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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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第307話 「あるレトリアの日常」


 コン……コン……。


 窓に小石が当たるような軽い音が、私を微睡(まどろ)みから解き放った。

 私は「ふわぁ」と短い欠伸をしてから、ベッドを降りる。


「今日も来たのね」


 カーテンをスライドさせ、部屋に光を入れる。

 でも目的はそこではなく、()()()()()()を迎え入れる為だった。


 まだ夜の名残のある、霞がかった早朝。

 薄く白んだ窓の外に、手のひらに収まるほどの小さな鳥が立っていた。


「おはよう。朝から働き者ね」


 私がそう言いながら窓を開けると、小鳥は嬉しそうに部屋に入ってきて、くるくると部屋の中を飛び回った。やがて疲れたのかベッドの端に止まり、毛繕いを始める。最近ではこの光景も、見慣れたものになっている。


 頭を人差し指で撫でると、目を細める姿が愛らしい。

 だけど、こうしていつまでも遊んでいる訳にもいかない。今日はそれなりに忙しかった気がする。


「ごめんね。また今度、遊んであげるから。あ、ご飯は噴水のところね」


 私の言葉を理解しているのか、小鳥は素直に入ってきた窓から出ていった。噴水の側に置いてある器、その中に小さな豆を入れている。もうすでに(ついば)んでいる頃に違いない。


「さあ、私も朝ご飯を食べないとね」


 手早く服を着替え、食堂へと向かう。

 そこには既にカナンがいて、テーブルには朝食が並べられていた。


「いつもご苦労さま。それにしても、よく私がこの時間に来ると分かったわね?」


「毎日お嬢様を見ているのです。それぐらい分かりますとも。特に最近のお嬢様はこのカナンめが起こしに行かずとも、ご自身の力でご起床なされている様子。ううっ……カナンは感無量にございます」


「ただ朝に起きただけで大袈裟ね」


 本当は起こしてくれた子がいるんだけど、それは秘密。


「ごちそうさま」


 少し多めの朝食を終わらせ、いったん部屋に戻り、支度を済ませて家を出る。私を見送るカナンに手を振りながら、私はガーデン・フォール城に向かう馬車に乗った。



:::::::::::::::::::::::



「う~~~~~~む、どうしようかな…………」


 定例報告を終えた私が城の中庭を通り過ぎたとき、誰かの悩んでいるような声が聞こえた。声の方へ視線を送ると、難しい顔をした勇者ファシールがいた。彼は瞑想中みたいに瞳を閉じ、中庭の芝生の上に両手と両足を広げて寝転んでいる。


 見る者によっては、眠っているように見えなくもない。

 好奇心に駆り立てられた私は、声をかけてみることにした。


「あの、何かあったんですか?」


「んん? やあ、レトリア君じゃないか!」


 ファシールは瞳を大きく開くと、軽やかに体を起こした。

 

「ここだけの秘密なんだけど、大聖堂の入り口に大天使(僕たち)の大きな像を作る計画があるらしくてね。アスタにどんな姿勢(ポーズ)で作ろうかと訊かれたのだよ。しかし、それがまったくピンと来ない」


「はぁ……」


「勇者として雄々しいポーズを取るべきか、それとも聖堂なのだから荘厳な感じがベストか、はたまた紳士で謙虚な姿勢をするべきか?」


 真剣な表情をしていた割りに、悩みはそれほど大きなものではなかったようだ。本気なのか冗談なのか、この大天使様はいつも掴み所がない。


「僕としては、このポーズが気にいっているんだが、どう思うかな?」


 そう言って彼が取った姿勢は、お世辞にも格好が良いと呼べるものではなかった。むしろ酷いと断言しても良いほどに、センスがない。


「そ、それは止めておいたほうが…………」


「う~~~む、アスタにも同じことを言われたよ。やはりこのポーズはいただけないか。そうだ! レトリア君はどんなポーズが良いと思う? 君の意見を聞かせてくれないか?」


 唐突に訊ねられたが、いままで生きてきて像の取る姿勢など考えたことがない。でもさっきのポーズを否定した以上、ここで案を出さないのも気が引けた。

 

「あの……剣を掲げた姿勢はどうでしょうか? 武闘会の開会式で取ってたその姿勢が、とても勇ましかったので……」


「……………………なるほど! 確かにあのポーズは僕も気に入っていたんだ! ありがとう。君のおかげで、素晴らしい像が出来上がりそうだ!! それでは僕は、早速アスタのところへ行ってくるよ!」


 私の返事も待たず、ファシールは風のような速度で去っていった。

 いったい、この時間は何だったのだろうか?


「あ! いけない! このあと剣の訓練があるんだった」


 私は待たせていた馬車に急いで乗ると、次の目的地である訓練場を目指すのだった。



:::::::::::::::::::::::



「勝負あり! 勝者レトリア!」


 剣術師範が右腕を上げ、私の勝利を宣言する。


「いたた…………」


「ごめんなさい。怪我はない?」


 私の木刀の突きで尻もちをついた相手に、手を差しだす。

 彼女は少し躊躇している様子を見せたけど、やがて観念したように私の手を取った。


 そのとき、誰かの拍手が私の耳に届く。


「すごいねレトリアちゃん、五連勝。前とはまるで別人じゃん?」


「ありがとうティフレール、いまなら貴女にだって負ける気がしないわね」


「言うじゃん。ならやってみる? もし勝ったら、あーしのことティフって呼ばせてあげる」


「別に呼びたくないわよ!」


 バチバチと火花を散らし合う私たち。

 でも不意にティフレールの方から視線を切らした。


「ああ~~と、マジもうこんな時間じゃん。ごめんねレトリアちゃん、このあとであーし行くとこあったのよ」


「なによ急に」


「ぜってー外せねぇイベントなの。レトリアちゃんも行く?」


「イベント? 一体、そんなものどこで……?」


 ティフレールは意味深に笑うと、人差し指を立ててある場所を指さした。


「あそこ」


 それはこの訓練場から目と鼻の先の場所、大きな兵舎だった。

 確かに今日は人の出入りが多いと思ってはいたが、何かのイベントがあるなんて知らなかった。


 少し心を惹かれた私は、ちょっとだけ付き合うことにした。剣術師範と挨拶を済ませ、ティフレールと並んで兵舎へ向かう。どこか浮かれた様子の彼女から察するに、調練の類ではなさそうだ。


「こっちこっち! 一階の奥よ」


「え? でもそっちは」


 兵舎一階の奥……。

 そこは確か食堂になっていたはずだけれど。


 でも確かに、食堂に近づけば近づくほど、賑わいの声が大きくなっていく。


「これって…………」


 食堂に入った私の目に、最初に飛び込んできた光景は――――――



「さあさあ、いらっしゃいませ! 新作メニューの出血大サービス!! なんといまだけお代は無料(ただ)!! 本日だけの早い者勝ち! お一人様、セットはひとつまででお願いしますね~」



 厨房から声をあげる、アモンの姿だった。


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