第286話 「不死 VS 不死」
【 こ、これはいったい……どうしたことか!? 熱い握手を交わした両者の右腕が炸裂し、吹き飛んでしまいました!! だがそこは不死身の肉体を持つアキサタナ選手! 即座に腕を再生させます!! 】
実況のトリシーも観客たちも困惑の表情を浮かべるなかで、観客席にいるレトリアたちは、何が起こったのか正確に把握していた。
「アモン様ぁ!!!!!!」
「あの野郎……! やりやがった!!」
不安から涙目になるエルブと、怒りに燃えるティオス。
「卑怯よ……! 普通ここまでするッ!?」
「あの大怪我で試合を続行するのは……無理でござる。すぐにでも治療をしなければ……!」
レトリアもシグオンも、もはや勝敗は決したのだと歯噛みする。
しかしそれも、アモンの右腕から流れ落ちる大量の出血を見れば、仕方のないことかもしれなかった。
救護の者が駆けつけ、すぐに試合中止を宣告されてもおかしくはない。
「自らが不死である利点を活かした、自爆にも近い先制攻撃……。この神聖な場での不意打ちという手法はいただけないが、彼のあの度胸は目を見張るものがあるね」
だがこの状況でも、トロアスタは涼しげな顔でリング上の惨状を見つめていた。感心する老人のとなりで、アルバも冷静に頷き同意を示す。
「あの男の異常な執着心。その俗念が、奴の力の源なのだろう」
「神の心臓……興味深い力だ。不死の体というのは、いったいどんな気分なんだろうね? 普通ならここで決着だろうけど、いまリング上に立っているのはどちらも普通じゃない。ふふ、さあ……ここからが本番だね」
ファシールが楽しそうに笑う。
そしてちょうどリングの上のアキサタナも、同じような笑みを浮かべていた。
「くっくっく! どうした? さっさと降参しないと、血の失い過ぎで死んでしまうぞ?」
勝ちを確信し、嫌味を口にするアキサタナ。
しかしアモンはアキサタナの予想に反し、余裕の態度を崩すことはなかった。
「小官の心配をしてくれるとは、お優しいんですね。ご心配には及びません。腕なら――――――」
アモンはそう言いながら、右腕に魔素を集中させた。
唱える魔法はもちろん、修復魔法だ。
「ほら元通り」
「なんだと……!?」
漆黒の魔素に包まれたかと思うと、次の瞬間には、アモンの右腕は何事もなかったようにそこにあった。目の前の光景に、驚きの声を上げるアキサタナ。一般の観客たちに至っては、声を出すことも叶わなかった。
【 なな、な~~~んとアモン選手!? アキサタナ選手のお株を奪う、凄まじい修復魔法!! あっという間に右腕を復元です!! 不死 対 不死の不死身対決!! これは勝負の行方が分からなくなってまいりました!!!! 】
「し、信じられませんわ……。欠損部位の修復は、人体に関する卓越した知識と、針の穴を通すほどの繊細な魔法操作がなければ不可能……。腕の修復なんて、わたくしでさえ成功した試しがありませんのに」
「……それだけじゃない。普通なら、激痛のせいで魔法を使うことだって難しいはずよ……」
レトリアの脳裏に、調練場で自らの右手を焼いたアモンの姿が過った。
「常軌を逸した精神力だわ」
苦虫を噛み潰したような顔をするアキサタナの前で、アモンはひらひらと右腕を振る。
「では次は、小官の番ですね」
右の手のひらを前に突き出したアモンは、ある魔法を脳内で唱える。
すると漆黒の風が手のひらで渦を巻き、徐々に速度を増していった。やがてそれは、車のタイヤほどのサイズまで膨れ上がる。
「な、なんだそれは!?」
「ただの風魔法ですよ」
「ふふ、ふざけるな!! そんな黒い風など見たことも聞いたことも……!?」
アキサタナが言い終わる前に、手のひらから風魔法が放たれる。
それは一秒にも満たぬ間にアキサタナの腹部に直撃し、易々とその体を場外まで吹き飛ばした。
「くおおお!!!! グハッ!!!!」
観客席の真下の壁に背中からぶつかり、場外の芝生の上に崩れ落ちるアキサタナ。だがすぐに顔をあげ、不敵な笑みを浮かべた。
「これまでなら……ここで決着のコールが掛かったんだろうがな……。“場外での失格は準決勝まで”とする。決勝戦用の特別ルールだ」
「不死身である我々にとって、実に酷なルールですねぇ。決着つきませんよコレ」
「だったら……貴様から降伏するんだな!!」
叫ぶなり、アキサタナは拳大の紅球を飛ばした。
それをさらりと躱したアモンの背後で、紅球は結界に当たり、目も眩むような爆発を起こす。
「もしかして、爆破魔法以外は使えなかったりします?」
「う、うるさい!! いくつも魔法を扱える貴様が異常なんだ!!!!」
癪に障ったのか、アキサタナは紅球を連続してアモンに投げつける。
「やれやれ」
だがアモンは慌てること無く、石の壁を自身の前に生成した。
石壁は紅球の直撃を受け破壊されるが、その都度に地面から生え、アモンの体を護り続ける。
「くそ!! 壁の後ろに隠れるな卑怯者めッ!!」
「不意打ちをする貴方に言われたくありません」
意地になったアキサタナの爆破魔法は続く。
しばらくの間、石壁の崩れる音と爆発の音が闘技場の空に響き渡った。
派手な戦いと言えば聞こえは良いが、実際は単調な作業の繰り返し。いい加減に、アモンにも飽きが訪れていた。
「もう止めませんか無駄なこと。力量は明白……さっさと降参していただければ、貴方も痛い思いをすることもないのです」
「黙れ黙れだまれぇ!!!!」
「ふぅ~~~まったく、不毛な争いだ。小官は別に貴方に恨みなど――――――」
そのとき、アモンの頭の中にある光景が浮かんだ。
それは過去……アキサタナと対峙したときの記憶だった。
目の前には鉄鎧で身を覆う、ふたつのたくましい背中。
稲豊を護るために散った、マースとミースの最後の姿だ。
「ああ――――――ありましたね………………“恨み”」
アモンは深く沈んだ声でそう呟くと、爆散した石壁の爆風に乗り、空高く舞い上がる。
「なにッ!?」
異変に気づいたアキサタナが天を仰ぐが、爆煙のせいでよく見えない。
その隙にアモンは音もなくアキサタナの背後に舞い降り、紅の背中にそっと左手を添える。
「比べるまでもなく、小さな背中ですね」
「ッ!? 後ろか!?」
声に反応し振り返ろうしたアキサタナだったが、アモンが風魔法を放つ速度に追いつけない。
「ぬおおお!!」
前方に吹き飛ばされ、リングの上まで転がるアキサタナ。
粉々になった石壁の破片で体を傷つけながらも、アキサタナは果敢に立ち上がる。
「ど、どこだ!?」
「飛ばされた腕の分、倍返しとさせていただきますね?」
アモンの声が聞こえたのは、再び背後からだった。
そして今度は振り返ることに成功したアキサタナだったが、アモンの姿を視界に捉えた次の瞬間――――――
「あ?」
帯状の黒い物が、視界の隅を素早く走る。
それが形を変えたアモンのマントだと知ったとき、アキサタナは空を飛ぶ自身の両腕をぼんやりと眺めていた。
「ボクの……腕? ぐああああぁぁぁ!!!!」
「小官のマントは魔素を変化させた特別製、硬度も形状も意のままに操れます」
アキサタナの腕を両断した斧状のマントは、いつものサイズに戻りアモンの背中に収まっていく。その様子を苦悶の表情で眺めながら、アキサタナは目の前の敵を睨みつけた。
「バカか貴様は……。腕をいくら切り落とされても、ボクは何度だって再生できる!! 無駄なんだよ!!!!」
「いいえ、これで良いのです」
両腕を無くし吠えるアキサタナの前で、アモンが今度は両手に魔素を集中させる。その手先から黒い湯気のようなものが立ち昇ったのと同時に、アモンはある呪文を口にしていた。
「氷結魔法」
アモンの両手から、凍てつく冷気が迸る。
それは両腕を失ったアキサタナに纏わりつくと、周囲の大気を巻き込みながらすべてを凍結させていく。
「氷魔法だと!? こ、小癪な…………止めろ!!!!」
「もう発動しちゃったので止まりません。貴方を氷漬けにするまではね」
漆黒の冷気は足元から始まり、数秒をかけてアキサタナを凍らせていく。為す術もなく、頭を除いた全身が氷に包まれたその姿は、あたかも氷の彫像のようだった。
【 アモン選手の放った氷結魔法が、アキサタナ選手を拘束!!!! 必死にもがくアキサタナ選手ですが、あそこまで固められては、文字通り手も足も出せません!!!! 】
「両腕がないので、お得意の爆破魔法も使えない。決着です」
「ぐぎぎ……!! お、おのれぇぇ………………!!!!」
銀色に輝く冷たい氷の中で、燃えるような瞳でアモンを睨みつけるアキサタナ。だがここから先は到底、勝負と呼べるものになろうはずもない。『降参』の声は出ていないが、大天使たちで協議した結果――――――ここにアキサタナの敗北が決定した。
【 魔導士の部での天使対決を制し優勝に輝いたのは、初参加ながら破竹の勢いで勝ち進んできたアモン選手~~~~~!!!! 決勝戦に相応しい血湧き肉躍る、壮絶な戦いでした!! 観客の皆様! 武闘大会を彩った素晴らしい試合を見せてくれた両選手に、いま一度の大きな拍手をお願いいたします!!!! 】
いままでで特大の拍手が鳴り響く観客席。
当然、レトリアらもその中の一部だった。
「すっげぇ!! 本当にあのアキサタナを倒しちまった!?」
「やったやった!! アモン様が勝ちましたわ!! ねぇ見たシグ!!!! アモン様がアモン様が!!」
「わわ、わかってるでござるから……ゆゆ、揺さぶらないで欲しいでござざざざ」
「終わってみれば、あっという間だったわね」
歓喜する彼女たちとは対照的に、アキサタナは氷塊の中で悔しそうに唇を噛んでいる。屈辱と恥辱に塗れた凄まじい形相が、その心中を如実に物語っていた。
「もういいだろ!! さっさと…………拘束を解け!!」
「ああ、ついうっかりしてました」
アモンが指をパチンと鳴らすと、氷はものの数秒で蒸気を噴きながら霧散する。
「ぐあ!」
急に氷の拘束が外れ、上手く受け身が取れず顔面で着地するアキサタナ。無様な自身の姿に赤面しながらも、両腕はすでに再生されつつあった。
「ボクが……このボクが…………こんなふざけた奴に……!!」
アキサタナは石畳の床に突っ伏し、悔しそうに呻いている。
哀愁の漂うその姿は、張本人であるアモンにさえ同情を覚えさせた。
「ぐぐぐ…………!!」
「気持ちも分からなくはありませんが、そろそろ顔を上げてください。貴方は十二分に強いのですから」
そう口にしながら、いまだ床で呻くアキサタナに手を差し伸べるアモン。
しかしその手が、紅衣に触れる直前でピタリと止まる。
なんとも言えない嫌な空気を、アキサタナから感じ取ったからだ。
「………………くっくっく……!」
そしてそれを証明するように、アキサタナは不気味に笑い始める。
歓声の溢れる闘技場内にも関わらず、不思議とアモンには、その声をはっきりと聞き取ることができた。
「確かにボクは試合に負けた。…………しかし、勝負に勝ったのはボクだということを……覚えておくといい……くくくく!!!!」
怨嗟の声を口にしながら、顔を上げるアキサタナ。
アモンに分かったのは、その表情に浮かぶのが虚勢の類ではなく、確信に他ならない……ということだけだった。




