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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第316話 「いつか来たる死」


「お嬢様は…………もうすぐ…………死ぬのですよ?」


 アドバーンの額に触れる直前で、振り下ろされた黒刀がピタリと止まった。そして一瞬にも永遠にも感じる時間が流れたあとで、アモンが静かに口を開く。


「何の冗談ですか? そんな嘘で小官の気が引けるとでも――――――」


「誓って、嘘ではございません」


 アモンがルートミリアの方に横目で視線を送ると、ルートミリアは座り込んだまま唇を固く結び、諦めにも近い表情を浮かべていた。


「お嬢様は産声を上げたときから、その身に膨大な魔素を宿しておられました。常人ならば、一生をかけても消費しきれないほどの魔素です。魔物であれば、本来それは喜ばしいこと。しかし…………お嬢様は違ったのです」


 アドバーンの瞳に、影が落ちる。


「幼子の体に、膨大な魔素は過剰すぎたのです。小さな体はその負荷に耐えられず、無意識のうちに魔素を吐き出し始めた。成長したいまでも、それは変わりません。そう…………生きているだけで、お嬢様は魔素を消費し続けてしまう。どれだけ食事を摂っても、生きているだけで…………他の者の何倍も衰弱してしまうのです」


 それはアモンにとっても、もちろん稲豊にとっても初めて知る事実だった。アモンの記憶の中のルートミリアは、ときには弱々しい姿も見せるが、いつも堂々としている。王たる風格を持つ、強者だった。


「そ、そんなものがどうしたと言うのですか? 小官は彼女を殺そうとしたのです。いまさら彼女の寿命が少ないと知ったところで…………」


「先ほどの召喚で、またお嬢様の寿命は大きく削られました。そしてイナホ殿、覚えておられますか? お嬢様はあなたを助けるために、いままで何度も……魔法を使ってきたはずです」


 アモンの頭の中に、再び様々な記憶が蘇る。


 怪我をしたときに、治癒魔法を施されたこと。

 燻製を作るときに、乾燥魔法で手助けしてくれたこと。

 危機的な状況に陥ったときに、攻撃魔法で救ってくれたこと。


 その度にルートミリアは、自らの命を差し出していた。


「イナホ殿が魔王国を離れて以来、お嬢様は…………ただの一度も食事を口にされていない。イナホ殿との誓いを、愚直なまでに守られているのです!!」


「知りません。小官にそんな記憶は……………………」


 言葉で否定しても、自身の記憶がそれを認めない。

 ルートミリアとの想い出が、あぶくのように浮かんでは消えていく。


「違う! 小官に……このような記憶…………!」


 最後にアモンの脳裏に浮かんだのは、川辺で佇むルートミリアの姿だった。

 ルートミリアは、はにかむように笑ったあとで、自分の方へ話しかける。


『皆が心をひとつにせねば、エデンとの戦いは不可能なのだ。だからシモン、妾だけでなく……皆を愛せ。我が父がそうしたように、他の者にもお前の愛を分けてやるのだ』


 そう語るルートミリアの表情は、笑っている。

 しかしそのときの稲豊には、泣いているようにも見えた。


「己の死期を……知っていたから……?」


 自らの死後、稲豊が寂しくならないように。


 それがルートミリアなりの配慮であると知ったとき、黒刀を握るアモンの腕は、完全に動きを止めた。


「イナホ殿……恩に着ます……!!」


 アドバーンはひとこと告げると、剣を薙いだ。

 一閃した剣が、アモンの左肩を掠める。


 次の瞬間、アモンが階段を踏み外したときのように、がくんと片膝をついた。


「懲りずに……無意味な麻痺毒ですか。こんな数秒の拘束、すぐに解毒して…………」


「いいえ、意味ならあります。なぜなら貴殿が膝をついたその位置は、落とし穴も同然なのですから」


 アモンは最初、アドバーンが何を言っているのか分からなかった。

 しかし数秒後、その意味を思い知ることになる。


「この刻を待っていたぞ!!」


 それはアドバーンとも、ルートミリアとも違う誰かの声。

 その声は奇妙にも、アモンのすぐ足元から聞こえた。


 麻痺毒に侵されたアモンが視線を下へ向けると――――――


「ここが正念場やで! ソフィ!!」


「分かってる!!」


 盛り上がった地面から岩を砕く大きな音と共に、ソフィアを抱いたマリアンヌが姿を現した。いつから地面に潜っていたのか、ふたりとも土や砂に塗れている。


「いまだ!! ルト姉!!!!」


 ソフィアがアモンの切られた傷口を掴み、力いっぱいに叫んだ。

 すると地面の紋様が結界とは別の輝きを発し、新たな魔法陣が浮かび上がる。


 そしてアモンには、その紋様に見覚えがあった。


「これは……ソフィアの部屋で…………。まさか…………貴女方の狙いは最初から…………!?」


 すべてに気付いたアモンが面を上げると、目の前にはいつの間にかルートミリアが立っていた。


「気付いても、もう遅い。やってくれ……ソフィ!」


 ソフィアが空いている左腕を伸ばし、ルートミリアの右腕に触れる。

 途端、魔法陣がひときわ大きな輝きを放った。


「四人掛かりとは……卑怯な……!」


「言うたであろう、どんな汚名でも着る覚悟があると。いま行くぞ、シモン」


 解毒しようと必死に舌を伸ばしたのも束の間、アモンとルートミリアの体に電流のような魔素が流れる。


「お、おのれ…………小官は…………まだ…………」


 意識を保とうと力を振り絞ったアモンだったが、急激な虚脱感には成す術もなく、やがて眠るように静かに意識を失った。


「お嬢様……くれぐれもお気をつけて」


 アモンと同時に意識を失ったルートミリアを抱え、顔を不安そうに覗き込むアドバーン。その横では、ソフィアとマリアンヌも同様の表情を浮かべていた。


「成功……したん?」


 恐る恐るといった様子で、マリアンヌが訊ねる。


「“心の接続”は発動したと思う。後はもう、ルト姉と…………」


「イナホ殿に託すほかない……」


 ゴクリと息を呑み、眠るアモンとルートミリアを交互に眺めるマリアンヌ。しかしすぐに、ハッと表情を変えた。


「悠長に喋っとる場合やないね。早く、安全な場所までふたりを運ばんと! もっかい確認するけど、魔法陣から離してホンマに大丈夫やんな?」


「ああ、意識を失った後なら問題ない」


「では急ぎましょう。いつエデンの者がやってきてもおかしくはありません」


 アドバーンが言いながら、ルートミリアを背負う。

 同時に、マリアンヌもアモンを背中に乗せた。


 そして三人は頷き合い、長い坑道をひた走る。


「よし、入口には誰もいない!」


 外に出たソフィアは素早く周辺を確認し、息をつく暇もなく走り出す。ふたりを先導しながら目指すのは、西へと続く小道だ。


 百メートルほど進めば、そこには開けた場所がある。


「ソフィアお姉さま!」


「ルートミリア姉さんとお父様はご無事ですか!?」


 その場所には猪車が一台、待機しており、猪車の傍で待っていたアリステラは、ソフィアらの姿を見つけ嬉々として駆けてきた。少し遅れて、御者台に乗っていたクリステラも飛び降り、皆を出迎える。


「ああ、お父さま……おいたわしい……!」


「ご無事……なのですよね?」


 涙を浮かべるアリステラのとなりで、クリステラは顔面蒼白で訊ねる。


「大丈夫だ……いまのところはな」


「とにかくいまは逃げるんが勝ち! 急いで発進の準備や!」


「わ、わかりました!」


 クリステラが猪車の準備を急ぐ。

 その間に、マリアンヌとアドバーンが背負っているふたりを荷台へと乗せた。


 少しして、ソフィアとアリステラも荷台へ登った。


「陽動部隊から報告は?」


「ミアキスにタルタル、どちらもまだかしらぁ。何かあったんじゃ……」


「いや、時刻的には問題ない。オレたちが予定より早かっただけだ。しかし合流を待つ余裕はない。連中には悪いが、早々に戦線離脱させてもらおう」


 ソフィアが淡白に告げると、マリアンヌがもどかしそうに唇を噛んだ。


「アリスの瞬間移動が使えたら楽やのに……」


「仕方ありませんわぁ。“融合の扉”は、移動する本人が魔素を流さないと発動しませんもの。意識を失ったお父さまたちでは…………」


「瞬間移動が使えない分は、マルーに頑張って貰いましょう。申し訳ございませんが、お嬢様をお願いします」


 アドバーンがアリステラにルートミリアを預け、御者台へと回る。

 いますぐにでも発車したいところだが、帰るにはまだひとり足りない。


 その煮えきらない時間に、歯がゆさを持て余すこと…………一分。


 待ち人は空からやってきた。


「ごめん! 遅くなった!」


 両翼を羽ばたかせながら猪車に降り立ったのは、肩で息をするウルサだった。ウルサは慌てた様子でアモンとルートミリアの顔を覗き込み、ふたりが寝息を立てているのを見て、小さく安堵の息を吐いた。


「ウル、周辺の様子はどうだ?」


「う、うん……そうだった! 南に早馬が向かっているのを見たよ、たぶん国境の城へ援軍を要請するつもりだと思う」


「やはり気づかれたか……。ならば、この場に留まる理由はひとつもないな。アドバーン!」


「承知いたしました! はっ!」


 アドバーンが手綱を振り、マルーが大鼻を鳴らして発進する。がらがらと車輪の回る音を聞きながら、ウルサは再びソフィアの方を見た。


「それと……気になることがもうひとつあるんだ」


「なんだ? なにかあったのか?」


「どこまで気にすれば良いのか分からないけど、この近くで嫌な奴を見た」


 ウルサは何とも言えない複雑な表情を浮かべる。

 それだけに、否が応でも皆の不安は増した。


「…………誰だ? それは」


 これ以上ないほど、単刀直入に訊くソフィア。

 ウルサは複雑な顔をしたまま――――――



「アキサタナ=エンカウント。どうしてか分からないけど、あいつ……いまこの森に来てる」



 そう報告するのだった。



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