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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第335話 「苦しみの連鎖」


 敵襲――――――


 その二文字が稲豊の脳に染み渡るのと同時に、周囲のすべてを白煙が覆い隠した。


「な、なんだ……!?」


 視界いっぱいに広がる白い煙。

 少し離れた場所にいたネロやライトはもちろん、目の前にあった猪車でさえ、後ろの一部分ぐらいしか見えない。


 泡を食った兵士たちの混乱する声が聞こえるが、それがどちらの方から聞こえるのかも定かではなかった。


「敵襲って、いったい誰が…………うわっ!?」


 どこかから爆発音のようなものまで響いてくる。

 なにも見えないだけに、稲豊の恐怖感はいや増した。


「シモン!! こっちじゃ!!」


 そんななか、ルートミリアのはっきりとした声が猪車の荷台から聞こえた。


「ルト様!?」


「ゆくぞシモン! 敵の狙いはお前じゃ!!」


「は、はい!!」


 稲豊が猪車の荷台へ駆け上がると、アドバーンが即座に手綱を振った。マルーが走り出し、上半分の無い猪車が進み始める。


 陣のほぼ半分を覆おうかという白煙を裂きながら、猪車はまっすぐに突進した。ときに、置かれた防具を薙ぎ倒しながら煙の中を駆ける。


「もうすぐ抜けます!!」


 姿の見えない御者台から、アドバーンの声が飛ぶ。

 しかしそのとき、稲豊の耳が奇妙な音を捉えた。


 槍で地面を何度も突くような、どこかで聞いたことのある音。

 しかもそれは、猪車のすぐとなりから聞こえてくる。


「なんだってんだ……」


 稲豊が訝しげに、音の方へ顔を向けた。

 そしてー心拍の間のあとに、猪車が白煙を抜ける。



「あ」



 その瞬間、稲豊は小さく声をあげた。


 猪車のとなりに、白馬に跨る長髪の女性がいる。女性はアイスグリーンの美しい長髪を(なび)かせながら、手綱を操り猪車と並走していた。


 女性は猪車の方を見て、一瞬だけ緩んだ表情を覗かせる。そしてそのあとで、力いっぱいに声をあげた。


「アモン様!! 救援に参りました!! 早く……この手を!!!!」


 女性……いや、三叉の矛(トライデント)のひとりであるエルブは、決死の表情で稲豊の方へ手を伸ばしている。


「エル…………助けにきたのか? こんな所まで……?」


 本能的に、稲豊は手を伸ばしたくなる。

 しかし、ここで手を伸ばすわけにはいかない。


 ここで彼女の手を掴んでしまったら、何のために逃げてきたのかわからない。



「――――――――――――アモン様?」



 一瞬にも永遠にも感じる時間の中で、勇ましかったエルブの顔が、瞳を大きく開いた気の抜けたものへと変わる。そして稲豊が手を掴むつもりがないと察したとき、彼女の瞳に深い悲しみの色が刻まれた。


「きゃあッ!?」


 そのとき、不意にエルブの姿が馬上から消える。

 馬がなにかを避けようとした拍子に体勢を崩し、落馬したのだ。


 無理な姿勢を取ったうえ、稲豊の行動に気を取られた末の落馬だった。


「あッ!」


 地面に横たわるエルブの姿が、どんどんと遠ざかっていく。

 その姿を、稲豊は心配そうに見つめた。


「…………シモン」


 複雑な胸中を察してか、ルートミリアが稲豊の服の袖を掴んだ。その手に、稲豊はそっと自分の手を重ねる。

 

「だい……じょうぶです。これで、よかったんですよ……きっと」


 そう自分に言い聞かせた稲豊だったが、脳裏には落馬直前の彼女が見せた、悲壮な表情が焼き付きつづけていた。



:::::::::::::::::::::::



「エル!! 無事か!?」


 落馬したエルブの下へ、ティオスが血相を変えて駆けつける。


「無事……ですわ」


 エルブはよろよろと、弱々しく立ち上がって言った。

 

「そんなことよりも、アモン様が……アモン様が…………」


「あきらめろ、この距離じゃもう追いつけねぇ……。ここにいたらオレたちもヤバい、早くオレの馬に乗るんだ!」


「でも……でも…………アモン様を…………!」


 (かぶり)を振るエルブのところへ、遅れていたシグオンも到着する。

 

「もう煙幕も無いでござる。この辺が……引き際でござろう」


「エル!! このままじゃ魔物共に捕まる! 引きずってでも連れて行くぜ!!」


 ティオスはエルブを半ば無理やり自分が乗ってきた馬に乗せると、今度は東のエデンの方へ向けて駆け出した。シグオンも周囲を警戒しながら、その後を追う。


 わらわらと集まりつつある魔物兵たちを馬上から眺めながらも、エルブの頭の中では、先ほどの稲豊の姿が離れそうになかった。



:::::::::::::::::::::::



 一方その頃――――――


 人狼族の森の奥でひとり、猛毒に(むしば)まれつづける男がいた。


「なんで…………このボクが………………げほっ……ぺッ…………こんな…………こんな…………!!!!」


 厳しかった父と兄の姿が、優しかった母の姿が、手籠めにした魔物や(はべ)らした女たちの姿が、頭に浮かんでは消えていった。


「こ、これが…………走馬灯……? ボクは…………し、死ぬというのか……? ゲボ…………不死である……ボ、ボクが………………死ぬ…………?」


 アモンの姿とレトリアの姿が、同時に脳裏をよぎった。


「どうして…………どうしてみんな…………ボクを置いていくんだ…………? ハァ……ハァ…………ボクはただ…………人間として…………ハァ…………天使なんかじゃなく…………人間として…………見てほしかった…………だけなのに…………」


 地面はアキサタナの吐血した血液によって、赤く染められている。

 美しかった顔も、血と涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「アモン…………お、お前をユルサナイ…………。だから……だから…………ボクを見てくれ……。ボクを…………ひとりに……しないで…………くれ…………」


 段々と、意識が薄れていく。

『死にたくない』と抵抗する自分と、『もう楽になりたい』と思う自分が、アキサタナの中でせめぎ合う。


 だがわずかに『生きたい』という想いが競り勝ち、アキサタナはいまも苦痛の中を漂っていた。そんなとき、どこからともなく……馬の蹄の音がアキサタナの耳に届く。


「………………あ…………? う、うま………………ごぶッ……」


 幻聴かと一瞬だけ考えたアキサタナだったが、次第に音ははっきりとしてくる。

 どうやら、自分の方へと近づいているようだ。


 アキサタナは『まだ死ぬまい』と、懸命に激痛に耐えた。


 やがて蹄の音は目の前で止まり、すぐに頭上から爽やかな声がアキサタナへと降り注いだ。



「気配を感じたから来てみたけど、どうやら正解だったようだね」



 信じられないことに、人の声だ。

 アキサタナは力を振り絞り、己の頭を持ち上げる。


 するとそこには、颯爽と馬から降りる、勇者ファシールの姿があった。


「ファ、ファシール…………さま? た……ぐぅ゙…………たすけてください……! どくに……毒に…………おがざれて…………」


「毒? なるほど、この惨状はそのせいか」


 ファシールは周囲を見渡し、少し困ったようにため息をひとつ漏らした。


「“彼”にやられたのかい? 随分とひどい有り様のようだけど」


「い……いまは…………たす……たすけ…………もう魔素が…………ほとんど……尽き…………かけて…………」


 恥も外聞もない。

 息も絶え絶えに、アキサタナはファシールの方へ手を伸ばす。

 するとファシールは、にこりと清々しい笑顔を覗かせた。


「実はそんなこともあろうかと、特別な解毒薬を持参してきたのだよ。運が良かった」


 懐から小袋を取り出すファシール。

 アキサタナはその袋を見て、薄く糸が引くように笑った。


「は、はは…………さ、さすがは…………勇者様…………。は……はやく…………その薬を…………!」


 血反吐を吐きながら、アキサタナは両手を差し出す。しかしファシールは、差し出された両腕を見て、きょとんとした表情を浮かべた。

 

「うん? ああっ! ははは、違う違う」


 ファシールはポンと手を打ったあとで、その右手を横に振った。


「ちが…………う…………?」


 なにが違うというのか?

 アキサタナは苦痛も忘れ、呆然とした顔でファシールを見つめる。


 少しの間を置いたのち、ファシールは再び笑みを浮かべながら……言った。



「この薬を飲むのは、ボクなんだよ」



 アキサタナには最初、ファシールの言葉の意味がわからなかった。

 しかし彼の生存本能がすべてを理解したとき――――――



「あ…………ああ………………ああああ……………………あああぁぁぁああああぁぁぁぁあああああああああぁああああああああああああぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!!!!??????????」



 アキサタナは絶叫した。




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