第297話 「凶報」
「さ、最後は………………なんなんスかッ!?」
不安そうに、しかし待ち切れないといった様子のトリシーを横目に、アモンはおもむろに口を開いた。
「最後の可能性は――――魔女の書庫そのものが、贖罪の山羊である可能性です」
「スケープゴート? それってつまり…………」
「つまり貴重な本を持ち出したあとで、敢えて結界を残した。魔女を探ろうとした何者か、あるいは特定の誰かを炙り出すために」
「…………部屋自体が、罠だって言うんスか!?」
「もしそうなら、魔女の書物はまだどこかに……。いえ、不都合なものだったのなら、既に隠滅されたのかもしれません。まあ、あくまで可能性の話ですが」
ふたりは顔を見合わせ、一呼吸を置いてから低く唸った。
「…………ひとつ、お訊ねしてもよろしいっスか?」
アモンの顔を覗き込むようにして、トリシーが訊ねる。
「アモン様はエデンの天使であらせられる。そんなあなたが、なぜ軍に対して懐疑的な考えを? 軍を…………いえ、エデン政府を信用しておられませんので?」
「信用していないというより、信用したいから知りたいのです。エデン政府の潔白が証明できれば、小官は心の底から軍の為に働くことができる」
「で、ではもし…………その証明ができなかったら?」
「そうですね、そのときは……………………」
そこまでを口にし、アモンは沈黙する。
そしてたっぷりと三十秒の間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
しかし、そのとき――――――
「アモンさまぁぁぁ!!!!!! どこだぁぁぁぁ!!!!!!!!」
店の窓硝子を鳴動させるほどの大声が、アモンの言葉を掻き消した。
「なな、なんなんスか!? いまの声は!? アモン様を探しているようでしたが…………」
「聞き覚えのある声でしたね。出ましょう」
「え? ああ…………はいッス」
残念な様子のトリシーを尻目に、アモンは手早く会計を済ませ店の外に出る。そして路地を抜け、商店街の大通りまで走った。
「ま、待ってくださいッスよ~! せめて、せめて……会計ぐらいはおれっちにさせてくださいッス~!」
少し遅れてやってくるトリシーだが、その言葉はアモンの耳には届かない。
それよりも瞳を左右へ激しく動かし、先ほどの声の主を探すことに集中する。
そしてほどなく、その声の主は見つかった。
「ティオ? 貴女ですか、小官を呼んだのは?」
「ああ! アモン様!!!!」
商店街の中心にある噴水の側にいたのは、全身に玉のような汗を浮かべたティオスだった。ティオスはその小さな肩を上下させ、貪るように息を吸っている。
「ア、アモン…………様! はぁ……や、やっと見つけ…………はぁ」
「まあまあ、とりあえず落ち着いてください。小官はどこにも行きませんから」
「こ、これが落ち着いて……いられるもん…………はぁ……です……か……ハァハァ……!」
そうは言ったものの、このままでは会話にならない。
ティオスは仕方なく何度か深呼吸をし、無理矢理に呼吸を整える。
そしてバッとアモンの方へ顔を向けると、右腕をぐっと前へと突き出した。
「見てください!! こ、これ!!!!」
血相を変えたティオスの右手の先には、紙切れが一枚だけ握られている。
どこか高級感の漂う、一般的にあまり見ることのない用紙だ。
「これは…………書簡? 貴女宛になっておりますが……どれどれ」
アモンはティオスから書簡を受け取り、その中身へ目を走らせる。
するとそこには、驚くべき内容が書かれていた。
『来る当月、十七の日。アルバ邸にて、レトリア=ガアプの婚約の宴を催すことが決定いたしました。つきましては、御出席の旨を――――――』
「レトリアが…………婚約!? それも十七の日って、明後日じゃないですか!?」
「それだけじゃねぇんだ!! その婚約相手のところをよく見てくれよ!!」
ティオスに促されるまま、アモンは書簡を読み進める。
すると下の方に、婚約者の名前がしっかりと刻まれていた。
「“アキサタナ=エンカウント卿”!? これはいったい…………?」
「そんなのおれが知りたいぜ!! 婚約の話なんてレトリア様からまったく聞いたことねぇのに、しかも相手があのアキサタナ!! アモン様なら何か知ってるんじゃねぇかって、エルとシグと手分けして探してたんだ…………けど」
「ええ、残念ながら……小官も寝耳に水な出来事です」
あの城での宴以降、レトリアには会っていない。
だが以前のレトリアのアキサタナへの態度から、どうしてもこの婚約は結びつかなかった。
「レトリア様があんな奴を好きなハズねぇんだ!! 絶対にこの婚約には、何か深い陰謀が――――――」
ティオスはそこまでを口にし、我に返ったように視線を横へとスライドさせる。するとそこには、素知らぬ顔で口笛を吹く、トリシーの姿があった。
「おいてめぇ! あのときのインチキ記者じゃねぇか!!」
「ひええ!? ち、違うッス、おれっちは正義の――――」
「んなこたぁどうでも良いんだよ!! 盗み聞きしてたなてめぇ!!」
「そ、そりゃあんな大声で話してたら……嫌でも耳にはい……ぐええ」
胸元をティオスに掴まれ、うめき声をあげるトリシー。
まあまあとアモンが宥めるまで、トリシーはティオスの怪力を味わい続けた。
「先ほどの喫茶店代というワケではありませんが、このことは内密にお願いできませんか?」
「ええ~~!? この売り切れ必至の特大ネタをッスか?」
トリシーが不満そうに言うと、ティオスが両の拳を合わせバキバキと指を鳴らす。すると瞬く間に、トリシーの顔色が青へと変わった。
「じょじょ、冗談に決まってるじゃないッスか。おれっちは義理人情の記者。書庫の件で借りがあるアモン様のお願いを、断ったりなんてしないッスよ!」
「恩に着ます。しかし、なぜ急に婚約など…………」
再び書簡に目を落とすアモンだが、いくら読み直したところで何も分からなかった。
「なあ……アモン様、どうしたらいい?」
不安そうな瞳を向けてくるティオス。
事が事だけに、もはや一兵士がどうにかできる次元にない。
「とりあえず、エルブたちと合流ですかね。そのあとに向かうとしましょうか」
「向かうって…………どこに? ま、まさかッ!?」
驚きに目を剥くティオスの前で、アモンはその方向を指さしながら口を開いた。
「もちろん、アルバ邸ですよ。確かめましょう、レトリア本人に」




