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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第八章 勇戦の魔人

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第287話 「剣闘士の部――――決勝」


 魔導士の部の優勝者も決まり、今日の試合も残すところ剣士の部の決勝のみ。壊れたリングの修復と掃除中、レトリアは控室でひとり、イメージトレーニングに余念がなかった。


「…………え?」


 そんなとき、自分の方に向かってくる大勢の気配を感じ取ったレトリアは、静かに瞳を開いた。


「あなたたち……どうして?」


 レトリアが顔を上げた先に立っていたのは、メイド服を着た集団だった。彼女たちはアルバ家に仕える使用人たちで、もちろんレトリアとも顔なじみだ。


 反応を待っていると、やがてその中のひとりが歩み出る。


「申し訳ございません……レトリア様」


 そう言って頭を下げたのは、メイド長のカナンだった。しかし、彼女だけではない。メイドたちはその誰もが申し訳の無さそうな表情を浮かべ、洗練された様子で次々と頭を下げていく。


 困惑し首をひねるレトリアの前で、カナンが再び口を開いた。


「本当ならば、すべての試合の応援に駆けつけたかったのでございますが……。私どもの不徳により……こんなにも遅れてしまいました。誠に申し訳ございませんでした……お嬢様」


 メイド一同は、また頭を下げた。


「良いのよカナン。応援に来られなかった理由なら……見当はついているわ。止められていたのよね? お母様に」


 カナンは瞳を伏せ、唇を噛む。

 しかしその所作こそ、質問が真実であることを物語っている。


 しばらくの葛藤の後で、カナンは意を決したようにレトリアを見た。


「…………仰る通りでございます。『お前たちの仕事は、ベルトビューゼ家の秩序を守ること。武闘会への出張は過分である。分を弁えなさい』……と」


「だったら……なぜ? この大会にはお母様がいるのよ? 必ず見つかって、あなたたちは……きっとお咎めを受ける。いまならまだ間に合うわ、早く戻って――――――」


「いいえ、戻りません。私共が間違っておりました。レトリア様の晴れ舞台より優先すべきものなど、この世のどこにありましょうか」


 カナンの顔には、ある種の覚悟が表れている。

 それは他のメイドたちも、同様のようだった。


「いかなる罰も受けましょう。ですが、いまこのときだけは……お嬢様の心に寄り添いたいのです」


「カナン……みんな…………」


 レトリアの瞳に、大粒の涙が浮かぶ。

 するとカナンは手拭いを服のポケットから素早く取り出すと、それをレトリアに差し出しながら言った。


「まだ早いですわ、お嬢様。涙は勝負の後まで取っておいてくださいませ」


「ええ、そうね。ありがとう――――――みんな。見ててね? 私、絶対に勝ってみせるから!」


「それでこそ、アルバ様の御息女にあらせられますとも!」


 罰を覚悟してまで、応援に来てくれた使用人たち。

 その思いに応えたい。いや、応えてみせる。レトリアは改めて、心の中でそう誓いを立てた。


「アリーナの修復作業が終了いたしました。レトリア様、準備の方はよろしいでしょうか?」


 侍女が現れ、決勝の準備が整ったことを告げる。

 レトリアは「はい」と一度だけ深く頷くと、そのままメイドたちの方を見た。


 言葉はなくとも、心は繋がっている。

 もはやグラシャへの恐怖も、大舞台への緊張も感じない。レトリアは誇らしさに胸を張りながら、決戦場への扉を潜っていくのだった。



:::::::::::::::::::::::



【 先ほどの試合の熱も冷めやらぬなか、もうひとつの血湧き肉躍る戦いが始まろうとしています。前大会の敗戦を教訓に、ここまで堅実な勝利を収めてきたレトリア選手。かたや前大会に続き、並外れた破壊力で勝利を重ねてきたグラシャ選手。対極的なおふたりですが、きっと魔導士の部に負けないほどの、熱き戦いを見せていただけることでしょう!! 】


 場内のボルテージは最高潮。

 トライデントやメイドたちの声援もさることながら、グラシャを応援するワルキューレ隊の声もよく響いている。


 熱気はリング上にも当然のように伝わり、試合開始の合図はまだだというのに、ふたりはすでに視線で火花を散らせていた。


「まさか本当にここまで上がってくるとは……。さすが、天使に名を連ねるだけはある。しかし、レトリア様は初めての決勝だ。この決勝戦だけの()()()()()、ちゃんと把握されておりますか?」


 グラシャが小馬鹿にした態度で訊ねる。

 いくら前大会で初戦敗退に喫したレトリアでも、そんなことは百も承知。


 レトリアは少々の苛立ちを覚えながら、それでも表情を変えることなく口を開いた。


「剣士の部は決勝戦に限り、『肉体強化魔法の使用を許可』する。この大会を見たことある者なら、誰でも知っていることよ」


「その通り。試合を盛り上げるための措置ですが、それはつまり……このグラシャが全力を出せるという意味でもある。取り返しのつかない怪我を負う前に、降参することをおすすめします」


 グラシャの戦斧が、鈍い音を立てながら床石を削った。


 ただでさえ破壊的なグラシャの力が、強化魔法で倍増する。当たり所が悪ければ、大怪我では済まないかもしれない。否が応でも、視線はその巨大な刃先に吸い寄せられた。

 

「気遣ってくれてありがとう。でも、あなたの方こそ大丈夫なのかしら?」


「…………なに? どういう意味でしょうか?」


 いつもとは違う強気な態度のレトリアに、グラシャが眉を顰める。


「知っての通り、私は戦闘が得意じゃないわ。軍人としての実績も評価も、あなたの足元にも及ばない。この戦いだって、あなたの勝ちを疑っている人はほとんどいないでしょうね。でもそれは裏を返せば、あなたはこの勝負で負けるわけにはいかないってこと」


 レトリアは敢えて、相手の神経を逆なでするような口調で言った。


「ご心配なく。千に一つも、その可能性はありませんから」


「でも万に一つ、あなたがもし()()()()に負けるなんてことがあったら……お母様はさぞ失望するでしょうね。昨年を優勝で飾ったあなただから、なおさらだわ」


「…………安い挑発ですね。何を企んでいるのかは知りませんが、その手にはのりませんよ」


 口ではそう言い放つグラシャだが、表情は明らかに苛立っている。アルバに心酔する彼女にとって、その名を出しに使われるのも気に入らなかった。しかも相手は、戦闘において格下のレトリアなのだ。


 レトリアはグラシャの周囲を漂う怒りのオーラを感じ取り、心の中で『よし!』と拳を握り込む。グラシャを苛立たせるのは、彼女の作戦には不可欠の要因だったからだ。


『作戦の第一段階は成功! 後はもう、私が()()()()()()()()か……ね』


 自分にそう言い聞かせるレトリア。

 そんなとき、マイク越しのトリシーの声が鳴り響く。


 いよいよ、勝負の時間(とき)である。


【 それでは皆々様、長らくお待たせいたしました! エデン第六天使のレトリア=ガアプ選手対、名実ともに大将軍の右腕を担うグラシャ選手!! 両選手、心の準備はよろしいですね? それでは武闘大会四日目、剣士の部……決勝戦!! 試合~~~~開始~~~~!!!! 】


 開始の合図と共に、鳴り響くふたつの号砲。

 レトリアは片手剣、グラシャは戦斧を構え、激しく闘気を衝突させる。


 だが、すぐに攻撃を仕掛けたりはしない。

 この決勝戦では、その前にやることがあるからだ。


腕力強化魔法(アース・ドーラ)


 グラシャが腕力の強化魔法を唱え、ただでさえ丸太のように太い腕が、一回り大きく膨れ上がる。


速度強化魔法(ボルツ・ドーラ)


 レトリアが負けじと唱えたのは、速度の強化魔法。

 器用で小回りの利く、彼女らしい選択だった。


「本当に降参せずともよろしいんですね? 強化されたこの力、どんな“事故”が起きても知りませんよ?」


 嫌な笑みを浮かべ、脅し文句を口にするグラシャ。

 しかし、それでもレトリアの表情は変わらない。


虚仮威(こけおど)しならもうたくさん。あなたのご自慢の戦斧は、どうやら観賞用だったみたいね」


 グラシャのこめかみに、青筋が走る。

 周囲を漂う空気も明らかに変わり、息を呑むような緊張感が場を支配した。



「この斧が観賞用かどうか……その身を持って知ると良い!! 行くぞ!!!!」



 鬼の形相のグラシャの、全力の突進。

 それは魔王国の巨猪にも劣らぬ速度で、瞬く間に距離を詰める。


 そして皆の見ている前で――――――



「うぐッ!!!???」



 巨大な戦斧が、レトリアの腹部に突き刺さった。



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