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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第九章 暗躍の魔人

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第300話 「私の嫌いなもの」



 夜――――――アルバ邸宅。


 東のはずれにある一室の中、ひとりの少女が窓際で月を眺めていた。


「…………………………」


 明るく屋敷を照らす満月とは対照的に、少女の表情は暗い。

 時折、口から漏れるため息がその心中を表していた。


「……………………まだやってる」


 月の視線に耐えきれず、瞳を落とした少女。

 そのひとつ下の部屋では、いまだひっきりなしに人影が動き続けている。


 婚約披露宴の為の準備が、使用人たちの手により着々と進められているのだ。


「…………ハァ」


 窓をそっと閉じ、逃げるように視線を逸らす。

 しかし最後の逃げ場である私室の中でも、仕立て屋の用意した花嫁衣装(ウエディングドレス)が視界に入り、少女の気は滅入る一方だった。


 仕方なくベッドの上で横になり、無表情で天井を見つめる。

 心にぽっかりと穴が開いたような喪失感が、少女――――レトリアの感情を空虚なものにしていた。






――――――コン。


 唐突に、小さな音が鳴った。


「…………誰? カナン?」


 木を叩いたときの音によく似ていた。

 だからレトリアは、扉に向かって声をかけた。


 しかし、何の反応も返ってこない。


「カナンではないの?」


 もう一度、訊ねてみるがやはり応答はない。

 不思議に思ったレトリアは体を起こし、少々の警戒心を抱きながら扉を開ける。


 そこには――――――――――誰の姿もなかった。


「変ね……確かに音がしたと思ったのだけれど……」


 幻聴が聞こえるなど、どこかおかしいのだろうか?

 そんなことを考えながら、再びベッドに横になるレトリア。


 するとまた――――――コン、コン。

 と、ノックのような音が耳に飛び込んでくる。


「幻聴じゃ…………ない?」


 レトリアは確かに聞いた。しかも先ほどと違い、音の方向も何となく察することができた。それは扉の方からではなく、どういう訳か窓の方向から聞こえたような気がしたのだ。


「……………………まさかね?」


 慎重に窓に近付き、恐る恐る窓を開ける。

 そして首だけを出し、周囲の様子を確認した。


 何も変わったところは見つからない。先ほどと同じ光景があるだけだった。


「はぁ、私…………疲れてるのね」


 レトリアはうんざりしたようにため息を吐き、窓を閉めようと両腕を伸ばす。

 






「どうも、こんばんワ」







 直後、眼前に逆さになった悪魔の顔が浮かんだ。

 悪魔の挨拶など、耳に残るはずもない。レトリアは叫び声をあげるべく、驚きで限界まで見開いた瞳よりも大きく口を開いた。


「おっと、夜半はお静かに」


 悪魔は右手で素早くレトリアの口を覆い、声が漏れ出るのを阻止する。そこでようやくレトリアは、眼の前にいるのが逆さ吊りとなったアモンであることを知った。


「あ、あなた!? どどど、どうして!?」


「お邪魔しますねどっこいしょ」


 狼狽するレトリアを他所に、アモンは窓の外からするりと室内へ侵入する。そして部屋の中を一見してから、音もなく窓を閉じた。


「少女趣味とでも言いましょうか、随分と可愛らしいお部屋ですねぇ」


「ほ、ほっといてよ! って、そうじゃなくて!」


「いやぁ、探知結界が外縁部のみで助かりました。この屋敷内にも張り巡らされていたら、どうしようかと思いましたよ」


「結界を……抜けてきたと言うの? いったい……どうやって!?」


 納得がいかないといった様子で、ただただ当惑するレトリア。

 アモンはその表情を楽しみつつも、(らち)が明かないので説明を開始した。


「水の上級精霊である彼女が、協力してくれましたので」


「エレーロが?」


「彼女が教えてくれたんですよ。普段、彼女が出入りしている水路の存在を」


 レトリアは自然と、いつもエレーロが滞在している噴水の方へと視線をやった。


「た、確かにあの噴水と外の水路は繋がってはいるけれど……。人ひとりがようやく通れる狭さだし、何より常に水で満たされているのよ? 距離もあるし、息だって続かないはずなのに……」


「彼女の協力さえあれば些末な問題です。なに、簡単な方法ですよ。小官はただ、彼女に()()()()()()()だけなのですから。そう、鎧でも着るかのように」


「あなた……エレーロの中に入ってここまでやってきたの!?」


 レトリアは再び、驚きの表情を浮かべる。


「おかげで結界も素通り、まさに一石二鳥!」


 うんうんと頷くアモンを見て、レトリアは呆れ顔で自分の額を押さえた。


「…………とりあえず、状況は理解できたわ」


「では、小官がここにお邪魔した理由もお分かりですね?」


 アモンが訊ねると、レトリアの表情が途端に暗くなった。

 そしてしばらくの沈黙のあとで、レトリアは口を開く。


「婚約の件…………かしら」


「あまりに突然のことなので、ティオスらは混乱しています。皆、何があったのか理由が知りたいのですよ。もちろん、それは小官も同じ気持ちですがね」


 レトリアは伏し目がちに、窓際の椅子に腰を下ろす。


「カンの良いあなたのことだから、とっくに理由を察しているのではないの?」


「例えそうだったとしても、貴女から聞きたいのですよ。レトリア……君自身の口から」


 いつもの茶化すような口調ではない。

 アモンの言葉からは、有無を言わさぬ真剣さが感じられた。


 そもそもこの場所に居ること自体が、生半可な覚悟でできることではない。もしアルバに見つかりでもすれば、死罪を言い渡されても文句は言えないのだ。


 その覚悟の重みが分かったからこそ、レトリアも気持ちに報いる覚悟を決める。


「…………晩餐会の日、母に告げられたの。アキサタナと……夫婦になれと。『天使が天使の子を宿すことで、その子供はより大きな器を授かるかもしれない。軍人ならば、それは当然のことだ』……って」


「例えそうだったとしても、相手はあのアキサタナだ。断る権利ぐらい」


「もし私が婚約を断るようなことがあれば、その代わりは三叉の矛(トライデント)の誰かに務めてもらう。母は……私にそう釘を刺したの」


 語るレトリアの瞳は虚ろで、一切の感情を読み取ることができない。


「明後日の披露宴が終わったら……私はその日のうちにアキサタナ家に迎え入れられる。もう二度と、この部屋に帰ることはないわ……」


 レトリアが女性らしく彩られた鏡台を一瞥する。

 そしてゆっくりとアモンの方へ首を動かし、弱々しい笑顔を見せた。



「アモン、私ね? 戦いが嫌い。(いさか)いが嫌い。人と競い合うのが嫌い」



 嘘偽りのないレトリアの本音だった。


「気概も根気もない私だけれど、武闘会だけは頑張ろうと思ったんだ……。ティオスの(かたき)を討ちたいという想いもあったし、母に認められたくもあった」


 アモンは口を挟むことなく、告白に耳を傾ける。


「でも何より……私自身が変わりたかった……。役立たずで守られてばかりだった私から……母の隣に並び立ち、皆を守れる私になりたかった」


 語りながら、レトリアの瞳に大粒の涙が滲み出す。

 それを両の手で拭っても、溢れ出した涙と感情は止まらない。


「私…………頑張ったの…………頑張ったのに……!!!!」


 声を押し殺して嗚咽するレトリア。

 アモンはその頭を抱え込むように、そっと胸に抱く。


 しばらくの間、部屋の中は啜り泣きの声で満たされる。

 やがて、レトリアの肩の震えも小さくなった頃、アモンがおもむろに口を開いた。


「…………俺にまかせろ」


 小さな声だが、その声はレトリアの耳にはっきりと聞こえた。

 不思議な感覚を覚え、静かに顔を上げるレトリア。


 ふたりの視線が交差し、時が止まる。

 永遠にも似た、見つめ合うだけのふたりの時間。


「いな――――――」


「レトリア様、少しよろしいですか?」


 レトリアが口を開いたそのとき、扉の外から聞こえた女性の声によって、時が再び動き出した。レトリアは慌ててアモンから離れ、扉の方へ「ちょ、ちょっと待って!」と声をかける。


「た、大変! 早く逃げ――――――!?」


 そう言いながらレトリアが正面へ顔を向けると、そこにはもうアモンの姿は影も形も存在していなかった。開いた窓から入る夜風で、シルクのカーテンがただ揺れている。


 まるで夢でも見ていたかのような気分で、レトリアは扉を開けた。


「レトリア様、披露宴の段取りについて確認を……? レトリア様?」


「あ、いえ……大丈夫、少し疲れているだけ」


 使用人の話をどこか遠くに聞きながら、レトリアの頭の中では『俺にまかせろ』というアモンの言葉が、いつまでもいつまでも木霊し続けていた。


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