第313話 「無慈悲なる一撃」
暗く長い坑道を抜ければ、開けた空間が姿を見せる。
魔石により妙な明るさのあるその場所は、半径50メートルほどの広さが、半円形に広がった空間だった。
そこかしこに削った岩が積み上げられ、石材運搬車やつるはしが無造作に置かれている。
「……………………」
レトリアに採掘作業の手伝いを頼まれたアモンだったが、他の労働者の姿は影も形もない。しかし確かに、アモンは何者かの気配を感じ取っていた。
「小官はかくれんぼで鼻息を荒くするような年齢では無いのですけどね。ここは採掘場の行き止まり、逃げ場無き袋小路。いい加減に、姿を見せてはどうですか? さもなければ、一帯を焼き払ってでも――――――!?」
何者かに向けて、アモンが声をかけた次の瞬間。
床から壁、天井に至るまで、複雑な紋様が瞬時に浮かび上がった。
それは幾つもの呪文が込められた、複合魔法陣。その幾何学模様によく似た図形は、この空間の入口の方まで描かれている。
「――――――拒絶型の結界、その逆転様式。この結界は来る者を拒まぬが、逆に去る者を許さない」
美しく、かつ威厳のある声が洞窟内に反響する。
アモンがその声の方へ顔を向けると、そこには岩陰より歩み出たルートミリアの姿があった。
「…………なるほど、袋の鼠は小官の方でしたか」
「その通り。貴殿の魔力でも、突破は容易くありますまい」
そんな言葉を口にしながら、アドバーンまで別の岩陰から出現する。
右手にはすでに剣が握られ、表情は果てしなく険しい。
「おや、おふたりだけですか? 小官はてっきり、総勢でおもてなしされるのかと思っておりましたが」
「お前の相手は、他の者らにはちと荷が重いからな。妾たちだけでは不服かの?」
ルートミリアが訊ねると、アモンは長く激しいため息を吐き出した。
「人数の問題ではありませんよ。まったく、この三ヶ月で何度目ですか? いい加減、襲撃されるのにも飽き飽きですよ。しかも今回はレトリアまで使って、小官を罠にかけようなどと……。無駄な足掻きは、観賞するに耐えませんね」
「ならば安心せい。これが最後じゃ」
その言葉を裏付けるように、ルートミリアから漂う魔素は尋常なものではない。手の届かない位置に立っているにも関わらず、アモンは自身の肌がちりちりと焼かれているような感覚を覚えていた。
「妾には分かる。この機を逃せば、シモンはもう永遠に帰ってこない。だからこれが、妾らの最後の足掻きじゃ!」
「くく…………どうやら随分と意気込んでおられるご様子。しかし、その見立ては実に甘かった」
「…………何が言いたい?」
「これが――――――その返答です!!」
アモンの右手が赤く光ったかと思うと、そこから炎の槍が出現する。槍はそのまま放たれ、ルートミリアを目掛けてまっすぐと伸びていった。
「お嬢様ッ!!」
「くっ!! 土壁魔法!!」
ルートミリアが土の壁を形成した直後、炎の槍が直撃した。
土壁は一瞬にして粉々に砕け散り、土砂の雨を周囲に降らせる。
壁の犠牲により無傷だったルートミリアだが、その瞳は大きく見開かれていた。
「お分かりいただけましたね? ご覧の通り、小官はもう外さない。小官はもう……貴女を殺せるのです。それは即ち、志門 稲豊の消滅を意味している」
「…………信じぬぞ。シモンは必ず生きておる!」
「まったく頑固な人……もとい魔物ですねぇ。ならば小官の魔法により、その死でもって納得するがよろしい」
「そうはさせませんぞ!!」
風のような速度で、アモンへ突進するアドバーン。
右手の片手剣が弧を描いたと同時に、アモンも自身の魔素で黒刀を作り上げていた。
「おおっと」
「むぅ!?」
金属の衝突する甲高い音が響き、ふたりは激しく鍔迫り合う。
互いの力はほぼ互角で、交差する剣はギリギリともどかしそうに鳴くばかり。
ふたりは埒が明かないと同時に距離を取り、再び向かい合った。
「……随分と研鑽を積まれたようだ」
「ええ、魔物共を駆逐するために――――独学で」
今度はアモンの方から距離を詰める。
「それそれそれそれ」
気合の無い掛け声から繰り出される、高速の突き。
その連打を紙一重で躱すアドバーン。
しかし――――――
「さすがだ。でも、これは躱せるかな?」
アモンが発すると同時に、黒刀の刀身が加速する。
眼前にまで迫ったそれを既の所で回避したアドバーンは、負けじと剣を突き出そうとした。
「ぬおっ……!?」
だが突然の激痛に、アドバーンの顔が歪む。
その不可解な痛みに後ろへ飛んだアドバーンは、そこでようやく自身の皺だらけの頬が横一文字に切り裂かれていることを知る。
躱したはずの剣を喰らった理由、それはアモンの方を見れば一目瞭然だった。
「……なるほど、魔素で創られた剣。その形状は自在という訳ですか」
黒刀の横腹に、先ほどまではなかった刃が出現している。
「如何にも。小官は剣士ではありませんので、武器への拘りなど持ち合わせていないのです。武器は相手を傷つけられれば、それで良い」
アモンの言葉に歓喜するかの如く、黒刀が次から次へと形状を変える。それはまるで、黒刀に何かの生き物が乗り移っているかのようだった。
「これならばどうじゃ!! 風水魔法!!」
突き出されたルートミリアの両手から、五本の水流が巨大な矢となって放たれる。矢はそれぞれが独特の軌道を描き、五つの方向からアモンを襲った。
「面白い」
だが高濃度の魔素で作り上げられたマントが、球体に変わり水の矢を弾き、アモンの体にすら届かない。
「くっ…………固いな」
悔しげに歯噛みするルートミリア。
そんな姿を見て、アモンの愉悦は留まることを知らなかった。
「どうしたのですか? 小官を倒すのではなかったのですか? こんなお粗末な攻撃で、小官を屈服させられるとでも?」
「さすがは……魔王様の……。あの方らしく、実に厄介」
「……厄介? その程度の認識で大丈夫ですか? いえ、大丈夫ではない。現実が見えていない。ふたり掛かりでさえ、登頂できない頂。小官は、その高みから見下ろしているのです。無謀なる暴挙には、無慈悲なる一撃でもってお応えしましょう」
スッと、アモンの瞳が細くなる。
そしてゆっくりと、黒い手袋に覆われた人差し指をあげた。
それは照準。
照準はまっすぐ、ルートミリアを指している。
「さようなら……あの日のキミよ。矢とは、こう穿つのです。光線魔法」
アモンの指先が一瞬だけ光ったかと思うと、そこから一筋の光が伸びる。それは瞬きすら凌駕する速度で――――――
「……………………な……」
ルートミリアの心臓を貫いた。




