第314話 「二つ目の異能」
「お嬢さまぁぁぁッ!!!!!!!!!!」
アドバーンの悲鳴にも似た叫びが、採掘場内で反響する。
その視線の先には、鮮血を吐きながら崩れるルートミリアの姿があった。
「…………ぐぅッ!!」
崩れ落ちるルートミリアを支えたアドバーンは、悲痛な面持ちで腕の中の主を小さく揺さぶる。
「お嬢様!! お嬢様ッ!!!!」
苦悶の表情を浮かべるルートミリア。
アドバーンは絶句し、ただ呆然とその姿を眺めていた。
しかし、次の瞬間――――――
「う……ぐ…………げほ…………ごほ…………!!」
ルートミリアが薄く瞳を開き、大きく咳き込む。
口から少なくない量の血が飛び散ったが、それでもアドバーンは安堵した。
「だ、大丈夫じゃ…………問題…………ない…………!」
よろよろと立ち上がるルートミリア。
その姿を見て、アモンは大きく首を捻る。
「おかしいですねぇ? 小官は確かに心の臓を貫いたはず。とすれば…………」
アモンは「ああ」と大仰に両手を広げた。
「なるほど! 小官の真似をしましたね? 我が魔法を受ける直前、自身に修復魔法を施した!」
「…………ギリギリのタイミングじゃったがな」
「無茶をしますねぇ~。心臓の穴は塞がったようですが、治癒魔法が追いつかず他の臓器が傷ついている。しかも己の体とはいえ、脳への負荷も相当なはず。そのままお亡くなりになった方が、よほど楽に死ねたでしょうに」
そこまでを口にしたとき、アモンの視界の端で何かが動いた。瞬時にその方向へ顔を向けると、鬼神の如き表情で迫るアドバーンの姿が見えた。
「光線魔法」
「無駄ッ!!」
アモンが放った神速の光線を、剣で受け流すアドバーン。
負けじと光線をいくつも放つが、そのすべてが剣によっていなされる。
「いやいや、マジですか」
そんなことを言っている間に、すでにアドバーンはアモンの懐深くまで侵入していた。
「ぬおおおッ!!」
地面すれすれから昇る、気迫の切り上げ。
魔法を放とうとしたアモンの右腕は、胴体を離れくるくると宙を舞った。
「おおっと、さすがは元近衛隊長。ですが……無意味でございます」
アモンはすかさず距離を取り、瞬時に右腕を再生させる。
そして誂うように、再生した手をひらひらと振った。
「………………んん?」
だがそのとき、アモンの動きが止まる。
動かそうとしても、筋肉は痙攣したように震えるばかりで、言うことを聞かない。
「これは…………毒……?」
「ドラゴンすら動けなくする痺れ毒。我が能力によるものです」
アドバーンは【魔神の鬚髯】により、多種多様な毒を生み出すことができる。口髭に潜らせた剣は、触れるだけでも危険な猛毒が塗られていた。
「残念れすが、小官の魔能をなめらいでいたらきたい」
しかし、アモンにとって毒は恐るるに足りない。
舌を限界まで伸ばしたアモンは、ぎこちない仕草で自身の腕を舐める。
すると数秒もかからないうちに、体内の麻痺毒は消滅した。
「小官の舌はあらゆる毒を解毒する。謂わば貴方の魔能の天敵というやつですね」
「理解はしておりましたが、こうも簡単に我が毒が消されるとは……。些か、ショックでございますね」
魔法ではアモンが上を行き、剣技では勝るとも決着がつかない。
八方塞がりのような状況で、アモンが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ほらほら、もうおしまいなのですか? 早くしなければ、異変に気づいた者が兵士を呼んでしまいますよ~?」
「時間がないことは、百も承知じゃ」
ルートミリアはひとつ長い息を吐き出し、キッと覚悟の決めた顔をあげた。
その瞳に宿る何かしらの決意を察し、アモンは笑うのを止める。
「お嬢様……! まさか……あれを……!?」
「使わずに済むのなら、それが一番じゃった。だが……我らの力が及ばぬ以上、仕方がない」
「し、しかし…………」
納得のいっていないアドバーンを他所に、ルートミリアはアモンの方へ向き直る。その体には徐々にではあるが、魔素が集まりつつあった。
「…………何を始めるつもりなんです?」
「なに、お前の申す通り時間がないのでな。妾の“とっておき”を使うまでのこと。シモンの前で使うのは、これが初めてじゃったな」
「ハッタリ……でも無さそうですねぇ……」
その自信に満ちた瞳を見れば、ルートミリアの言葉が真実であると分かる。何よりどんどんと大きくなっていく魔素が、それを証明していた。
「お前と同じだシモン。我が父より授かりし魔能……【魔神の生門】。だが妾は、お前と同様にもうひとつ能力を持っておる。魔女より与えられた…………異能がな」
「………………魔女」
アモンの知る魔女は、ひとりしかいない。
贖罪の魔女と呼ばれた、リリト・クロウリー。
絵本の中では、彼女はいくつもの不思議な食材を産み出していた。魔能が子へと受け継がれるのなら、神籬もまた……受け継がれる可能性を秘めている。
「もうひとつの……我が忌まわしき異能。名を……【神の喉】。その能力は――――――“召喚”。我が呼び掛けにより、異界の存在を召喚する!!!!」
膨大な魔素がルートミリアを中心に膨れ上がる。
このままでは、何かとんでもないことが起きるのは明白だった。
「それはさすがに……見過ごせませんねぇ!!」
巨大な炎球を作り、ルートミリアへ目掛けて放り投げるアモン。
しかし――――――
「ふんぬっ!!」
アドバーンが一太刀のもとに、炎球を両断する。
ふたつに割れた火の玉は左右へ飛んでいき、破裂した。
「横槍はこのアドバーンの命に懸けて、阻止させていただきます」




