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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第319話 「闇の中で見たものは」


「俺は………………なんだっけ…………?」


 稲豊は闇の中で呟いた。

 浮いているような、落ちているような不思議な感覚。

 

 墨汁の海にでも落ちたと錯覚するぐらい、黒一色の世界。


「ああ、そうか…………俺は…………消えるんだった…………」


 頭の中が(かすみ)で覆われ、はっきりしない。

 ぼんやりと、他人事のように、稲豊は自我の消滅を感じていた。


「眠い…………とてつもなく眠い…………」


 このまま眠ってしまえば、消えて楽になれる。

 そんな予感を感じ、稲豊は瞼を閉じる。


 どうせ起きていても、もうどうにもならない。

 ただこの心地が良い闇に、身を委ねてしまいたかった。


 大切な人も、成すべきことも、何も思い出せない。


「良いよな…………俺…………頑張ったよな…………。がんばっ…………たっけ? まあもう…………どうでも…………いいか…………」


 猛烈な睡魔がすべてを覆い隠す。

 頭の中まで漆黒に満たされ、稲豊は静かな寝息を立てた。


 そんなときだった――――――




「……………………あ……?」




 瞼ごしに、光を感じる。

 まさか、そんなはずがない。


 稲豊はそのまま無視してしまおうかとも考えたが、逡巡したのち重い瞼をゆっくりと持ち上げる。


 するとそこには、確かに光があった。

 手のひらほどの、丸く小さな光だ。それは手の届きそうな位置で、光源もないのに光っている。


 どうしてそうしようと思ったのか、稲豊にも分からない。


 何の感情も湧かないまま、稲豊は光へ向けて手を伸ばした。


「…………なん…………だ……!?」


 次の瞬間、光に全身を覆われた稲豊は、そのあまりの眩しさから両目を固く閉じる。


 それからどれくらいの時間、瞼を閉じていたのか分からない。

 光を感じなくなった稲豊は、恐る恐ると瞳を開けた。



「あ、あれ……? ここは?」



 気づいたら稲豊は、どこかの森の中にひとりで立っていた。

 先ほどまで(もや)に覆われていたはずの頭が、何故かはっきりとしている。


 稲豊は冷静になって、周囲を見渡した。


「なんで俺こんな所に? つーかこの森、なんか見覚えが…………」


 ほどなくして、稲豊はその正体に辿り着く。


「ああ~! ここ、ルト様の屋敷がある森だ! なんとなく、見覚えがある気がする。だったら、多分こっちの方に!」


 稲豊は居ても立っても居られず、駆け出した。

 もし似たような別な森だったら、完全にお手上げだ。

 わずかな希望を胸に抱きながら、稲豊は走り続けた。


 そして汗を全身に掻き始めたとき、視界が急に開ける。


「や、やっぱり……!」


 森の中に、忘れもしない屋敷が姿を現した。

 稲豊が異世界にやってきて、初めて定住した想い出の屋敷。

 以前と変わらぬ姿で、それは稲豊の目の前に立っていた。


「誰か……誰かいないか!」


 声を張りながら、稲豊は玄関前の階段を駆け上る。

 すると玄関扉の前で、伸びをするひとりの男を見かけた。


 白髪の、背中に黒い羽を生やした男。

 サタン、魔王国の王だった魔物。


「ああ!? てめぇ、こんな所にいやがったのかよ!」


 稲豊はサタンの前に立ち、いきなり問いかけた。


「教えてくれ! 俺たちはどうなったんだ? アモンは? どうして屋敷にいるんだ?」


 矢継ぎ早に質問を重ねる稲豊だが、サタンは何も答えない。

 それどころか大口を開けて、あくびを漏らしさえした。


「な、何か言えよ! あんたは何か知ってるんだろ!?」


 苛立ちを募らせながら問い詰める稲豊。

 しかしサタンはくるりと稲豊に背を向けると、無言のまま扉を開け、屋敷の中へと入ろうとする。


「おい! ちょっと待てよ!」


 無視されることに耐えられなくなった稲豊は、サタンの背中へ掴みかかろうと片腕を伸ばした。

 

 しかし――――――


「…………な……!?」


 伸ばした腕はサタンの体だけでなく、屋敷の扉まで突き抜ける。

 木の割れる音も、硬い感触もない。まるでそこには何も存在しないかのように、稲豊は勢いのままサタンと扉を貫通した。


「…………あ? なんだ……これ……?」


 自身の両手を眺める稲豊。

 そんな稲豊を気にかけることなく、サタンは屋敷の大階段の前で声を上げた。


『お~~い! もういいだろ~? そろそろ、父上に愛らしいその姿を見せておくれ~!』


 サタンが階上の方へ声をかけると、誰かの走る足音が聞こえた。

 その音の大きさから、小柄な者であることが推測できる。


 稲豊は呆然とした表情のまま、大階段の方へ顔を向けた。

 すると数秒後――――――


『まったく、しかたのない父上じゃの~! しかたないから、おひろめするのじゃ!』


 どこかで聞いたような声をした少女が、はにかんだ顔をしておりてくる。

 まだ物心がついて間もないといった様子の少女は、白の長髪を揺らし、藍色のドレスを見せつけるようにくるりと回転した。


『おお~~! なんて可愛いんだお前は!! まるで物語に出てくる小悪魔だ!!』


 サタンは嬉々として少女を抱き上げ、“たかいたかい”をした。

 すると少女はキャッキャッと、年相応に笑う。


『どうじゃ父上? 似合うかの?』


 少女は緋色の瞳を輝かせながら、サタンに訊ねた。


『もちろんだとも! 世界で一番、似合ってるぜ“ルト”』


 ルトと呼ばれた少女が、再び可愛らしく笑う。

 そこまで見てようやく、稲豊は自分の置かれている状況を理解した。


「この子はまさか……小さいときのルト様? じゃあここは、過去の……屋敷?」


 荒唐無稽な話だが、そうとしか考えられない。

 しかしなぜ自分がそんな場所にいるのかは、どれだけ考えても分からなかった。


『ひと目見た瞬間から、この服はルトに似合うと思ってたんだよ。いやぁ~オレ様の見立てに、間違いはなかったねぇこりゃ』


『ありがとうなのじゃ父上。だいじに着るからの。そーじゃ、アドバーン! おしゃれなわらわを、見てたもれ!』


 少女のルートミリアが名前を呼ぶと、ハンカチで涙を拭う老紳士が、玄関の靴箱から飛び出した。


『……どうして泣いているのじゃアドバーン? どこかイタイのか?』


『いえ……私めは感激しているのです! お嬢様……なんと愛らしいお姿。このアドバーン、嬉しくて涙が……涙が止まりませぬ!!』


『うむ? うれしいのなら、よかったのじゃ!』


 ルートミリアは満足そうに微笑むと、次にきょろきょろと屋敷内を見渡した。その瞳には、何か期待のようなものが込められている。


 そのときだった――――――



『だから言うたじゃろう? 父様は喜んでくれると』 



 そんな言葉を口にしながら、廊下の奥からひとりの女性が姿を現す。

 美しく長い黒髪に、切れ長の瞳。時代にそぐわぬ白衣で身を覆った女性は、二十代後半といった外見をしている。


 聞き覚えのない声。

 しかし稲豊には、その姿に見覚えがあった。


「もしかして…………リリト…………クロウリーか?」


 誰にともなく、訊ねる稲豊。

 するとまるで答え合わせでもするかのように――――――


『うむ! 母上を信じて良かったのじゃ!』


 ルートミリアが満面の笑みを浮かべ、女性の胸に飛び込んだ。


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