将軍たちは、いずこへ向かわれたんでしょうね。戦闘の痕跡はあるのに、誰ひとり姿も見当たらないなんて……。まさか敵に捕縛されたとか?」
「魔王軍から捕虜にした旨の連絡は来ていないようだが、可能性は否定できんな。だがあのアキサタナ様をとなると、敵は相当の手練れだろう」
「謎は深まるばかりですね」
「バカ! その謎を解明するのが、我々の責務だろう!!」
班長が拳を振り上げ、兵士は「ひええ」と両手で自身の頭を庇う。
そのときだった――――――
「だ、誰か!! 誰か来てくれーー!!!!」
少し離れた場所から、調査隊員と思しき声があがる。
その声には、なにか怯えのようなものが含まれていた。
班長と兵士は顔を見合わせ、すぐに声の方向へと走り出す。
そしてそれは、レトリアも一緒だった。
「どうした? なにがあった!!」
班長は声をあげながら、林道を少し離れた木陰に飛び込む。
そこは雑草の生い茂った、獣道だった。
「うっ⁉」
木陰に飛び込むなり、班長は顔を顰める。
「班長! なにかあったん………………ひゃあ⁉」
班長の後を追ってきた新人兵士も、“それ”を見るなり表情を変えた。
恐怖と怯えの入り混じった、複雑な表情だ。
だが、それも仕方がない。
誰もがそう感じてしまうほど、そこには異様な光景が広がっていた。
班長の立つ場所から数歩ほど先に、なにか赤黒いモノが落ちている。
猫よりは大きく、大型の犬よりは小さい。
異臭を放つその物体から、尖った骨が覗いている。
だから班長は最初、それがなにかの獣の死体かと思った。
しかしすぐに、表情を一変させる。
「これは………まさか…………!?」
ゴクリと息を呑んだ班長のとなりで、最初に声をあげた調査班の男が小さく頷いた。
「は、はい………私も初めは何なのかよく分かりませんでした。しかしこれは………いえこの“死体”は、紛れもなく………!」
「ああ………間違いない、これは………いやこの御方は…………“アキサタナ将軍だ”!」
ぼろきれのようになっているが、その紅衣は誰しも見覚えがあるものだった。美しかった顔は半分以上が欠落し、かろうじて虚ろな左目が残っている。
下半身はどこにもなく。
残っている上半身も腹が食い破られ、臓器のほとんどが残っていない。
天に伸びるように飛び出した剝き出しの肋骨が、数本だけ並んでいた。
「班長………あ、あれ………………」
新人の兵士が指差す先には、右腕らしき部分が落ちていた。
その腕も、半分ほど骨が覗いている。
「や、やっぱりこの森は魔獣が出るんですよ!! 早く逃げましょうよ班長!」
吐き気を堪えながら叫ぶ兵士から離れ、班長はアキサタナの死体の側で屈み込んだ。
「確かに………獣の噛み傷だ。しかしアキサタナ将軍ほどの者が、ただの魔獣に遅れを取った? 不死であるはずの将軍が、よもやここまで………」
「よもや、じゃないですよ! 実際に将軍がここで死………死んでいるんですから!! 早く逃げないと自分たちも………………あ」
狼狽える兵士のとなりを、無言のレトリアが通り過ぎる。
レトリアは物言わなくなったアキサタナの前で腰を屈めると、右腕を伸ばしてその虚ろな左目を閉じた。
「………………………ごめんなさい」
小さくそう呟いたレトリアは、両の手のひらを組んで祈りを捧げる。
レトリアに少し遅れて、班長も目を閉じて祈った。
そして次々と、集まってきた兵士たちは黙祷する。
新人の兵士も、怯えながら皆に続いた。
しかしどれだけ神に祈りを捧げても、班長の頭の中にある疑念は晴れそうにない。
『アキサタナ将軍ほどの者が、なぜ?』




