表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第九章 暗躍の魔人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

314/357

第294話 「謎の箱」


 贅の限りを尽くした晩餐会も幕を下ろし、招待客たちは続々と城門を後にした。湖面に架かった橋の上に、長い灯火の列が続いている。城のテラスから眺めると、それはどこか葬列を彷彿とさせる、幻想的な光景だった。


「アモン様、大人気でしたわね」


「一生分の握手をした気分です。もう当分は差し出された手は見たくありませんねぇ」


 アモンが疲れた様子で肩を回すと、エルブが口元を手で覆いながら上品に笑った。


「そういえば、もうひとりの立役者の姿が見えませんね」


「レトリア様でしたら、一足先に屋敷の方へお戻りになられたようで…………」


「我々への挨拶もなしに? 実に彼女らしくない」


「ええ、わたくしもそう思いますわ。それに……少し様子が気になるというか……」


 俯くエルブの表情から、レトリアに何か異変があったことは理解できる。しかしアモンには、まるで心当たりがなかった。そしてこの場で考えたところで、答えが出るはずもない。


「それではわたくしも、そろそろ戻らせていただきますわ。ふたりとも、もう()()()のようですから」


 エルブがそう言いながら、場内のテーブルの方へと視線を送る。そこには互いに肩を預け合い、うつらうつらと頭を揺らすティオスとシグオンの姿があった。それぞれ骨付き肉と高級果物をしっかりと手にしているが、それが口に運ばれる気配は一向にない。


「アモン様も、もうお休みになられた方がよろしいですわ。なにせ今日は、あの大勇者様と闘ったのですから」


「そうですねぇ……」


 アモンがそう口にしながら周囲へと視線を走らせる。

 玉座に腰を下ろすエデン王の姿は既になく、テーブルの上の余った料理たちも片付け始められている。大天使らの姿も、どこにも見えなかった。


「小官は少し()()()がありますので、それを終わらせてから休もうかと思います」


「そうですか。それでは申し訳ございませんがアモン様、わたくしたちは失礼させていただきますわ」


「ええ、本日は応援ありがとうございました。来年もよろしくお願いします……と、ふたりにも伝えておいてください」


「わかりました。でも、来年は寿命の縮まらない方向でお願いいたしますわ! なーんて、ふふ。それではアモン様、おやすみなさい」


 冗談交じりの別れの挨拶を告げ、エルブはシグオンとティオスを連れて去っていった。三人の背中を見送ったあとで、アモンは「さてと」と踵を返す。


 そのまま大広間を出たアモンが向かったのは、城の上階へと繋がる階段だった。



:::::::::::::::::::::::



 ガーデン・フォール城――――――西塔。



「そろそろ来る頃だと思っていたよ」


 

 六階のとある一室。

 アモンのするノックに応じ、部屋の主が扉を開けた。


 そして促されるまま、アモンは部屋に足を踏み入れる。


「そこの椅子にでもかけたまえ。今夜の残り物だが、ヒャク酒で喉でも温めるかね?」


「いえ、お構いなく」


 言われた通り、窓辺の椅子に腰を下ろすアモン。

 瞳を動かせば必ずなにかの本に触れるほど、書物に支配された部屋だった。


「窮屈な部屋ですまないね。客人を呼ぶこともあまりないものでね」


 トロアスタは、アモンと対面する形で椅子に座る。

 そしてふたりの間に置かれた丸テーブルの上へ、平たい箱をひとつ置いた。


「まずは……そう、武闘会の優勝おめでとう。君は頭が切れるだけでなく、度胸もありセンスもある。君を天使に推薦した私も、鼻が高いというものだよ」


 大きな鼻を持ち上げ、誇らしげに胸を張るトロアスタ。

 しかしアモンの視界には、否が応でも謎の箱が侵入してくる。


 トロアスタがわざわざ用意したものだ。意味のない物があるはずもない。


「ありがとうございます。最後(エキシビションマッチ)は無効となりましたが、優勝の栄誉は光栄の至り。そしてエデン王からの褒美も…………」


「ふむ、王はなんと?」


「“魔女の書庫、その鍵ならば――――トロアスタが持っている”……と」


「なるほど。君にそう告げたということは、王は書庫の閲覧を許可しているようだね。よろしい、ならば拙僧が出し惜しむ理由もない」


 納得のいったような顔で、トロアスタは頷く。

 そして顎髭を一度だけ撫で、おもむろに目の前の箱に両手をかけた。


 だがそこで、ピタリと腕が止まる。


「しかし、鍵を渡せば君はすぐにでもこの部屋を去ってしまいそうだね」


 気が変わったとでも言わんばかりに、トロアスタはアモンの顔を覗き込む。そのぎょろついた大きな瞳には、好奇の色が見え隠れしている。


「どうだろう? ここはひとつ、この老いぼれとも“勝負”をしてもらえないだろうか?」


「勝負? 鍵をかけて……ということですか?」


「いやいや、勝敗に関係なく書庫の鍵は渡すとも。この勝負は言ってみればそう、孤独な老人の暇つぶしのようなものさ。誰も対戦してくれんのだよ、拙僧とはね」


 やれやれと呆れたように首を振り、トロアスタはおもむろに上箱を持ち上げる。

  

「これは………………」


 中身を露わにした謎の箱。


 目を見開いたアモンの前には、縦横が九つのマスで区切られた木製の盤があった。盤上には沢山の駒が、整然と並べられている。そして駒たちには、それぞれ文字が彫られていた。


「“金”に“角”、そして……“王”。これはまさか…………」


 アモンは瞳を駒から持ち上げ、目の前に座る老人の方へと向けた。

 すると老人は薄く笑いながら――――――



「君も指せるのだろう? “将棋”」



 そう口にするのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ