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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第336話 「どうして…………?」


「つまり、逃げられた……と?」


 アート・モーロの西門にてアルバから報告を受けていたトロアスタは、失望を含めつつ聞き返した。


「言い訳はしない。今回の魔物共の襲撃は、完全にこちらの虚を突いてきた。その後の統制の取れた動きも、我々の予想を越えていた」


「いえ、アルバ殿を責めているわけではないのです。敵を侮った、拙僧自身に呆れておるのですよ」


 敵がアモンを取り返そうとしてくるのは予想していた。

 だがあのアモンを制圧し、しかもここまで迅速に撤退されるのは予想外と言わざるを得ない。


「アモンには見張りを付けているのではなかったのか?」


「無論、付けてはいたのですが……。どういうわけか、途中で気を失っていたようで」


「気を失った?」 


「陽動の出現した時期といい、手際があまりに鮮やか。間違いなく、我が軍の内部に手引きをした者がおるでしょうな」


 現在ふたりのいる西門には、出撃が空振りに終わり、すごすごと引き上げていく兵士たちの姿があった。トロアスタが嘆息しつつ、その大きな両目でぎょろりと周囲の兵士たちを一瞥(いちべつ)する。


 今回の件、軍の内情に明るい者が手引きしたことは明白だ。


「我がワルキューレ隊に敵の回し者がいるなど、考えたくもないが……」


「いずれにせよ調査は必要でしょう。そちらに関しては、拙僧にお任せください。此度の出陣、お疲れ様でございました。どうぞ、今夜はゆっくりと休息なさってください」


「いや、敵にまんまと逃げられるなど言語道断。部下共々、一から鍛え直さねばなりません」


「いまから……でございますかな? 一雨来そうな空模様ですが」


「関係ありません」


 簡潔に言うと、アルバは去っていった。

 その背中を苦笑交じりに見送ったあとで、トロアスタはある少女の方へと視線を送る。


 灰色に染まった空の下で、憂いを帯びた瞳をした少女。

 それはレトリアだった。


「……………………」


 レトリアは西門を少し離れた場所に立ち、部下たちの帰りをずっと待ち続けている。やがて兵士の殆どが西門を潜っていった頃に、ゆっくりとやってくる二頭の馬が彼女の視界に入った。


「無事……のようね。安心したわ」


 駆け寄ったレトリアは、三叉の矛(トライデント)の三人に声をかける。


「大きな怪我はないでござるが……」


「アモン様が…………魔物の奴等に拐われちまった。ちくしょう、あと少しだったのに……!!」


 三人の表情は、一様に暗い。

 特にエルブはだらりと垂れた前髪を整えることもなく、ただ静かに俯いている。


 そのとき、雨がぽつりぽつりと降り始めた。

 それは(まばた)きを繰り返す度に強さを増し、一分も経たないうちに土砂降りの豪雨へと変じる。


「………………………………」


 しかし全身を激しく雨に打たれても、エルブはその場を動こうとはしなかった。


「なあエル……戻ろうぜ? ここにいたら、風邪を引いちまう」


 ティオスが優しく、力なく放り出されたその右腕に触れる。

 するといままで俯いていただけのエルブが、気怠そうなほどにゆっくりと頭をあげた。


 そして前髪の隙間から覗く瞳で、正面に立つレトリアを恨めしげに睨みつける。


「リア…………どうして今日、アモン様を採掘場へ誘ったのかしら…………?」


 まるで幽鬼のような声で、レトリアに問う。

 しかしレトリアは、なにも答えない。


 シグオンとティオスのふたりは冷えていく空気を感じ取り、なにも言葉を発せずにいた。


「リア…………どうして馬車に、書類を忘れたりしたの…………?」


 再びの質問にも、レトリアは答えなかった。

 

「リア…………どうしてアモン様を、追いかけてくれなかったの…………?」


 三度目の質問。

 だが結果は同じだった。


 レトリアは表情を変えるでもなく、ただじっと立っている。


「どうして…………どうしてッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 そのどこか他人行儀な様子に、遂にエルブの感情は爆発する。

 細い腕でレトリアの両肩を掴み、二度ほど強く揺さぶった。


 そして瞳から大粒の涙を溢れさせながら、最後の質問をぶつける。



「あなただって……アモン様が好きだったはずじゃない!!!! なのにどうして……どうしてアモン様を!!!!!!!!」



 そこから先は言葉にならない。

 自身の両手で顔を覆い、エルブは大雨のなか崩れ落ちる。

 

「お、おい……エル…………」


 かける言葉が見つからず、狼狽(うろた)えるティオス。

 シグオンもまた、いまの状況がよくわからずにいた。


 そんななか、レトリアがくるりと三人に背中を向ける。


「今日はもう帰って休みなさい。これは命令よ」


 レトリアはにべもなく言うと、そのまま西門の方へと歩いていく。

 

「………………リア……」


 まるで人が変わってしまったかのようなレトリアの後ろ姿を、ティオスはただ眺めることしかできなかった。



:::::::::::::::::::::::



 アモンの喪失という形で決着した今回の襲撃事件。

 トロアスタはひとり、ガーデン・フォール城の大階段の前で、物思いに耽っていた。


「おや? こんな場所でなにをしているんだい?」


 そんなとき、城に戻ってきたファシールに声をかけられる。


「おっと、これは失敬。少し考え事をしていたもので、ファシール殿に気づくのが遅れてしまいました」


「アスタが上の空とは、珍しいこともあるものだね」


「お恥ずかしい、忘れてください。……と、ファシール殿はいまお戻りになられたところですかな?」


「ああ、さっき馬を馬房に戻してきたところだよ」


 そう言いながら、ファシールは馬がするように頭をブルブルと振った。

 雨で濡れた髪から飛んだ雫が、四方八方へ飛び散る。


「行儀が悪いですぞ」


「ははは、失敬失敬。忘れてくれ」


 トロアスタが少し笑いながら言うと、ファシールも子供のような笑顔を返した。


「――――――む?」


 そのときだった。

 トロアスタの大きな鼻が、微かな違和感を捉える。

 先ほど飛び散った雫と一緒に、“なにかの香り”を感じ取ったのだ。


 それはトロアスタにとっては馴染みのある、監獄や戦場でよく嗅ぐあの臭い。


「…………血の……香り……」


 薄っすらとだが、トロアスタは確かに感じた。

 血の臭い。しかも…………人間のものだ。


「じゃ、僕はシャワーでも浴びて休むことにするよ」


 ファシールはそう告げると、軽い足取りで歩いていく。


「あ、お待ちをファシール殿、ひとつ訊いてもよろしいか?」


 その遠ざかっていく背中に向かって、トロアスタは逡巡したのちに声をかけた。「なんだい?」と振り返るファシール。


「…………アキサタナ殿が屋敷を抜け出し、馬でどこかへ向かったという報告があったのですが、その後の消息が掴めておりません。どこかでお見かけになどは……なりませんでしたかな?」


 トロアスタが訊ねると、ファシール天井を見上げて少し考える素振りを見せた。そして再び顔を戻すと――――――



「さあ、知らないな」



 微笑みながらそう口にし、今度こそ去っていくのだった。




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