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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第八章 勇戦の魔人

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第284話 「天国の門で」


 残りの試合も滞りなく終了し、武闘大会初日はお開きとなった。


 歓声を上げていた観客たちが去った頃には、空はもう朱に染まり始めている。漂う群雲(むらくも)が、雨が近いことを知らせていた。


「それにしても……リングを破壊するなんて前代未聞ね」


「良いじゃないですか、小官が責任をもって直させていただきましたし」


「さすがはアモン様ですわ! わたくし、感服いたしました」


 闘技場前の道には、レトリアたちとアモンの姿。

 賑やかなその様子は、どこか仲睦まじくも見える。


「…………………………」


「いい加減に機嫌を直すでござるよ。“自分ひとり負けた”からといって、そこまで落ち込む必要はないでござる…………ぷぷ」


「わ、笑うなテメー!! お前は相手が良かっただけじゃねぇか! オレだって相手が普通の奴だったらよう!」


「まあまあ、良いじゃありませんのティオ。アモン様は昨年の準優勝者を倒し、リアは制覇者まで下したのだから。勝ち残ったどちらかが、きっとあなたの仇を討ってくれますわ」


 エルブに慰められ、ティオスは曲げていたヘソを元へと正す。

 そして皆より少し前へ進むとくるりと反転し、レトリアの前で足を止めた。


「リア! シグの奴はどうせ次でダメだ! だからオレの……オレの分まで頑張ってくれ!!」


「え、ええ……最善は尽くすけど」


「最初からダメだった奴に言われたくないでござる」


「んだとテメー!!」


 子猫のじゃれ合いのような喧嘩を始めるふたり。

 アモンはその様子を微笑ましく眺めたあとで、ひとり静かに足を止めた。


「アモン様? どうかなさいました?」


「小官は少し寄りたいところがあるので、この辺りで失礼させていただきます」


「寄りたいところ? 場所は分かる? 分からなければ案内するけど」


「大勢で行って楽しい場所でもありませんので、お気持ちだけで結構。それでは、また明日こちらでお会いしましょう」


 レトリアらに背を向け、ひらひらと手を振るアモン。

 その背中に各々の別れの言葉を受けながら、アモンはひとりで()()()()を目指し歩き始める。


 それはコロッセオのある北区とは真逆の南区にあった。

 タルタロス監獄が威圧を放つこの南区は、民間用の施設もあまりない閑散とした場所だ。だから普段から人通りは少なく、道で人とすれ違うことも滅多にない。


「おや?」


 しかし目的の場所へと向かう並木道で、アモンは意外な人物と遭遇する。


「…………なんだ、貴様か」


 顔を合わせるなり眉を(ひそ)めたのは、夕焼けとは関係なしに衣裳の赤いアキサタナだった。アキサタナは一度だけため息を漏らすと、手を三度ほど叩いてから口を開いた。


「一応、祝福はしておいてやろうじゃないか。決勝進出おめでとう」


「まだ初戦を突破しただけですが?」


「ボクの目は節穴じゃない。順当にいけば、貴様が決勝まで上るだろう。まあ例えそこまでいっても、結局はボクに倒されるワケだがな」


 アモンと同様に、アキサタナも初戦での勝利を収めている。

 それも剣士の部と魔導士の部を合わせても、最短での勝利だった。


「お帰りのところみたいですが、()()()()()()()お用事でも?」


「バカを言うな。ボクのような華やかな男が、あんな辛気臭い場所に用向きなどあるはずが無いだろう」


「そうですか」


 深く訊ねるのも、何だか(はばか)られる場所だ。

 そんな複雑な思考も相まって、どこか居心地の悪い空気がふたりの間を流れる。

 

「それはそうと……レトリアと随分と親しそうにいたじゃないか。貴様、彼女に気があるのか?」


 探るような視線で、アキサタナが訊ねた。

 しかしアモンは見つめ返すだけで、質問に応じる気配を見せない。


 やがて痺れを切らしたアキサタナは、自分の方から視線を逸し言った。


「ふん、まあいい…………じゃあな」


「ええ、決勝の舞台でお会いしましょう」


 ふたりはすれ違い、互いに逆の方向へ歩き出す。

 この並木道は一本道、目的の場所はすぐそこだった。



:::::::::::::::::::::::



「着いた着いた、ここが……【天国の門(ゲート・オブ・エデン)】ですか」


 大量の墓石が一定の間隔で並ぶそこは、アート・モーロで唯一の“墓地”。人の姿はどこにもなく、近くに教会のようなものも見当たらない。供えられた花が風で揺れる姿は、否が応でも哀愁を感じさせた。


 墓地の中央には普通の墓石の何倍もある慰霊碑があり、慰霊碑の正面には()()()()()()の名が深く刻まれている。


 アモンは慰霊碑の前に立ち、その名前を口に出して読んだ。


「パルウェ……ネヴィ……フロンス=ビー…………」


 慰霊碑に掘られた幾つもの名前。


 それはアモンと同じ、『天使』と呼ばれた者たちの墓だった。天使といえど、激しい魔物との戦いに耐えられる者ばかりではない。交代を重ねながら、その役目を全うしてきたのだ。


「例外なのは、やはり三大天。彼らはエデン建国のときから、不変であり続けている」


 数百年もの間、戦いを運命付けられた彼らは、いったいどんな境地に至っているのだろうか? 慰霊碑をぼんやりと眺めながら、アモンはふとそんなことを考えていた。


「――――――んん?」


 そんなときだった。

 アモンの視界の隅で、黄色い何かが揺れている。


 少し気になったアモンは、何とはなしにその正体を確かめることにした。


「おっと、これはこれは。あなたでしたか」


 慰霊碑から覗き込むように顔を出したアモンは、誰かの墓の前に立つ、ひとりの男を見つけて声をかけた。スラリとした体型をグレーの衣裳で覆ったこの男は、先ほどアモンが思いを馳せた者の中のひとり。悠久を生きる、エデンの顔役だ。


「……そのお墓、お知り合いの方で?」


「知り合いというか、何というか」


 はにかみながら振り向いたのは、大勇者ファシール…………その人だった。

 ファシールは右手で自身のうなじを撫でつつ、顔を目の前の墓へと向け直す。そしておもむろに、慈しむような口調で言った。


「イヴ=ラインウォール……僕の妻さ。不治の病でこの世を去ったのは、もう随分と前の話だけどね。何度か補修したから、墓石は綺麗なままなんだ」


 その言葉に、アモンは少なからず動揺を覚える。

 しかしよく考えずとも、アドバーンという息子がいる以上、それは当然のことかもしれなかった。


「君こそ、何用でこんな場所へ? 君にゆかりのある人物が眠っているとは思えないけど」


「魔物との戦いで命を落とした者たちを、この目で確かめに」


「へぇ……。それは懺悔(ざんげ)かい? それとも悔恨(かいこん)かな?」


 感情の読むことができない、いつもの顔で訊ねるファシール。


「いいえ、そのどちらでもありません。魔物への敵意を昇華し、己を奮い立たせる為です」


 強く答えるアモンとは対照的に、ファシールの表情はどこか物憂げだ。


「敵意か……なるほど。やはり君は、あくまで人間側に立つつもりなんだね」


「無論です。あの汚らわしい怪物たちに、天の鉄槌を下すことこそ我が本懐。あなたは違うのですか?」


 ファシールはすぐには答えなかった。


「そうだねぇ…………」


 ファシールは時間をたっぷりと置いてから大きく背伸びをし、やがて意を決したように口を開く。


「結果的にはそうなのかもしれない。だけどねアモン、僕は君ほど魔物を憎んではいないよ」


 射抜くような真っ直ぐな瞳が、アモンへ向けられる。


「僕が魔物と戦うのは、必要に迫られた結果さ。僕が勇者であり続けるためには、魔物と戦うしかないからね。いままで剣を向けてきた彼らには、申し訳ないとさえ思っているよ」


「何を仰るんですか。大天使がそんなことでは、下々の者への示しがつきませんよ」


「はは、そうだね。申し訳ない」


 こうも朗らかに謝られては、これ以上を追及するのも野暮ったい。

 仕方なくアモンは、話題を変えることにした。


「その黄色い花は――――リリウムですか?」


「良く知っているね。彼女が好きな花で、毎年この時期には持ってきているんだ。この花のように、ころころと笑った顔が愛らしい……素敵な女性だったよ」


 慈愛のある瞳で、ファシールは供えられた黄色の花を見つめる。

 だからアモンはそれが当然のように、相づちを打った。


「奥様のこと、愛していらしたんですね」


 するとファシールは、子供のようにきょとんとした表情を覗かせたかと思うと、次の瞬間には爽やかな笑みを浮かべながら言った。

 


「――――――いや、まったく。彼女に愛情を抱いたことは一度もないよ。夫婦になったのは……そうだね、義務や責任感にも似たような感情さ。それもまた、必要に迫られた結果のひとつだね」



 ファシールは悪気もなくそういうと、妻だった者の墓に背を向ける。

 そして眼帯に覆われていない方の目で、アモンの方を見た。


「君の闘いを見ていると、魔王サタンのことを思い出すよ。彼とは戦場で何度も衝突したけど、その度に心が踊った。いつか君とも、手を合わせてみたいものだね」


 それだけをアモンに告げると、ファシールは墓地を後にするのだった。



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