表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

356/358

第334話 「束の間の安堵」


「――――――と、まあ……エデンでは色々あったわけで……」


 稲豊は疾走する猪車の中で、これまでの経緯を包み隠さず皆に話した。


「そうか、なにはともあれ……間に合ってよかったのじゃ」


「なんやもうちょっとでハニーが消えてたらと思うと、いまでもぞっとするわ」


「本当に、帰ってこれて良かったよ」


 安堵の息を漏らす稲豊だったが、王女姉妹たちの表情には複雑な心境が見え隠れしている。それもそのはず、皆の心の支えとなっていた魔王サタンは、もうどこにも存在していないのだ。魂も残さず、消滅してしまった。


「いまは……魔王国に帰ることだけを考えよう。いつ敵に追いつかれるかも分からないからな。イナホ、さっきの“アモン化”は、再び可能なのか?」


 ソフィアが稲豊の腰に下げられた仮面を見ながら訊ねる。


「どうだろうな? 奴の精神力が弱まっている、いまだからできたってのもあるからなぁ。正直、もう二度とやりたくはないかな」


「…………そうじゃな。巨大な力とはいえ、あまりにリスクが大きすぎる。アモンの力は宛にせん方がよいじゃろう」


「利用できたら、心強かったんだがな」


 残念そうに言うソフィアだが、顔を見れば本気でないことはわかる。

 稲豊は苦笑しつつ、猪車の進む方向を見た。


「お?」


 すると遥か前方に、なにか建物のような物がいくつも並んでいるのが見えた。


「あれは…………」


「ようやく見えたねぇ」


 ほっと息を吐き、へなへなと座り込むウルサ。

 弛緩した空気が、猪車内に充満する。


「安心してええよハニー。あれはウチらの“陣”やから」


「陣?」


 近づいてくると、天幕がいくつも設置されているのがわかる。

 そして四方八方に散らばった魔物兵の姿も見えてきた。


 向こうも天井の消えた猪車の存在に気付いたようで、遠目にもわらわらと一箇所に集まってくる。最初は警戒の色を浮かべていた兵士たちも、荷台を引いているのが巨猪であることを知り、戦闘の体制を解いていく。


「どうどう」


 陣の中へ案内されたアドバーンが、マルーを止める。

 すると何体もの魔物が、近寄ってきた。


「ご無事ですか?」


 そのなかの一体が、誰にともなく訊ねる。

  

「うむ、大事ない。すべては予定通りに進んでおる」


 ルートミリアが答えると、魔物兵たちの歓声が上がった。ソフィアが猪車を降り、他の王女たちもその後ろに続く。その度に、兵士たちが沸いた。


「ここまでくれば、もう大丈夫そうだな」


 最後に稲豊が猪車を降りようと立ち上がる。


「………………って、俺の時だけ歓声は無しか。まあ、仕方ないけど」


 稲豊は苦笑しつつ、猪車を降りた。

 そして周囲に目を向け――――――


「へ?」


 呆然とする。

 なぜなら周りにいるすべての兵士たちが、(ひざまず)き頭を垂れていたからだ。


「え? え?」


 混乱する稲豊の前で、跪いていた魔物の一体が立ち上がり、口を開いた。


「おかえりなさいませ。イナホ様……いえ、魔王様」


「あれ? お前ライトじゃないか! なんか久しぶりだなぁ!」


 稲豊に話しかけてきたのは、レフトの弟。

 眼鏡と褐色の肌が特徴的な、ダークエルフのライトだった。


「って、魔王様? もしかして…………バレてる?」


 ルートミリアらの方へ顔を向けると、皆が一様に首を縦に振った。


「お前を救出する為に必要だったのでな。許せシモン」


「は、はぁ……そういうことなら別に構いませんけど……。なんというかその、こういうの慣れてなくて」


 再び苦笑する稲豊のところへ、ふたつの足音が近づいてきた。

 

「ふん、僕は頭を下げるつもりはないけどな」


「オレ様もな」


「あ! お前ら!?」


 声をあげた稲豊の前で、ひとりの人間と魔物が足を止める。

 それはかつて、稲豊と火花を散らしたふたり。


「ネロに…………デーブ! デーブじゃないかッ!!」


「誰がデブだ! “ターブ”だターブ!!」


 オークの大きな鼻息を浴びながら、稲豊は「冗談冗談」と両手をあげる。

 そのときには、周囲の兵士たちも面をあげていた。


「なんでお前たちがこんなところに?」


「この大所帯の兵士たちの兵糧の管理と調理を担当しているのさ。僕ほど優秀なら、当然の栄誉だ」


「オレ様は兵糧庫の門番だよ。ったく、テメェのせいで面倒くせぇ役目を――――――うっ」


 ため息混じりに愚痴をこぼそうとしたターブだったが、王女姉妹たちの無言の圧力を感じ、静かに後ろへ下がった。


「その生意気な態度もなんだか懐かしいなぁ。タルタルの奴はどうしてるんだ?」


「ああ、あいつなら陽動に出ているはずさ。僕たちはここで、陽動隊が戻ってくるのを待機中って訳だ」


「そうか、タルタルの奴なら無茶はしないだろうしな。なにはともあれ、皆が無事でよかったよ」


「まあ、それは別にいいんだが…………………………」


 ネロはそこで言葉を区切ると、懐疑的な視線を周囲へと向ける。

 そして額に若干の汗を浮かべながら口を開いた。


「本当に我々は無事で済むんだろうな?」


 そう苦々しく訊ねるネロ…………いや皆の周りには、大小様々な無数のミツバチたちが降り立っている。その異様な光景に、兵士たちの間にも一様に動揺が広がっていた。


「あ、ああ。ミツバチ、お前も見たことあるだろ? 俺たちの敵じゃないし、襲ってくることはないと思う…………多分」


「多分?」


「絶対! 多分な!!」


 ルートミリアらの説明もあり、動揺していた兵士たちも二度目の武器の構えを解く。ミツバチたちの輪の中心という歪な状態のなかで、稲豊は先ほどのネロの言葉を思い出していた。


「話を戻すけど、ここで陽動隊と合流するのって…………まあまあ危険なんじゃないか?」


 稲豊は少し狼狽しながら、ソフィアの方へ顔を向ける。


「エデン軍の本隊が出てくる可能性は低いうえ、もし出てきてもこちらは全力でとんずらするだけだ。その為の準備なら抜かりはない」


「そ、そうか……なら安心だな」


「しかし、そう悠長にもしてられますまい」


 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、アドバーンが再び御者台へと上り、緊迫した口調で言った。


「念の為、我々は先に王都へと向かいます。この作戦はイナホ殿が魔王城に帰城して、初めて成功なのですから」


「まだまだ油断は禁物ということじゃな。すまぬが皆の者、あとを頼むぞ」


 ルートミリアが告げると、兵士たちが真剣な表情で敬礼をする。

 

「オレはここに残り指揮を取る。アドバーン、イナホと姉さんたちを頼んだぞ」


「この命に代えても」


 簡単な言葉を交わし、ルートミリアらも再び猪車に乗車した。

 稲豊の脳裏に一抹の不安がよぎったが、『ソフィアが言うのならそれが最善なのだろう』と、猪車の方へと足を進めた。


「じゃあ、みんな……気を付けてな」


 猪車の前で、稲豊がそう声をかける。


 その直後のことだった――――――――――――




「敵襲!!!! てきしゅうーーーー!!!!!!!!!!」 




 見張りの兵士が、そう大声をあげたのは。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ