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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第337話 「禁断の質問」


 大小の様々な岩が転がるだけの、殺風景な岩石地帯。

 月明かりに照らされた大岩の上で、稲豊はぼんやりと星空を眺めていた。


 こうして星を眺めていると、今日一日の出来事がまるで夢だったように感じる。しかし稲豊はその度に後ろを振り返り、岩陰に隠れるように就寝する王女姉妹たちの姿を見つめ、いまが現実であることを確認した。


『ここまでくれば、もう大丈夫だと思います。ですが念の為、明るくなるまでこの岩場に身を隠して一時の休息といたしましょう。まあ、ミツバチがいるので、居場所はバレバレでございますが』


 アドバーンが皆にそう告げたのが、一刻ほど前のこと。

 ベッドも夜食も、就寝の共にする酒もない屋外。王女姉妹たちは最初こそ口々に不満を漏らしていたものの、すぐに泥のように眠ってしまった。ミツバチらも疲弊しているのか、少し離れた物陰でじっとしている。


「みんなよっぽど、疲れていたんだな。今回の作戦は徹夜ばかりの強行軍だったみたいだし、疲れて当然か……。でも、やっぱりアドバーンさんは凄いな」


 アモンと激戦を繰り広げ、休む間もなくここまでマルーを操ってきた。

 にも関わらず、アドバーンは徹夜で見張り番に立つという。その勤勉さに、稲豊は頭が上がらない思いだった。


 アドバーンだけではない。 

 稲豊を助けるためだけに、多くの者が立ち上がった。

 それが魔王の為だったとしても、胸に湧き上がる熱いものは変わらない。


「俺、生きてるんだな」


 当たり前のことを口にし、稲豊は大岩の上でゴロンと横になる。

 星空が、頬を撫でる夜風が、虫の鳴き声が、背中越しに感じる岩のゴツゴツとした感触でさえ、稲豊には心地がよかった。


 そのすべてが、生を実感させる。

 しかし不意に、一抹の不安が込み上がってきた。


「みんな……大丈夫かな」


 陣に置いてきたソフィア。

 その陣で待機しているネロやライト、ターブに兵士たち。

 陽動に出ていたミアキスたちに至っては、顔すら拝めていない。


 無事であるかどうか、この場では知りようがないのだ。

 

「無事だといいけど…………」


 不安がつい、口を出る。

 そのときだった――――――


「そんなことを気にしておったのか?」


 穏やかな声が、すぐとなりから発せられる。。

 驚いた稲豊が声の方へ視線を向けると、そこには月明かりを背に立つルートミリアの姿があった。


 ルートミリアは稲豊のとなりに優雅に腰を下ろすと、柔らかな笑みを見せる。


「起きてたんですか?」


「うむ。やはりカチカチの岩の上では、安眠とはほど遠いな。ハーピィの羽を使った最高級羽毛ベッドが恋しいのぅ」


「ははは」


 笑う稲豊のとなりで、ルートミリアも夜空を見上げる。

 そして星を眺めつつ、口を開いた。


「心配するなシモン。皆は無事じゃ」


「分かるんですか?」


「いや。だが……信じておる」


「信じる?」


「うむ。この数ヶ月、皆ただ安穏と暮らしておったわけではない。それぞれが辛酸を()めながら、それでも此度の作戦に参加を希望した猛者たちじゃ。心配など必要ない」


 自信満々に言い切るルートミリア。

 その姿を見ているだけで、稲豊の胸の不安が嘘のように消えていく。


 ルートミリアが大丈夫だと言い切るなら、きっと大丈夫なのだろう。そんな根拠のない確信も、いまなら許される気がした。


「ルト様、ちょっと訊きにくい質問なんですけど……訊いていいですか? このタイミングを逃したら、いつになるのか分からないので」


「なんじゃ改まって? 申してみよ」


「えっと…………お母さんのこと、いまでも嫌いですか?」


「な、なにッ……!? げほッ!」


 不意を突いた稲豊の質問で、ルートミリアは小さく(むせ)る。

 そしてしばらく項垂れたあとで、おもむろに顔をあげた。


「まあ、その……なんじゃ、もちろん母のしたことはいまでも許せん。いくら妾のためとはいえ、自らの血肉を差し出すなど狂気の沙汰もイイとこじゃ。ずっとずっと妾を(たばか)っていたことも、絶対に許すことはできん!」


 ルートミリアは腕を組み、憤慨する。

 だが小言のような愚痴をひとしきり口にしたあとで――――――


「…………………………じゃが」


 ふと、身に纏う空気を変えた。


「もし妾とシモンの間に子がいたとして……」


「ぶっ! こ、子供!?」


 今度は稲豊が、息を大きく吹き出した。


「は、話の腰を折るな! もし妾とシモンの間に子がいたとして、その子がもし寿命の短い子だったのなら…………。きっと、妾も母と同じことをする。寿命が伸びるのなら、例えそれが…………一呼吸の間だったとしてもな」


 精神世界での出来事が影響を及ぼしたのか、稲豊にも分からない。しかし、星を見ながら語るルートミリアの瞳には、もう怒りも憎しみの色も浮かんではいない。


 そのどこか切ない横顔は、夜を彩るどの星よりも美しいと稲豊は思った。


「ルト様………………」


 同時に、稲豊の心は強く締め付けられる。

 まるでその痛みから逃れるように、稲豊は禁断の質問をした。



「本当にあと一年で…………ルト様は……いなくなっちゃうんですか?」



 その質問は稲豊にとって、したくなかったがしたかった質問だ。

 期待していたのは、否定の言葉。なにかの間違いで、なにかの奇跡で、すべてが嘘だったのなら……。


 そんな希望を込めた、稲豊の質問。



「うむ、死ぬ。それはこの妾自身が感じ取っておることじゃ」



 しかし希望は、他でもないルートミリアの言葉によって否定される。


 いまこうして会話をしているのに。手を伸ばせば触れることだって出来るのに。一年後には、もうそこにルートミリアがいない。


 稲豊は熱くなった目頭を隠すように、下を向いた。


「そう気を落とすなシモン。どんな生き物にも、いつか必ず終わりはやってくる。それが早いか遅いだけの話じゃ」


「あ、頭では……分かってるんですけど……」


「ふふ、愛いやつよの。妾は幸せものである。両親に愛され、臣下に恵まれ、仲睦まじい姉妹がいて、そして――――本来ならば顔を合わせるはずもない、異世界の想い人にも出会うことができた」


 嘘偽りのない、ルートミリアの気持ち。

 嬉しく感じる反面、そのすべてを諦めたような言葉が稲豊には辛かった。


「ただひとつ心残りは、父上が……いや、我らの目指した食糧改革が恐らく果たせぬこと。夢の行く末を、この(まなこ)で見てみたかった」


 遠い目で、星空を眺めるルートミリア。

 稲豊はその横顔を見つめながら、ふたりで交わした誓約を思い出した。


 屋敷のバルコニーで、稲豊は誓った。

 この世界の食糧問題を解決してみせる――――と。


 あのときの気持ちが、再び稲豊を奮い立たせる。


「任せてください!!!!」


 大岩の上で立ち上がり、稲豊は声高らかに宣言する。

 

「俺が……なんとかします!! 究極の料理を完成させ、食糧改革をしてみせます!!!!」


 急な稲豊の宣言に、ルートミリアはきょとんと目を丸くする。

 しかしすぐに表情を戻し、小さく笑った。


「そうか、ならば安心じゃな。妾の願いを……お前が継いでくれる」


「継ぎません! 究極の料理さえあれば、ルト様の寿命もなんとかなるはずです! あと一年もあるんだ。絶対に……絶対に俺がなんとかしてみせますから!!」


「シモン……。うむ、お前が言うのなら…………信じてみようかの」


「ええ! 信じてください!!」


 稲豊は鼻息荒く言ったあとで、力強く大岩に腰を下ろす。

 その瞬間、激痛が稲豊の尻を襲った。


「いっだぁぁ!? な、なんだぁ!?」


 尻を両手で押さえ、飛び跳ねる稲豊。

 ルートミリアも何事かと注目する。


「あ」


 稲豊は最初、小石の上にでも座ったのかと考えた。

 しかしすぐに、それが間違いだったと気が付く。


「コレって…………」


 稲豊が上着のポケットから取り出したのは、ビー玉によく似た小さな玉だった。そしてその玉に、稲豊は見覚えがあった。


「なんで“コレ”がここに……?」


 その玉は、魔王サタンから渡されたものだった。確かに上着のポケットに入れたが、それは心の中での出来事だ。現実になぜ存在しているのか。


 玉を不思議そうに眺める稲豊のとなりで、ルートミリアも自身の懐へと手を差し入れる。


「あった」


 ルートミリアも、驚いた様子で手を持ち上げる。

 その指先で、半透明の玉が輝いていた。


 月明かりを反射して、玉は様々な色へと変化する。


 その美しさに稲豊が見惚れた、次の瞬間――――――


「へ?」


 玉が突然、目も眩むような光を放った。


「な、なんだぁ⁉」


 ルートミリアの名を呼ぶ暇もないまま、光はこの世のすべてを白に染め上げていく。そして、稲豊の見ていた世界は消失した。

 


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