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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第310話 「ジャーナリストの末路」


 慰労の会の翌日、アモンはアート・モーロのとある場所を訪れていた。

 墓石が整列するそこは、天国の門(ゲート・オブ・エデン)と呼ばれる広大な墓地。曇天であることも相まって、いつも以上に物悲しい雰囲気が漂っている。


 アモンはひとつの墓石の前で足を止め、持参してきたリリウムの花をそっと供えた。


「あれ? アモン様?」


 そのとき、聞き覚えのある男の声が、アモンの動きを止める。アモンが声の方へ顔を向けると、そこには少し驚いた表情をした、トリシーの姿があった。


「おや、お久しぶりです」


「レトリア様の婚約事件以来っスね」


「その説はどうもお世話になりました」


「いやいや、こちらこそ報酬の金貨で豪遊させていただきましたんで! あんなに高い酒を飲んだのは、生まれて初めてだったッスよ!」


 トリシーはイッヒッヒと笑ったあとで、ふいに真顔へと変わった。

 そしてアモンから視線を外し、その横の墓の方へと顔を向ける。


「このお墓って、イヴ=ラインウォール。つまり勇者様の奥様のものですよね? どうしてアモン様がお参りに?」


 記者の(さが)からか、疑問はぶつけないと気が済まない。

 トリシーは好奇心を隠すことなく質問する。


「面識はないお方なのですが、彼女の息子殿には以前とても世話になりましてね。墓前に来れない彼の代わりに、小官が花でも供えようかと。少し回りくどい、恩返しのようなものです」


「イヴ様の息子さんって、もしかしてアドバン=ラインウォール?」


「おや、ご存知でしたか。さすがは敏腕記者」


 アモンが感心したとばかりに頷くが、トリシーの表情には驚きの感情しか浮かんではいなかった。


「そりゃあ知ってますよ! 魔王国に亡命したエデンの大罪人。しかも魔王の右腕として、エデン軍に弓を引いているんスから! そんな御方と、アモン様はどこでお知り合いに?」


「少々、昔に縁がありましてね。あまり気にしないでください。軍の秘匿事項ですので」


「うぐっ!? わ、わかったッス。あまり気にしません!!」


 アモンが魔王国にいたことは、関係者以外には重要機密となっている。それを無理に暴こうとしたならば、その者はエデン軍によって拘束され、場合によっては更生施設へと送られてしまうのだ。


 それを知っているからこそ、トリシーはぶんぶんと首を振って了承するほかなかった。


「トリシー、あなたこそどうして墓地(ここ)に?」


「調査とかじゃないッスよ。おれっちもアモン様と同じで、墓参りッス。今日はウチの爺さまの命日でして」


 そう語るトリシーの表情は、どこか物憂げだった。


「爺さまは初代トリシー。新聞社を創業した偉大な人だったんスよ。保守的な考えの親父と違い、物凄く行動的な人で、取材に出かけたらひと月ぐらい帰ってこないのもしばしば」


「へぇ、なかなか情熱的なお人だったのですね」


「ええ。おれっちはそんな爺さまのことを尊敬していて、いつかあんな本物のジャーナリストに成りたい! なんて夢を持ってたりしてるんスけど」


 そこまで口にしたところで、途端にトリシーの表情が暗くなる。

 その先を語ることを、躊躇しているように見えなくもなかった。


「ある日、爺さまは『取材に行ってくる!』といつものように出かけて、ガキのおれっちもその背中を見送ったんですけど……。夜になっても帰ってこない。珍しいことでもないんで、家族の誰も気に留めなかったんですが…………」


 トリシーは曇天を見上げ、その灰色の空へ向けて、ため息をひとつ吐き出した。


「翌朝、死体で見つかりました。ガーデン・フォール城を囲うあの湖に足を滑らしたとかで、見回りの兵が見つけたときには……冷たくなってたそうッス」


「それはそれは…………申し訳ありません。どうやら聞いてはいけない質問だったようですね」


「いえいえ、お気になさらずッスよ。もう昔のことですし、危険な場所には自分から飛び込む記者だったッスから。いつかこういうことになると、親父も呆れてたぐらいで! ハッハッハ」


 あっけらかんと笑うトリシーだが、その笑い声にはいつもの明るさはなかった。


「しかし、あなたは納得がいっていない」


 アモンが告げると、トリシーはぎくりと笑うのを止めた。

 そして恐る恐る、アモンの顔を見る。


「ど、どうして……そう思うんスか?」


「簡単な推理ですよ。あの湖で溺れたということは、お爺さんは十中八九……ガーデン・フォールに取材ないし調査に向かったのでしょう。そしてあの城に向かったということは、対象はエデン軍関係者に他ならない」


 トリシーは無言のまま、アモンを見つめる。


「あくまで想像ですが、彼は何かを知ってしまったのではないでしょうか。絶対に口外できない……誰かの秘密を」


「誰かって…………誰ッスか?」


「さあ、そこまでは。しかしヒントなら、ひとつだけあります。お爺さんが()()()()()()()()()()? あなたは何かご存知なのでは?」


 アモンが訊ねると、トリシーはごくりと喉を鳴らした。

 その表情には葛藤が見て取れ、頬には大粒の汗が流れる。


 そして、しばらくの沈黙。

 

 だが最後には覚悟を決めた様子で、トリシーはおずおずと口を開いた。


「………………………………神籬(ひもろぎ)ッス」


 その瞬間、アモンの瞳がスッと細くなる。

 神籬の取材中に、初代トリシーは命を落とした。


 ならばもし、それが誰かの故意によるものだったなら、犯人は――――――


「なるほど、やはりこの話は聞かなかったことにしましょう」


「ア、アモン様…………!」


「あなたは友人です。納得のいっていないその気持ち、汲んで差し上げたい。しかしこの件は、相手が悪すぎる。事件を公に晒すことを、軍は良しとしないでしょう」


「ですが……やっぱりおれっちは……!」


「無論、あなたが自分で調べることは自由です。しかし、お勧めはしない。軍上層部にもし目をつけられれば、トリシー……あなたもお爺さんと同じ末路を辿るかもしれない。そしてその際の執行人は…………」


 人差し指を立てたアモンは、その指をおもむろに自分の顔へと向けた。

 瞬間、トリシーの表情が大きく歪む。

 

「重ねて言いますが、あなたは小官の数少ない友人です。できることなら、そんな非道は行いたくない。しかし、小官は天使であると同時に……軍人なのです」


「もちろん……分かってますとも……。分かって……ますとも」


 消沈した声を出したトリシーは、悔しさの滲む顔を見せまいと、地面へ顔を向ける。


「それでは、くれぐれもお体に気をつけてください」


 アモンはわざと明るい口調で別れを告げると、歯噛みするトリシーをその場に残して、天国の門を去って行った。


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