第331話 「反則結構!」
「皆様……下がってください。あの者の相手は、このわたくしめが務めましょう」
剣を鞘から引き抜きながら、アドバーンが皆に言った。
「何を申すかアドバーン! 彼奴は所詮ひとり。妾たち全員で戦えば……」
「そうやそうや! ウチらかて、やればできるんや!」
アドバーンに続き、王女姉妹たちが臨戦態勢をとる。
一触即発の状況。
しかし稲豊は、落ち着いた声で皆に言った。
「みんな、少し離れててくれないか?」
「父上!?」
稲豊の言葉に、皆が驚きの表情を浮かべる。
「あいつと俺の因縁に……ここで決着をつけたい。だからみんなは、手を出さないでくれないか?」
「で、でもシモンくん……相手はアレでもエデンの天使なんだよ!? いまの魔法だって、もし直撃してたらどうなってたか! かないっこないよ!!」
「大丈夫、俺にひとつ考えがあるんだ。いまだから、いや……いましかできないから。だから……信じて欲しい」
稲豊の覚悟を決めた顔を見てしまったら、皆はもう何も言い返すことができなかった。
「アドバーンさん、みんなとマルーを頼みます」
「ええ、イナホ殿も…………お気をつけて」
稲豊とアドバーンがそんな会話をしていると、アキサタナが痺れを切らしたように地団駄を踏んだ。
「さっさとしろ!! これは決闘だ!!!! ボクとお前の……そう!! レトリアを賭けた聖戦なのだ!!!! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
「わかってるよ。もう、これで終わりにしよう」
王女姉妹とアドバーンが、マルーの猪車と一緒に離れていく。
そして被害が及びそうもない場所で止まり、不安でいっぱいの眼差しでこの戦いの行く末を見守る。
「貴様は三つの大罪を犯した!! ひとつはレトリアに近づいたこと! ふたつはボクの婚約をぶち壊したこと!! みっつめは……そうまでして手に入れたレトリアの愛を裏切ったことだ!!!!」
「誰も愛したことのないお前が愛を語るのか? お前が好きなのは、最初から自分だけだろう。魔物を手籠めにする変態ヤローが」
「だ、だまれ!! 人間は元々、愚かで醜いものなのだ!! 道を外れるからこそ、ボクは人間!! 人間のボクには、愛を貪る権利があるのだ!!!!」
アキサタナが右手を掲げ、魔素を漲らせる。
血走った瞳には、もはや稲豊の姿しか映ってはいなかった。
「お前が……お前如きがボクを語るな!! 知っているぞ? お前はもうアモンじゃない。初めて会ったときの、非力なガキだ!!!!」
「そういや、初めて会ったのもこの森だったっけ。悪いけど、俺はもうあのときの俺じゃない。素直に尻尾巻いて逃げるなら、追うような真似はしないぜ?」
「バババ……バカにするなぁ!! この……この……このぉ!! くおぅの……泥棒猫がぁぁぁあ!!!!!!!!!!」
ついに堪忍袋の緒の切れたアキサタナは、渾身の爆破魔法を稲豊へ向けて解き放った。それは牛の体ほどもある、巨大な紅球。小さな太陽を彷彿とさせるそれは、風のような速度で稲豊へと迫った。
「………………いいんだな?」
直撃すれば、ひとたまりもないだろう。
しかし稲豊は神妙な面持ちで、避ける気配すら見せなかった。
「お父さま!?」
「シモンくん!! 避けて!!」
王女たちの懇願も虚しく、紅球は稲豊に直撃し、凄まじい爆発が猛威を振るった。土は吹き飛び、木々は薙ぎ倒され、炎風が周囲のすべてを焼き尽くす。
「ハニーーーー!!!!???」
「父上!!!!!!」
濛々と立ち上る白煙に邪魔をされ、稲豊の無事は誰からも確認できない。絶望の表情を浮かべるマリアンヌたちとは対照的に、アキサタナは眼前の惨状を前にして、ひとりさも愉快そうに高笑いした。
「ハ、ハハ…………ハハハハハハハハハハハ!! ハーーーッハッハッハ!!!! バカが!! ボクを舐めているからそういう目に合うんだ!! 思い知ったか! これがボクの……実力なんだぁ!!!!」
勝ち誇った笑みを浮かべ、笑い続けるアキサタナ。
マリアンヌはその光景を見て、力なくその場に崩れ落ちた。
ほかの王女姉妹も、最悪の事態を想像し顔色を青くする。
「まだじゃ」
だがしかし、ルートミリアだけは違っていた。
「見ろ」
白煙を指差しながら言うルートミリア。
王女姉妹たちは導かれるように、その指の示す先を見つめた。
「ハハハハ!! 勝った! 奴に勝った!! ハハハハハハハハハハハハ…………………………………………………………は?」
アキサタナの勝ち誇った顔が、一瞬にして硬直する。
白煙のなかに、人影を見つけたからだ。
人影は白煙のなかで、ゆらゆらと揺らめいている。
「バ、バカな……!? あの直撃を受けて……立っていられるはずが……!?」
乾いた声を吐くアキサタナの前で、人影が前進する。
そして白煙から生まれたひとりの男が、産声をあげた。
「………………………ま~~~~~ったく、こんなにも早く出番が訪れるとは。コレも日頃の行いというヤツでしょうか? まあしかし、呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!! 良い子のみんな? 元気かな~~~?」
男の出現に、アキサタナだけでなく、マリアンヌたちも目を剥いた。
その男が、ここにいるはずがない。
「お……おい…………それは…………反則だろう…………?」
頬を引き攣らせながら呟くアキサタナ。
歪な仮面を付けた男はその前に立ち、大仰に手を広げて言った。
「審判! 選手交代!! ここから先は、小官がお相手を務めさせていただきます。これは反則結構!! 決定事項!!!! 貴公風に言うならば、小官と遭遇した不運を嘆いてください」
絶望しよろめくアキサタナの前で、仮面の男――――――アモンは笑いながら黒き魔素を迸らせるのだった。




