第283話 「土人形」
【 試合…………開始ッ!!!!!! 】
トリシーの試合開始の合図が響き渡った直後、スカルフォが石舞台の外へ何かを放り投げた。それは土の上を転がり、キラキラと黄光を発している。
「あれは――――――髑髏ですか?」
「…………うふふ……」
人間の頭より二回りは小さい髑髏が、五つ。
髑髏の両眼には地の魔石が埋め込まれており、それが太陽光を浴びて輝いている。
地の魔石は火の魔石のように火を起こすわけでもなく、風の魔石のように風を発するわけでもない。本来なら作物を育てたり、道を整備するために使われる、謂わば攻撃とは無縁の魔石だ。
「……いまご覧にいれますわ…………。なぜ私が……死霊術師と呼ばれているのかを…………」
スカルフォがそう言うが否や、地の魔石は驚くべき反応を見せた。
髑髏を覆うように周囲の土や砂を集積し、首・両肩・胴に足と、みるみるうちに人間の体が築き上げられていくではないか。
土や砂で作られた黄土色の肌は、まるでミイラのよう。
それはやがて人間大の大きさになると、意思を持つかのようにリングの上へと上がってきた。
「これは……なんと」
「…………私が特別に念を込めた髑髏に……呪いをかけた地の魔石…………。精霊を上手く使えば…………このようなことも可能なのですわ…………」
驚くアモンの前には、五体の土人形。
それぞれが石や土が混じった棍棒を持ち、奇怪な動きで襲いかかってくる。
「殴られたら痛そうなので、近づかないでいただきたい」
アモンは迫る土人形たちへ向けて、風魔法を放った。
圧縮された風の大砲が、暴風でもって土人形を吹き飛ばす。土人形たちは闘技場内の壁や地面に叩きつけられ、粉々に砕けて散った。
しかし土人形たちが居なくなったにも関わらず、スカルフォの妖しい笑みは変わらない。
「…………無駄ですわ……」
スカルフォが右手の指をパチンと鳴らすと、崩れたはずの土人形たちが再び体を形成していく。数秒後には完全に元の姿を取り戻し、ギラギラとした魔石の瞳でアモンを睨みつけていた。
「……彼らは幾度と破壊されても…………その都度に蘇る不死身の傀儡人形……。私の魔素が続く限り……天使様を襲い続けますわ…………」
「魔導士の部で使って良いのは、魔法および魔導具だけでは? 鈍器とかありなんですか、これ」
「…………ふふふ……良いんですのよ……。魔法で生み出した物ですし……大会の規約にも書かれておりませんから……。……だからこういうことも……許されますの……」
スカルフォは次に、白色の石を自身の立つ石畳の上へと落とす。
それは瞬く間に半径数メートルの魔法陣を展開し、スカルフォの全身をすっぽりと結界で覆ってしまった。
「……これは特殊な方法で精製された……結界石でございます……。もはやアモン様は……私に指一本と触れることは叶いませんわ…………」
毒々しいスカルフォの笑み。
その笑みを苦々しく見つめるのは、観客席にいたレトリアたちだ。
「まさかあれって…………結界石!? 普通そこまでする!?」
「ほんとだぜ!! いくら禁止されてねぇからって、やって良いことと悪いことがあるだろ!」
「去年の決勝は、土人形を掻い潜ったティフレール様にやられたでござるからな。今年はしっかりと対策を打ってきたのでござろう。あれだけの結界石、破るのは至難の業でござるよ……」
結界を狙ったとしても、土人形が邪魔をするに決まっている。
土人形たちにじわじわと間合いを詰められているアモンの姿は、まるで袋小路に追い詰められた鼠のよう。凶暴な猫の群れに、為す術が無いようにも見えた。
「本当に…………卑怯ですわッ!!!!!!!!」
「へ?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべたレトリアのとなりには、いつのまにかエルブの姿があった。右拳を握り締める彼女の顔には、レトリアでさえ初めて見るほどの怒りが刻まれている。
「えっと、エル? その……負傷した人たちは大丈夫なの?」
「部下に任せておいたので問題ありませんわ! 問題なのは大会の規約の方です!! わたくし、運営の方々に直談判してまいりますわ!!」
「まま、待てよエル!? 王様がいるときにマズイってそれ!!」
「止めないでティオ!! このままじゃ、このままじゃアモン様が!!!!」
運営に抗議に行こうとするエルブと、それを必死に止めるティオス。
そんなことをしているうちに、アモンはリングの端まで追い詰められてしまう。
「…………あらあら……アモン様……。もう……後がありませんわね……? 場外に触れれば……問答無用で失格でございますのよ…………?」
「ああ、やはり? お約束ですものね、武闘大会編での場外失格」
スカルフォは即席の結界の中で、勝ち誇った笑みを浮かべている。
実況のトリシーの表情にも、諦めの色が滲みつつあった。
【 用意周到なスカルフォ選手の前に、もはや手も足も出ないアモン選手!! しかし、それも仕方がないでしょう……。これだけの結界を破壊することができるのは、エデンでもごく限られた者のみ! よしんばそれができたとしても、大量の魔素を消耗してしまうに違いありません 】
観客席にも、決着の空気が流れ始めている。
そんなときアモンはというと、目の前のスカルフォではなく、遥か観客席に立つファシールを見ていた。
ファシールの瞳が告げている。
『こんな場面で、降りるつもりはないんだろう?』……と。
アモンはフッと息を吐くように笑うと、「もちろんです」と独り言を口にしながらしゃがみ込み、右手の人差し指を石畳の上にそっと乗せた。
【 おおっと! アモン選手が遂に動きを見せました!! あれは一体……何をしようとしているのか!? 】
「…………なんでございますの……? 土下座でも始めるおつもりですか……?」
そんな挑発も聞き流しつつ、アモンは指先に神経を集中させる。
すると地の魔石を彷彿とさせる光が立ちのぼり、足元の石畳を黄色に染めていった。
それは最初は小さなものだったが、枝分かれしながら場外にまで広がっていく。
「…………いったい……何をするおつもりなのですか…………?」
先ほど訊ねたときとは違い、スカルフォの声に若干の困惑が混じっていた。
「貴女の魔法を見て、何となく理解しました。魔石は要は精霊を集める為の媒体。大地に血管のように流れる自然の魔素を寄せ集め、魔石を介し貴女の呪いを混入させる。意思を持たぬ下級精霊ならば、それで意のままに操ることが可能という訳ですか」
「…………だからどうしたと言うのです……? 原理が判れば…………この状況を打破できるとでも…………?」
「原理さえ判ってしまえば再現は可能です。魔石の代用となる魔素さえ用意できれば――――――」
アモンが言うと、スカルフォが珍しく吹き出すように笑った。
「フッ……! 魔石を補うほどの魔素を……人間に出せるとでも……? 万が一に出せたとしても…………自然界の魔素を操るのは不可能ですわ…………。精霊術を極めたわたくしでさえ……魔石があってようやく操れるのですから…………」
「精霊を操作する緻密なコントロールと、動かすだけの膨大な魔素。見様見真似ですが、これでどうでしょう?」
訝しげな顔をするスカルフォの前で、黄光は徐々に輝きを増していく。
やがてそれはアモン後方の場外の土を、ほとんど飲み込むほど大きくなっていった。
そして“ソレ”は、突如として皆の前に出現する。
【 んなッ!!!!???? 】
実況を忘れ、絶句するトリシー。
しかしそれは彼だけではなく、レトリアたちも、対戦相手であるスカルフォも同様だった。
最初ソレは、場外にあるただの土だった。
だがアモンの流した魔素の影響により、土たちはまるで意思を持つように盛り上がっていく。最初に出来あがったのは、人間を十人は掴めるだろう巨大な右腕。そこから肩が生まれ、頭が、次に左腕が。最後に腹が作られたときには、闘技場の半分を覆えるほどの土の巨人が、太陽を遮るように仁王立ちしていた。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
時が止まったように、巨人を呆然と眺めるスカルフォ。
上半身だけとはいえ、その巨体は土人形の比ではない。心なしか、土人形たちでさえ怯み、後退りしている。
「なな……なんだありゃあ……!?」
「巨人…………でござるな……土の」
驚きに目を剥く皆の前で、巨人は砂を零しながら、ゆっくりと右腕を振り上げる。次に何をしようとしているかは、火を見るよりも明らかだった。
その動きを見て我に返ったスカルフォは、両手を前に出して声をあげる。
「……こ、この結界なら数度は耐えられるはず……!! 土人形たち……その前に術者を……!!」
「残念ですが、小官は巨人に結界を殴れとは命令していません」
「………………へ?」
少女のような瞳を浮かべるスカルフォ――――――の立つ石畳へ向けて、巨人の右腕が振り下ろされる。それは恐ろしいほどの轟音と衝撃で、結界石の置かれた“石舞台”そのものを破壊した。
「…………くうッ……!?」
どれほど強固な結界といえど、それを展開している地面ごと破壊されてはどうしようもない。宙を舞う土人形たちとリングだったもの、その中にはスカルフォの姿もあった。
もうもうとした砂煙が消え去った後の光景は、半壊したリング上に立つアモンと、その背後に聳える巨人。そして――――――地面に尻餅をつくスカルフォだった。土人形の姿は、もう影も形も無い。
「…………結界ではなく…………リングを破壊するなんて…………! ひ、卑怯ですわ…………!! 異議を唱えさせていただきます……!!」
物言いをつけるスカルフォをリングの上から眺めながら、アモンはしれっと口を開く。
「問題はないはずですよ? だって……大会の規約に【リングを破壊してはいけない】と書かれていないのですから」
「…………う………………」
地面を引っかき、その土を悔しそうに握るスカルフォ。
しかし、結果はどうあっても覆ることはない。
【 スカルフォ選手、場外!! 試合終了です!! 勝者は…………第七天使のアモン選手~~!!!! 】




