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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第332話 「天使だったなら」


 爆破魔法の影響で燃える周囲の木々たち。

 しかしその炎よりも、ひときわ強く立ち昇る黒い炎。


 いや、炎のような魔素は、チリチリとアキサタナの頬を焼いていた。


「アモン……な、なぜお前が……? たしかにさっきまで、気配を感じなかったのに……!?」


 信じられないとばかりに、表情を歪ませアモンを指差すアキサタナ。

 アモンはその視線も意に介さず、服についた(すす)を手で払いながら言った。


「精神世界で負けてしまった小官は、魔力ごとこの仮面に人格を封じられましてね。この仮面を被っているときだけ、舞台(ステージ)に上がることができるのです。残念ながら“行動理念”は主人格に支配されておりますがね」


「支配……だと?」


「つまりいまの小官は、手綱を握られた家畜そのもの。主人の命令には絶対服従なのです。そして我が主は、貴公との決着を望んでいる」


 アモンの緋色の瞳が、銃口のようにアキサタナを捉える。

 

「お、おのれ……! そ、そういうことなら手加減は…………しないぞ」


 アキサタナの言葉が尻すぼみになっていく。

 既に武闘会で、アモンの実力は骨身にしみているのだ。


 しかしここで退いてしまったら、アキサタナはもう自分の誇りを保てない。ならば次に彼が取る行動は、ひとつだけだった。


爆破魔法(ローゼン・フレア)!!」


 ただひとつの得意魔法を、アモンに投げつけるアキサタナ。

 その必死の形相が、彼の余裕の無さを物語っている。


「なんとかの一つ覚えですねぇ。…………芸が無い」


 飛んでくる紅球をマントで軽々と弾いたあとで、アモンは爆発する紅球の爆風に乗り天高く舞い上がる。そして右腕の照準をアキサタナに合わせ、声高に詠唱した。


「切り裂け風刃。風刃魔法(ラム・ヒューガ)!」


 一陣の風が、触れるものを切り裂きながら中空を駆ける。

 

「クソ!!」


 アキサタナは全力で回避に専念するが、それでも動きはあまりに遅かった。


「ぐあぁぁ!!??」


 逃げ遅れたアキサタナの左腕を、黒き風刃が容赦なく切断する。

 切り離された腕は鮮血を撒き散らしながら空中を舞い、音を立てて地面へと落ちた。


 アキサタナは血飛沫をあげる左上腕部を残った右腕で押さえながら、着地するアモンを燃えるような瞳で睨みつける。


「無駄だ無駄だムダだぁぁあ!!!! ボクの神籬は【神の心臓】! どんな魔法も、ボクには通じなぁい!!!!」


 魔素を無くなった左腕へ集中させるアキサタナ。

 すると瞬く間に、左腕が元あった姿で再生された。


「おや? まだお気づきになられてない御様子」


 アモンがつまらなさそうに言ったところで、アキサタナは自身の足首の異変に気がついた。


「いつの間に……!? しかも貴様! またコレか!!」


 武闘大会のときに使った、氷結魔法。

 両足首からじわじわと、再びアキサタナの体を氷が侵食していた。


「あのときのボクと、同じだと思うなぁ!!!!」


 アキサタナは叫んだのち、爆破魔法で両足ごと氷を吹き飛ばした。そして瞬時に再生させた両足で地面を踏み鳴らし、狂気的に笑う。脳内に分泌された脳内麻薬によって、もはや痛みさえ感じなかった。


「クックック!! 貴様の魔法はこの程度なのか? 氷結魔法で茶を濁したところで、貴様にボクは倒せない!!!! すべて無駄なんだよぉぉ!!!!」


 絶叫し、笑いながら爆破魔法を連打するアキサタナ。

 アモンは次々と繰り出される魔法をマントの盾で防ぎながら、最後の瞬間のことを考えていた。


「中途半端な攻撃では、やはり貴公は止まらないようだ。仕方ありませんねぇ…………」


 膨大な魔素がアモンの両手に集まり、赤と紫の輝きを放つ。

 やがて光は、ひとつの巨大な塊へと変貌していった。


紫電の紅竜(ラス・グリード)


 雷を纏った、炎の竜。

 それは武闘大会のエキシビションマッチでファシールへ放った、アモンの特大魔法のひとつだった。


「んな!? ぐっ……バカな…………」


 その魔素の凄まじさに、戦慄するアキサタナ。

 いままで自身が放っていた魔法など、目の前の竜に比べれば微々たるもの。


 アキサタナがこれほどの魔法と相対したことは、いまだかつてなかった。


 もしかしたら、肉体の再生が追いつくことなく消滅するかもしれない。

 そんな恐怖が、アキサタナの脳裏をよぎる。


「終わりにしましょう。アキサタナ=エンカウント」


 竜はバリバリと音を立てながら、アキサタナ目掛けて一直線に突進する。小さな家ぐらいなら、丸呑みにできそうなほどの竜の大口。


 先ほどの風刃魔法さえ避けられなかったアキサタナに、回避する手段など存在し得なかった。



「ぎ…………あああぁぁぁあああああああぁがあぁぁぁあああ!!!!!!??????」



 竜に呑まれ、体を焼かれるアキサタナ。

 その断末魔は、落雷のような轟音にすべて掻き消されていく。


「お嬢様!! 離れて!!」


「う……うむ」


 衝突の余波は周囲の木々を薙ぎ倒し、ルートミリアたちも避難を余儀なくされた。


 やがて空を覆うほどの眩い光が消え、一転した静寂が訪れる。

 先ほどまでアキサタナの立っていた場所は抉れ、地面には消し炭のようになった“成れの果て”が虚しく転がっていた。


「………………もはや、人型の木炭ですねぇ」


 アキサタナだったものの側まで歩み寄り、アモンは嘆息する。

 魔素を大量に消費した疲労感と、美形だった天使の変わり果てた姿が、その口を重くさせた。


「哀れな男だ。執着さえしなければ、もう少しまともな最期を迎えられたものを。しかし一度は、同じ天使の仲間だった。せめて外見ぐらいは、修復して差し上げましょう」


 このままでは、あまりに惨い。

 アモンは天使の悲哀を感じ、修復魔法を施そうと右腕を伸ばした。


 そしてアキサタナにその指が触れる寸前――――――




「ゔぁ゙あァ゙ァ゙あぁァ゙ァ゙!!!!!!!!!!!!」




 消し炭の片目が開き、喉から血が噴き出しそうな奇怪な雄叫びをあげながら、アキサタナだったものはアモンの体に突進した。


 どすという重低音が鳴り、アモンが瞳を大きく開ける。

 

 その視線の先には、アキサタナの右腕。

 どこから取り出したのか、手には短刀が握られている。


「くかかかかかか!! 言ったはずだ、ボクは不死身だとなぁ!!!!」


 言葉の途中から、すでにアキサタナの体の再生が始まっている。

 消し炭に見えた体は、ものの数秒で元の姿へと戻っていた。


「やはり…………生きてましたか。不意打ちは貴公の得意技ですからね。警戒していてよかった」


 その言葉を裏付けるように、アキサタナの繰り出した短刀は、アモンの手のひらを貫くだけに(とど)まっていた。


 本来なら心臓を貫く予定だっただけに、アキサタナは大きく舌打ちする。


 しかし次の瞬間、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「だがコレも計算の内だ。どうしてボクが魔法ではなく、刃物を使ったか分かるかアモン? きひひひひひひ、不死身っていうのはなぁ……唯一絶対の弱点があるのさぁ。ヒャはハハハはははあぁぁあはは」


「…………弱点?」


「ああ、そうだ!! どれだけ体の傷を再生しようとも、体内に入った異物まではどうしようもないのだよ! 昔、蛇に噛まれたことがあってね。ボクはそこで、不死の弱点に気がついたのだ!」


 アモンの双眸が、アキサタナの顔から短刀に移動する。

 その短刀は変わった形状をしていて、刃の両面では透明な粘り気のあるなにかが光を反射していた。


 アキサタナの顔が、醜悪に歪む。


「貴様も気付いたか? そう…………“毒”さ! この刃には猛毒が塗られている。貴様を始末する為に軍の医療班に調合を頼んだ、特別な毒だ!! 如何に魔術に長けた貴様でも、体内に入った毒はどうしようもできまい!!!! ぎひひひひひひ」


 奇怪な笑いが森に木霊する。

 確かに毒は魔法でどうにかできるものではない。


 本来ならば、アキサタナは勝利していただろう。

 だが…………アキサタナは知らなかった。


 相手が魔人であることを。


「くくく……そうですか、やはり貴公は…………小官の想像を()()()()()


「なに……? どういう意味だ? なにがおかしい!!!!」


 絶体絶命のはずなのに、アモンはさも愉快そうに笑う。

 その姿が、アキサタナに苛立ちを募らせる。


「いえいえ、実はですねぇ――――――小官は貴公が不死身の弱点に気付いていることに、気付いておりました。貴公ならば必ず、“毒”を使ってくるだろう……と」


「なん…………だと……?」


「爆破魔法しか使えない貴方が、小官に勝つには毒をおいて他にありません。だから私は、罠を張ったのです」


「…………………………わな?」


「まだお気付きでないようなので、お教えしましょう。貴公の左足……ご覧になってください」


 アモンに告げられ、ゆっくりと視線を自身の左足へと落とすアキサタナ。

 

「なんだ…………コレは…………?」


 左足に、太い棒状の黒い(とげ)が刺さっている。

 それはアモンの右手から伸び、アキサタナの左足の太ももを貫いていた。


「気付かないのも無理はない。貴公に痛みを分からなくする魔法を施したのち、突き刺させていただきました。まあ、そのご様子では必要なかったかもしれませんが……」


 アモンの言葉など、耳に入らない。

 アキサタナの視線を釘付けにしたのは、棘を伝う赤い液体だった。

 

 それは短刀を受け止めたアモンの左手から流れ落ちた…………血液。


 そう――――毒を含んだ血液が、棘を伝って自身の太もも内に入っていっている。


「こんな…………こんなバカな…………」


 短刀から手を離し、よろよろと後退(あとずさ)るアキサタナ。

 その顔色は、真っ青だった。


「ああそれと、そもそも小官に毒は効きません。こうして舌で手のひらに触れるだけで、ほらこの通り! 解毒してしまうのです」


「それじゃ…………それじゃあ最初から、ボクに勝ち目なんて……なかったん…………じゃないか……」


 まるで独り言のように呟いたあとで、アキサタナは俯き片手で口元を押さえる。そして数秒後――――――


「ごぼっ…………が…………うぐ…………ゲホッ……!」


 指の間から、強かに鮮血を吐き出した。

 涙目になったアキサタナがえづく度に、口から出る夥しい血が地面を赤く染め上げていく。


 しかしそれでも、毒は一心不乱にアキサタナを責め続けた。


「これにて――――――終幕」


 アモンはそう口にしたあとで、右手を自身の仮面に添える。

 そしてその手に力を込め、おもむろに仮面を外した。


「その毒は…………罰だ。傲慢にして無慈悲。お前はいままで、身勝手に多くの者を蔑ろにしてきた」


「な…………ぐゔっ…………なにを…………!」


「踏みにじられてきた者たちの苦痛、その身でもって味わうんだな」


 稲豊は吐き捨てるように言うと、悶え苦しむアキサタナへ背を向ける。


「ま、まで…………まっでぐれ…………!! ボクを……げぼ…………このままに……する気か…………!?」


「お前にとどめは刺さない。不死身の体が毒に打ち勝つのか、それとも魔素が尽き毒で滅びるのか」


 稲豊は皆が待つ、猪車の方へ歩き始める。

 そして――――――



「神に祈るんだな。お前が本当に天使だったなら、救われるはずだ」



 最後にそれだけを告げ、稲豊はその場をあとにするのだった。



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