第二章 【裏話】
三人のオムニバス形式の裏話です。
はぁ~! ウツです。
ユーウツを通り越して、これはもうウツです!
ミアキス様に言われて浴場の前まで来たものの、新しい料理長はまたも人間の男!!
神はナナに試練を与え過ぎだと思います! ――ふむふむ。今は入浴中ですね。今の内にお召し物とお持ち物を拝借します。ついでに採寸しておきましょう。
う~ん。洗ったのは良いですけど、替えのお洋服がありませんねぇ。
作るのはお時間が掛かりますし……仕方無いので執事長から借りましょう。
まだ入浴中のようですね。替えの服と下着を置いて……と。
さあ、ナナのこんしんの料理が完成を迎えました。
ご主人様とミアキス様が久し振りにお戻りになられたので、腕によりを掛けた料理です。と言っても、ナナは誰かに習った事がないので見よう見まねなのですけどね。皆様も食堂に集まっているようですし、そろそろ新しい料理長に挨拶に行きましょう。あ~、ウツです! しかし嫌われる訳にはいきません! とにかく掴みをばっちりしとかないと――――。
ファーストコンタクトは失敗だったかも知れないです。
明らかに警戒した視線を感じましたね。でも、ナナの料理を「美味しい」と食べてくれました。会話の感じもあいつとは全然違います。もしかしたら……もしかするかも知れません。今日は眠たくなりません、キュートなお洋服でも作りましょう。
朝変なやり取りをした後で、一緒にお料理をしました。
あいつは厨房にナナが入ることを嫌がってましたから、誰かとお料理するのは新鮮ですね。でも張り切って冷凍室に入ったのは失敗でした。ナナは寒さに弱いのです! イナホ様の作った料理は物凄く美味しかったです。ナナの少ない生門が魔素で満たされるのを感じます。やはりイナホ様はあいつなんかとは違う。
ナナの作ったお洋服気に入ってもらえたみたいです。
だけど……猪車内の会話でもイナホ様が元の世界に帰りたがってるのが伝わります。せっかく仲良くなれそうな気がしてたのに、帰るなんて嫌です。そしたら次の料理長はあいつみたいな……。そんな風に考えるナナは――――あいつ以上に自分勝手ですね。
イナホ様と一緒にモンペルガで食べ歩きをしました。
ナナの小さなお腹はパンパンになりましたけど、なんだかスゴく楽しかったです。人間相手にこんな気持ちになったのは、奥様以来ではないでしょうか? ――――でも時々、イナホ様から嫌な視線を感じます。その視線は……なんだかあいつを思い出します。
決定的です。ナナは嫌われてます。
イナホ様から感じてたもの、それが嫌悪だと気付きました。
何やら思い詰めていたご様子なのでお手伝いを申し出ましたが……断られました。あいつの時と同じ様に、ナナには厨房に入るなという事なのでしょうか? ――――胸が痛いです。
頼って頂けるのは素直に嬉しいです。たとえそれが利用であっても、無視されるよりはずっとマシなのです。でも……、利用するなら最後までお願いします。森の入り口までなんてイヤです。ナナはこう見えても有能なのです、なのでマルーはここで待ってて下さい。ナナは二人の後を追います。
なんということでしょう! 竜が出ました!
竜なんて上級魔族でもそういるものではありません。ナナも初めて見ました。イナホ様が襲われて、ナナは飛び出しそうになりました、それはもちろん体も心臓もです。思い留まったのは竜を刺激してはイケナイと感じたからです。けっして腰が抜けたワケではありません。
そんな間にイナホ様は森の奥に駆け出してしまいました。竜が翼を広げて飛び立ちます、どう考えても狙いはイナホ様に違いありません。糸を頼りにイナホ様を追いかけます。こう見えてもナナは足が早いのです、強化魔法を掛けられているとはいえ、人間よりも早く走れるのです。――けど走るのに夢中でイナホ様とは少し違う道に来てしまったようです。小指の糸を確認すると反応はなぜか上から? ああ!? 大ピンチ! 竜はイナホ様に向けて火を吐くつもりです!! ナナは咄嗟に木と木の間に糸を張り巡らせました。あの人ならきっと飛び降りると、なぜだか分かったんです。
全てをさらけ出したナナの事を、イナホ様は優しく抱きしめてくれました。
誰かの胸の中というのはこんなに気持ちの良いものなんですね。ナナは初めて知りました。それに好きだって言って頂きました。なんだか思い出すだけで胸と顔が熱くなります。やはりイナホ様はあいつなんかとは違いました。苦手なナナを自分から離すのではなく、逆に近づいて慣れてくれるんですから。もうナナはイナホ様以外の料理長は要りません。
ヒャクも無事(?)にゲットしました。
ミアキス様の腕は心配ですが、きっとご主人様が修復魔法を使って治してくれます。前に同じ事があった時もそうでしたから。――それにしても、イナホ様は不思議な人です。あの竜を説得して、ヒャクとその育成方法までゲットしてしまいました。そんな凄いことをやってのけたのに、今は可愛い寝顔でナナのお尻を枕にしています。イナホ様のおかげで、私は変わる事が出来ました。だって……、あんなに嫌いだったお父さんとお母さんに、今はナナを生んでくれたことに感謝しているのですから。お父さんお母さん、ナナを半魔に生んでくれてありがとうございます。――――いえ、かけがえのない出逢いを与えてくれて、ありがとうございます。
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「なかなか鋭い切り口じゃの」
「相手が竜だったので……このくらいで済んだのは良い方かと」
「ほう? 竜か、それは是非もないの」
惑乱の森より帰還したミアキスは、ルトの私室にて再生する自身の腕を眺めていた。三十秒程で、無くしたはずの右腕は完全に元の姿に戻る。「感謝します」と一言告げるミアキスに、ルトはその報酬代わりに事情を簡単に話させる。それはいつの間にか、二人の間では当然となったやり取りであった。
「なるほど。ヒャクか……聞いたこともないのぅ」
「人の間では知られた果実であったようです。故に楽園の連中に目をつけられたのでしょう」
「それにしても、あの森にまで手を伸ばすか。その迅速さ……全く忌々しい奴らじゃ」
そう吐き捨てたルトの顔には、明らかな不満が見て取れる。
ミアキスは普段通りの表情であったが、その心中は穏やかではなかった。まるでその気持ちを誤魔化すように立ち上がり「失礼します」と、足早にルトの部屋を後にする。向かった先は自分の部屋、そこで服を着替え、髪を結う。するとまた足早に部屋を出て、向かった先は屋敷の厨房。
「少年。猫の――いや狼の手は必要かな?」
「ミアキスさん? って、ええっ!?」
何かをしていれば不安はその間は解消される。
ミアキスは逃げるように、人助けを申し出た。
惑乱の森の騒動から、後一日経てば一週間という晴れた日の午後。
いそいそと森の北を目指す稲豊。その姿を屋敷の二階から眺めているミアキスに、どこからともなく声が掛かる。
「最近毎日じゃの。あれはどこに向かっておるのじゃ?」
「植えたヒャクの樹を毎日観察に行っているそうです。昨日芽が出たと喜んでいました」
「ほほぅ。甲斐甲斐しい奴よの」
勿論耳と鼻の優れたミアキスは、ルトが近づいて来ていた事はかなり前から把握している。そしてそれは稲豊の行動についても同じ事である。何故ならそれも彼女の仕事の一つだったからだ。
「して……お前から見てシモンはどう見える?」
「間者の可能性は低く感じます。体付きは若干貧弱、足の運びや手先の動きなどは素人以下。元々戦闘の経験が無いというのも納得です」
「ふむ」
どこか不満気なルトの表情に、ミアキスは更に言葉を連ねる。
「持ち物はナナに調べさせましたし、服の素材や持参物から奴らの匂いは感じられませんでした。流石に裸体までとはいきませんでしたが、耳の中も至って普通。食事を作る際も怪しい所は見受けられませんでした。私は異世界召喚の可能性を押します」
「そうじゃのぅ。“見た所”――普通の人間に見えるの」
しかし、ルトはどこか引っ掛かる所があるらしく、納得の表情にはまだ遠い。
ミアキスは自身の調査に不備があったのかと思考を巡らせるが、そんな彼女の様子に気づいたルトが「そうではない」と、前置きした後でその理由について語ろうとする。
「実はの? 奴の魔法指導を行っていた時に分かったのじゃが……」
そこでルトは言葉を止める。
そしてしばらく思案した後、話は彼女の方から強制的に断ち切られた。
「――いや。妾にも結論が出せてない問題じゃ。ある程度仮説を立ててから話すとする。そんな事より、ヒャクの芽まで案内せい」
「承知」
「……成長魔法は魔素の消費が激しいのだがのぅ」
ぶつぶつと愚痴を零すルトだったが、その表情はどこか楽しそうにミアキスには感じられた。
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稲豊達がヒャクを預けて去った後の非人街、オサの家。
そこでは粛々と栽培の準備を進める親子の姿があった。
「で、では種を取り出す為にヒャクを切る事にしよう」
「…………親父」
手を震わせながらナイフを握る父親の姿に一抹の不安を感じたパイロだったが、初めて見る光景では無いのでため息だけで済ます。そんな時、ふいにある容器が彼の視界に映り込んだ。「いっけね!」そんな声を上げて外に出て行く息子。その背中に「どうした?」と父親が声を掛けたが、返事は戻って来なかった。
「そりゃもう行っちまったわな」
外に飛び出した後、ため息混じりにそう吐き出すパイロ。
その手には透明の容器。つまりはタッパーが握られている。
以前食材を大量に貰った際に肉が入れられていた物だ。住民に中身を配り、空になったそれを稲豊に返そうと思い棚に飾っていたのだが……、返すのを忘れてしまった。
「まあ、次に会った時でもいいか? 屋敷に行く手段すら持ってないしな」
仕方なく自分の家に戻ろうとするパイロ。
だがその時――――彼の背中に聞き覚えのない声がぶつけられる。
「それ君の?」
「あ?」
パイロが振り返ると、見覚えの無い少女の姿がそこにはあった。
稲豊より少し年下の、燃えるような赤髪が特徴の不思議な少女だ。「それ君の?」彼女はパイロの手にあるタッパーを指差し、再び尋ねる。
「ちげぇよ。これは他所様からの預かり物だ」
少し警戒し答えるパイロに、少女は首を振り朗らかに答える。
「ああ、ごめんなさい! それが欲しい訳じゃないんだ。僕はその持ち主が誰か知りたいだけなんだ」
「あん? それを知ってどうする?」
「君と同じ事をすると思うな」
そんなパイロの問いに答えるように、少女は持っていた“ソレ”を目の前の男に見せつける。
「おお、そりゃあ確かに!」
少女の手にはパイロが持つタッパーと同じ物が握られていた。
あえて違いを挙げるなら、蓋の色が違う事だろうか。しかしそんな事は些細な問題である。パイロは少女に対する警戒を緩めた。
「コレを拾ったんだけど、相手が誰なのか分からなくてさ」
「なるほどな。それは間違いなくイナホのだろうよ。森の辺鄙な屋敷に住んでる人間のコックだ」
「辺鄙……ああ。あの森の屋敷だね? ありがとうお兄さん、助かったよ」
礼儀正しく頭を下げる少女。
言葉遣いはなってないが、その仕草は実に優美である。
「近い内に返しに行くんで、お兄さんのもついでに渡しておこうか?」
「おお。じゃあ頼む!」
パイロから透明の容器を受け取った少女は、一瞬だけ酷く嫌な笑みを浮かべたが、風に揺蕩う花弁に覆い隠されたその表情に気付く者は誰もいなかった……。
いまだ稲豊の元にタッパーは戻ってきていない。
これにて二章は完全終了! ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました!
次話からは波乱の三章突入です!




