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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第312話 「自分らしく」


「…………結界崩し?」


「はい」


 アート・モーロの北西。

 採掘場へ通じる森の小道に、アモンとエルブの姿があった。

 

『手伝って欲しい仕事があるの』


 数日前にレトリアにそう頼み事を受けたアモンは、二つ返事で了承し、手伝いを申し出たエルブと共にこの森へとやってきたのだった。


「精霊を操り身に纏うことで、結界の術者に感知されることなく、結界への侵入が可能になりますわ。あくまで理論上のお話しですし、まだまだ実用は先になりそうですけれど」


「素晴らしい技術ではありませんか。その方法が確立されれば、魔王国への侵攻も可能になりますねぇ」


「理論上は。ですが精霊の操作には神経をとても使いますので、熟練の精霊使いでも数名が限界かと」


「精霊使いの数は限られますし、さすがに数名での侵攻は……。それにその方法だと、侵入できる時間もかなり限られそうだ」


「も、申し訳ございませんわアモン様。わたくし……期待させるようなことを」


 おろおろと狼狽するエルブに、アモンは「いえいえ」と(かぶり)を振った。そしていつもそうするように、アイスグリーンの頭へと右手を伸ばす。


「向上心があり、とても素晴らしいことです。貴女のその頑張りを、小官はいつも見ておりますよ」


「あぅ……ありがとうございます、アモン様。その……嬉しいです」


 猫のように目を細め、うっとりとした表情で頬を染めるエルブ。アモンはしばらくその絹糸のような髪を堪能したあとで、ふといま来た道を振り返った。


 すると――――――


「ご、ごめんなさい! 遅くなって!」


 息を切らしながら、レトリアが駆けてくる。

 汗に濡れて張り付いた前髪を見れば、ここまで必死に走ってきたことが容易に想像できた。


「別に構いませんよ。採掘場はもう少し先ですし」


「レトリア様、夜更かしでもされたのですか?」


 エルブがいたずらっぽく訊き、レトリアが恥ずかしそうに瞳を逸らす。

 そして木々の合間に、三人の小さな笑い声が木霊した。


 端から見れば微笑ましい、温かいひととき。

 しかし次の瞬間、レトリアが「あっ!」と大きな声をあげる。


「いっけない……馬車に書類を忘れてきちゃった……!」


 慌てた様子で持ち物をチェックするレトリアだが、奮闘むなしく、やはり書類は見つからない。


「採掘作業に関する書類ですか? それなら、わたくしが取りに戻りますわ。ここからなら、そんなに遠くもありませんし」


「ほ、ほんと? ごめんなさい。お願いできるかしら?」


「承知いたしましたわ。それではアモン様、レトリア様。行って参ります」


「魔獣にはくれぐれも気をつけてくださいね」


 ふたりに見送られ、道を戻っていくエルブ。

 その後ろ姿が見えなくなってから、アモンとレトリアのふたりは採掘場へ向けて歩き始めた。


「ねぇ、アモン……」


 歩き始めてから少しして、レトリアがおもむろに口を開いた。

 表情は木立の道を照らす白日とは対照的に、暗く儚げだった。


「どうしたのですか? 随分と冴えない表情をされておりますが」


「アモン……あなたはやっぱり、人と魔物は相容れない存在だと思う?」


「ふ~む、初めてお会いしたときも、似たような会話をしましたっけねぇ」


 アモンは懐かしむように上を向き、右手で仮面の顎を撫でる。

 そしてレトリアの方を向き、きっぱりとした口調で告げた。


「無論です。その点に関しては、小官は1ミクロン足りとも変わっておりません。魔物を根絶やしにし、エデンを平和へ導きます」


「………………そう」

 

 抑揚のない声でレトリアはそういうと、再び歩き始めた。

 

 それからしばらく、木々のざわめきだけが小道に溢れる。

 気まずさを感じるほどの時間が流れたとき――――――



「私は…………あなたが羨ましかった」



 レトリアがぽつりと呟くように言った。


「周囲の目とか、しがらみとか……。まったく気にすることなく、自分の思うがままの自分であり続ける。自分を疑わず、貪欲なまでに夢を見つめて」


 下を向いているので、レトリアの表情はアモンからは見えない。

 しかしその口調から、複雑な胸中を読み取ることはできた。


「私はきっと、あなたのようになりたかった………」


 どこか自暴自棄のようにも聞こえる、レトリアの言葉。

 アモンは彼女の心境を察し、敢えてその顔を見ないようにして声をかけた。


「だったら、そうなればいい」


「………え?」


 一瞬、呆けたような顔をするレトリア。


「小官のように、やりたいことをやればいいのです。その行為がどんな結果をもたらしたとしても、後悔するよりずっといい」


 その声はアモンのようでもあり、別の誰かの声のようにも聞こえた。

 レトリアは神妙な面持ちで顔をあげる。


 そこには仮面越しでありながら、どこか覚悟を決めたアモンの眼差しがあった。


()()()を取り戻したいのでしょう? だったら、その気持ちに遠慮などいらない。小官は正面から堂々と、受け止めるのみです」


「アモン………あなた………」


 会話の終わりを知らせるように、採掘場のある洞窟、その入り口がふたりの前に姿を現す。


「この中で………あなたを待っているはずよ」


 レトリアが告げると、アモンは小さく笑った。


「鬼が出るか蛇が出るか、お手並み拝見といきましょう」


 いつもと同じように、明るく言い放つアモン。

 そして先ほど宣言した通りに、アモンは堂々とその一歩を踏み出した。


 途中、その背中に声がかけられる。



「ありがとう………アモン。あなたのこと……………忘れない」


 

 感情のすべてが込められた、レトリアの声。

 アモンは右腕をひらひらと振りながら――――――



「忘れてください。あなたの為に」



 それだけを伝え、洞窟の奥へと消えていくのだった。


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