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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第317話 「キミはボクのモノ」


 アモンとルートミリアが邂逅する、数分前――――――

 

 黒いマントの揺れる背中を見送ったあとで、レトリアは洞窟の入口から少し離れた場所で、木に背中を預けていた。


「……………………はぁ……」


 何度目かのため息を漏らしたあとで、レトリアは採掘場の方を見やる。

 脳裏をよぎるのは、アモンが最後に残した言葉だ。


『ソトナを取り戻したいのでしょう?』


『忘れてください。あなたの為に』


 アモンは気づいていた。

 突然の頼みごと。採掘場という場所。エルブを引き離したこと。

 あらゆる要因から、これが罠であることを察していた。


 知ったうえで、アモンは洞窟の中へ入っていったのだ。


「私は……正しい道を進めているのかしら……」


 複雑な感情に押し潰されそうになりながら、レトリアは再び嘆息する。


 そのときだった――――――



「レトリア」



 すぐ近くで名前を呼ばれ、レトリアは瞳を大きくして顔をあげる。

 するとそこには、赤い服を着た男が立っていた。


「アキサタナ……!? どうしてここに……?」


 そう、目の前にいたのは、三ヶ月振りに会うアキサタナだった。だが自慢の赤髪は乱れ、顔はひどくやつれている。瞳だけをギラギラと輝かせ、アキサタナは薄く笑っていた。


「キミのあとを……つけてきたんだ! やっぱり……やっぱりキミじゃなきゃダメなんだよ」


「あ、あなたはまだ謹慎中のはずでしょ?」


「キミのいない生活はもう耐えられない! キミの傍でこそ、ボクは人間でいられるんだ!!」


 アキサタナは血走った目で詰め寄り、両手でレトリアの両肩を掴む。

 そのあまりの力強さと強引さに、レトリアは恐怖を覚えた。


「い、痛い……! 離して……!」


「この前のことは謝る! だけどキミには、キミにだけは分かっていて欲しいんだ。ボクという人間を! 結ばれることで築ける、ふたりの幸福な未来を!!」


 指が肩に食い込み、痛みが走る。

 だがそれ以上に、レトリアはアキサタナの瞳が恐ろしかった。

 以前のアキサタナのものではない。


 常軌を逸した、狂人の瞳がそこにはあった。


「絶対に……ゼッタイに幸せにするから! だから……だからボクと…………!」


「…………やめてッ!!!!」


 遂に耐えられなくなり、レトリアは力いっぱいにアキサタナを突き飛ばした。急に押され、バランスを崩しながらもレトリアを見つめるアキサタナ。その表情は、どこか驚いているようにも見える。


「ハァ……ハァ……!」


 荒く息を吐くレトリアの前で、アキサタナは呆けた顔をしている。

 しかし数秒後、首を傾げたアキサタナは、自虐的な笑みを見せた。


「ククク……ハハハハハ!!!! やっぱり……やっぱりあの男が良いのか……? あいつが……あいつが……あいつがあいつがあいつがあいつがあいつが!!!!!!!!!!」


 狂ったように「あいつが」と繰り返しながら、アキサタナは自分の顔をバリバリと掻き毟った。皮膚が破れ、血が滴り落ちてもアキサタナは顔を掻き続ける。


 その姿にレトリアが寒気を覚えたとき――――――



「よし、入口には誰もいない!」



 採掘場の方から、複数の足音と声が聞こえた。

 レトリアだけでなく、アキサタナまでもが声の方へ血だらけの顔を向ける。


 そこには西方へ向かう、魔王の姫たちの姿があった。

 姫のひとりは、背中にアモンをおぶっている。


 姫たちはアキサタナらに気づくことなく、去っていった。


「…………………………アモン……? まさか……亡命する気か……?」


 アキサタナは感情のない声でそう呟いたあとで、大きく表情を歪める。


「ダメだダメだダメだダメだダメダメ……! お前だけは……逃がしてなるものか……!!」


 血が滲むほど強く唇を噛むアキサタナ。

 ちょうどそのとき、エルブがふたりのところへやってきた。


「あら? アキサタナ……様? どうしてこのような所へ?」


 三ヶ月前の件もあり、警戒した様子でエルブが訊ねる。

 しかしアキサタナは『そんなことはどうでもいい』と言わんばかりに、悪魔のような形相をエルブの方へと向けた。


「アモンだ……! あいつが……亡命を企てている!! いますぐアルバ城へ援軍要請を出せ!! 奴らは西だ!! ボクは……あの男を追いかける!!!!」


 アキサタナは一方的に告げ、自身の馬を繋いでいる東の入口へと走っていった。


「アモン様が……亡命? まさかそんな…………」


 信じられないといった様子でエルブがレトリアの方を向くが、レトリアは伏し目がちに瞳を逸らした。昨日今日の付き合いではない。その表情から察したエルブは、瞬く間に顔色を青くした。


「アキサタナ様の言葉は、本当なんですわね! レトリア様!!」


 一縷の望みをかけて訊ねるが、レトリアは何も答えようとはしない。

 だからこそ、エルブはそれが真実であることを確信した。


「くっ……!!」


 手にしていた書類を地面に落とし、南方へと駆け出すエルブ。

 レトリアはその背中を、ただ眺めることしかできなかった。



:::::::::::::::::::::::



 一方その頃、アート・モーロ北東の牧場地帯――――――



「農民、家畜、食料には手をつけないでねー。おれたちの目的はあくまで陽動だからー」


 タルタルは上空を旋回するネブの背中の上から、地上に展開する兵士たちに声をかけた。


「チッ、つまらん。すべて焼き払ってしまえば良いだろう」


「今回の作戦はシモッチの奪還。ここで『いらない恨みを買うな』って、軍師さんがねー。これから仲良くするのに、問題になるからだってさー」


「ふん……人間共と和解など、くだらん」


 タルタルたちはエデン軍の目を引きつけるのが任務だった。飛竜を連れてきたことが功を奏し、予想通りに援軍の要請はアート・モーロへと送られる。

 

 あとはエデン軍が現れた頃合いに、退却を図るだけ。


「……来たな」


 ネブがひとこと呟き、タルタルが南方へと顔を向ける。

 見れば遥か遠方に、土煙がのぼっているのが見て取れた。


「どうやら陽動は成功したみたいだねー。じゃあおれたちも、さっさと退却――――――」


 すべて計画通りに進んでいたさなか、ここでふたりにとって予想外の事態が起こる。


「なんだ……()()は?」


 地上を見下ろし、動揺するネブ。

 タルタルもまた、それを見て困惑した。


 美しい緑に彩られた、牧場。

 牧草の揺れていた広野が、ボコボコと音を立て、歪な穴が幾つも形成されていく。


 半径が一メートルにも及ぶ大きな穴だ。

 馬たちも突如として出現した穴に、混乱して逃げ惑っている。


 しかし次の瞬間、タルタルの表情はさらに混沌を増すこととなる。


「あれは…………むしー?」


 穴の奥から覗く、巨大な瞳。

 やがてのっそりと、黄色と黒で覆われた胴体が持ち上がる。


 そして巨大な四枚の羽を広げると、それは大空へと向けて飛び立った。


「うおぉ!? コイツは……ミツバチとかいう?」


 ネブの近くを、何匹もの大ミツバチが横切っていく。

 それはどうやら、ひときわ大きな個体を先頭に、西方へ向かっているようだった。


 大量のミツバチたちの背中を見送りつつ――――――


「何か起きているのは…………確かだろうねー」


 タルタルは漠然と、何かしらの予感を感じずにはいられなかった。


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