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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第八章 勇戦の魔人

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第289話 「願いをひとつ」


「ただいま」


「リア~~! 信じでだ~~!!!!」


 激戦を終え控室に戻ってきたレトリアに、涙で顔をくしゃくしゃにしたティオスが抱きつく。他のふたりも、レトリアの下に駆け寄ってくる。


「一時はどうなることか思いましたわ。でも、途中で止めに入らなくて、本当に良かった……。さあ、体を見せてくださいませ。治療いたしますわ」


 レトリアが負った無数の傷を、エルブが治癒魔法で丁寧に治療していく。(くすぐ)ったそうにしながらも、レトリアは嬉しそうに身を任せた。

 

「それにしても、さすがはレトリア様でござる! あのグラシャを翻弄する、みごとな作戦でござった」


「ありがとう。でも、この作戦を考えたのは私ではないの」


「へ?」


 きょとんとした顔をするシグオンの後ろに、アモンがゆっくりとやってくる。そこで初めて、トライデントの三人はあの作戦が誰の入れ知恵であるかを知った。


「二度使える方法ではありませんが、素晴らしい手際でした。優勝、おめでとうございます」


「あなたの助言のおかげよ。本当に……ありがとう」


 胸中にある複雑な感情を持て余したふたりは、それから無言で見つめ合う。

 しかし一分も経たぬ内に、足音がひとつ皆の方へと近づいてきた。


 見つめ合っていた視線を外し、音の方へ顔を向けるふたり。

 そこに立っていたのは――――――



「ご苦労であったな、エデンの誇る天使らよ」



 顔を合わせた直後、出し抜けにそう口にしたのは、ティオスほども背の低い小太りの男だった。初老と言っても差し支えのないその男は、その身なりから位の高い人間であることが分かる。レトリアらに至っては、驚いた表情を浮かべるなり姿勢を正していた。


「どちら様で?」


 しかしアモンはそんなことは意に介さず、いつもの調子で訊ねる。

 案の定、レトリアが「し、失礼よ!」と狼狽しながら小声で言った。


 小男はムッと眉間にしわを寄せ、わざとらしい咳払いをひとつする。そして尊大な表情を浮かべながら、口を開いた。


「我輩の名は【モンパイ=カリパプ】。この国の右宰相である」


(王の相談役で軍事も総括する、実質的な軍の最高責任者よ。つまり、この国で二番目に偉い人) 


 レトリアがアモンに耳打ちする。

 その瞬間、アモンの頭の中に“ある言葉”が蘇った。

 

『重要事項はすべてトロアスタらが決定し、モンパイがそれを王に伝える。私がこの国の(まつりごと)に介入する余地など、どこにもないのだよ』


 それは書庫で会った、キルフォの言葉だ。

 吐き捨てるように言うその様子から、目の前の小男を良く思っていないことは確かだった。


「左宰相のキルフォのような()()とは一緒にするでないぞ? 我輩は名実ともに王の右腕である。我輩の言葉は、エデン王の言葉と考えよ」


 クルンと曲がった口髭を人差し指と親指で摘みながら、モンパイは偉そうに胸を張った。しかし腹が出ているせいで、他人からは腹を張っているようにしか見えない。


「え、ええっとそれで、モンパイ様は何用でこちらへ?」


 話が進まないので、レトリアが横から訊ねる。

 するとモンパイはまた咳払いをひとつしてから、ふたりの方を見た。


「王が諸君らに祝辞を贈りたいそうだ。あちらの方まで、来てもらえるであるか?」


 そう言いながら、モンパイはアリーナの方を顎でしゃくった。


 王からの祝辞、それはエデンの住民としてこれ以上ないほどの栄誉。

 レトリアは喜びをつつも、緊張で表情を強張らせた。


「は、はい! もちろんです! モンパイ様、直々にありがとうございます」


「よいよい。天使が優勝するのは、めでたきことよ。大天使に少しでも近づけるよう、励むがよいぞ」


 モンパイはそれだけを伝えると、大きな腹を揺らしながら来た道を戻っていく。そうしてようやく、レトリアらは姿勢を崩すことができた。


「はぁ~…………驚いたでござる。まさかモンパイ様が現れるとは……」


「進軍前の演説なんかで遠くから見たことあったけど、こんな近くでは初めてだな」


「私もビックリしちゃった……。でも、これから王様と会うのよね。うう……緊張してきちゃった。どんなお言葉がいただけるのかしら……」


 王から言葉をかけてもらえるのは、自身の降臨祭以来のこと。

 レトリアはさらに表情を硬くし、深呼吸を繰り返した。


「まあ、行けば分かりますよ」


「お、置いていかないでよ!」


 アモンがアリーナへ向けて歩き出し、レトリアも慌てた様子でその後ろに続く。トライデントの三人の声援を背中に浴びながら、レトリアはアモンと共に大扉を潜った。


「し、静かね…………」


 アリーナには試合のとき同様に観客たちが座っていたが、様子は随分と違っていた。大人から子供まで、誰もが口を閉ざし、音もなく座っている。そんな静寂に包まれたアリーナの中を、レトリアは緊張した面持ちで歩いた。


 そしてリングに上がり、アモンと並んで跪いたところで、観客席の正面にある絢爛な天幕の御簾が競り上がる。中央の玉座のような椅子に鎮座するのは、エデン国王その人だ。王の傍には、パイモンの姿もあった。



「双方とも、大義であった。苦しゅうない、面をあげい」


 

 国王は厳かな声でそう言うと、老人特有のゆっくりとした動きで立ち上がる。アモンらも王の言葉に従い、顔を上げた。


「此度の武闘大会も、エデンの名に相応しい素晴らしきものであった。それも剣魔、両方の部の勝者が天使……かつ初優勝の快挙である。いま再び、両者の健闘を讃えようではないか」


 王が大仰に両手を開き、観客たちは賛辞の拍手をリング上のふたりへ贈る。レトリアはここでようやく優勝したことを実感し、こそばゆい気持ちと同時に、誇らしい気持ちが胸に湧き上がるのを感じていた。


 しかしその感情も、次の瞬間には霧散する。

 

「だが、武闘大会はまだ終わりではない。真の優勝者は……ただひとり。明日の最終試合で勝利した者にこそ、最高の栄誉が与えられるのだ」


――――――そう。

 

 まだ最後の試合が残っている。

 アモンとレトリアは、自然と互いの顔を見つめていた。

 明日にはこのとなりにいる者同士で、決着をつけねばならない。


「明日の試合、同じ時刻に最終試合を執り行う。その試合の勝者には、余が直々に褒美を与えようではないか。双方とも、そのときまでに願いを考えておくがよい。明日の試合も、胸躍る戦いを期待しておるぞ」


 王はそれだけを伝えると再び椅子に腰を下ろし、もう何かを語ることはなかった。その後はトリシーが簡単な締めの挨拶をし、この日の武闘大会は終了となる。


 しかしアモンもレトリアも、いやトライデントの三人にまで、先ほど突きつけられた現実は重く肩にのしかかっていた。


「………………」


「………………」


 皆で一緒に闘技場の外にまで出てきたというのに、誰も口を開かない。

 誰もが無言のまま、入り口の扉の前で足を止める。


「……それでは、拙者たちはここでドロンするでござる」


「ええ、今日も応援ありがとう」


「明日もその……応援してるぜレトリア様!」


「アモン様のことも、応援させていただきますわね」


 どこかぎこちのない挨拶を交わし、トライデントの三人は闘技場を去った。それが明日、雌雄を決するふたりへの気遣いだということは、アモンとレトリアも分かっていた。


「あ」


 トライデントたちがいなくなったあとで、レトリアが小さく声をあげる。

 その視線の先には、アルバの前で申し訳なさそうにするグラシャの姿があった。


「誠に……申し訳ございませんアルバ様! かくなる上は、この腹を切ってお詫びを…………」


「もうよいと言っている。本当に申し訳ないと思うのなら、行動と結果で示しなさい。切るのなら腹ではなく、魔物を切れ。それがエデン軍人だ」


「不甲斐のないこのグラシャを…………ゆ、許していただけるのですか?」


「来年は勝ちなさい。それがお前を許す条件です」


 アルバが言うと、グラシャは何度も「必ず!」と頷いた。

 そんなふたりの姿を、レトリアはなんとも言えない表情で眺めている。


 そしてふとしたとき、レトリアとアルバの視線が交差した。


「……………………行くぞ」


「は、はい!」


 だが優勝した娘に言葉をかけることもなく、アルバはグラシャと共に去っていく。レトリアは遠くなるその背中を無言で見つめながら、おもむろに口を開いた。


「ねぇ、アモン。明日の試合、もし私が勝ったなら……ひとつお願いを聞いてもらっても良いかしら?」


 そう話すレトリアの瞳は、どこか憂いを帯びている。

 だからアモンも、端から無下に扱おうとは思わなかった。


「お願いですか? 小官にできることならば、叶えて差し上げたいところですが……。それはいったい、どういった内容で?」


「それは………………」


 アモンの質問に、レトリアが言い淀む。

 だがやがては意を決したように顔をアモンの方へと向け、そして一息の内に、その願いを口にした。



「私が勝ったら――――――その仮面の下の顔を見せてちょうだい」




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