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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第八章 勇戦の魔人

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第281話 「二つの奇跡」


 ()いだ剣の狙う先は、右腕の小手の部分。

 如何にティフレールといえど、防具に覆われていない腕の部分を強打されては、剣を握っていられまい。


 そう考えたレトリアの渾身の一撃は、正確な角度でティフレールの晒された右腕へと迫る。


『当たる! あとは武器を落とした彼女へ剣を突きつければ!!』


 それだけで、トリシーの『決着!』の声が場内に響き渡るに違いない。

 レトリアのそんな確信にも似た想像は――――――



「ッ!!!!????」



 手応えのない風を切った音と共に、(つゆ)へと消える。

 目を大きく開いたレトリアの握る剣は、何物にも触れず空を彷徨っていた。


 確実に捉えていたはずの剣が、どうして外れたのか?

 何が起こったのか理解の追いつかないレトリアだったが、端から見ていた実況のトリシー、そして観客たちはその一部始終を理解していた。


【 なな、なんと!! 直撃するかに思われたレトリア選手の一撃でしたが、ティフレール選手はこれを()()()()飛んで躱しました!!!! これを神の奇跡と言わずに、何と言いましょうか!!!! 】


「飛んで……まさか!?」


 実況の声に反応し、レトリアは頭上を見上げる。

 視線の先、遥か上空。地上から十数メートルは離れたその場所に、ティフレールはいた。そして彼女はいつもそうするように、悪戯な笑みを浮かべていた。


「くっ…………【神の右脚】!」


 歯噛みするレトリアを嘲笑(あざわら)うように、宙に浮かぶティフレール。その右脚の下、つまりは靴底の部分から、円型の魔法陣が展開されている。


「いまのは少し濡れたわぁ、惜しかったねレトリアちゃん」


「は、早く下りてきなさいよ! 試合にならないじゃない!」


「どうしよっかなあ~~?」


 けらけらと笑うティフレールを睨むのは、レトリアだけではない。

 観覧席でレトリアを応援していたティオスも、明らかな不満の色を滲ませている。


「ひ、卑怯だろそんなの!? 飛び道具でもない限り、手の出しようがねぇだろ!」


「仕方がないでござるよ。神籬は天使の特権、大会での使用は禁じられていないでござる」


 そう語るシグオンの顔も、お世辞にも納得のいっている様子ではない。

 しかしどれだけ不満があろうとも、試合での第三者の介入はご法度。歯痒さに耐えながら、見守ることしかできないのだ。


「そんなに不服ならさぁレトリアちゃん。あなたも神籬を使えばいいんじゃない?」


 上空から、ティフレールがそう投げかける。

 しかしレトリアは苦虫を噛み潰したような顔をするばかりで、一向に何かをする気配は見せない。


「知ってるわよ? レトリアちゃんってさあ、()()……まだなんでしょ?」


 レトリアの瞳が、一瞬で猫のように大きく開く。


「ど、どうしてそれを!?」


「匂いって言うか~、なんとなく分かんのよねぇ。それにレトリアちゃん、天使になってからそれなりに経つのに……そういう噂もまったく聞かなかったしね」


 距離がある分、いつもより大きなふたりの会話は、当然ながら観客たちの耳にも届いている。ざわざわと騒がしくなっていく住民たちを横目で眺めながら、アモンはとなりに立つシグオンに声をかけた。


「洗礼というのは……もしかして神籬の?」


 皆まで言わずとも、シグオンにはアモンの伝えたいことが良く分かっていた。だからシグオンは曇った顔で小さく頷いたのち、渋々と口を開いた。


「…………はい。神籬の力を授かる儀式、それが洗礼(せんれい)にござる」


「“選民は洗礼を受け、神の力を授かる。そして天使と成り降臨する”。書庫の本にはそう書かれていました」


「本来ならレトリア様もとっくに神籬の力を授かっていたはず。ですが…………」


 途中で言葉を詰まらせるシグオン。

 その代わりに話を続けたのは、観覧席の手摺りを強く握ったティオスだった。


「生門の器が他の天使たちより()()()()()だけ小さかったレトリア様は、洗礼を受けることが叶わなかった。トロアスタ様に言われて、儀式を延期せざるを得なかったんだ」


「……なるほど。ならばこの試合、勝ちの目は相当に薄いということですか」


 アモンの見つめる上空では、()使()が相も変わらず不敵な笑みを浮かべ続けている。


「しかも……それだけじゃねぇ。アイツは――――――」


 ティオスがそこまでを口にしたとき、止まっていた試合の時計が動き始める。ティフレールが笑うのを止めたかと思うと、凄まじい速度で降下を始めたのだ。それも頭から、まるでロケットのようにレトリアを狙っていた。


「キャアッ!!??」


 落下の速度と、神の右脚で空を蹴った力が加わった剣の威力は、いままでの比ではない。すれ違いざまに放たれた剣撃によって、レトリアは防御した自身の片手剣ごと吹き飛ばされる。石畳の上を転がった体は、いくつもの擦り傷で赤く染まっていった。


「ハァ……ハァ……!」


 全身の痛みに耐えながら立ち上がるレトリア。

 それでもまだ闘志の失っていない瞳に映るのは、自分以外の何者の姿も見えない石舞台上。ちらりと上空を見た彼女が次に視線を向けたのは、何の変哲もない石の床だった。


「これは……!?」


 目を剥くアモンと、歓声を上げる観客たち。

 それは先ほどの一撃の凄まじさに驚いたというだけでなく、眼前で起こった不可思議な現象に起因するものだった。


【 な、なんということでしょう! 私の目がおかしくなったのでなければ、上空からレトリア選手を強襲したティフレール選手! まるで水中にでも飛び込むかのように、じ……地面の中へと消えてしまいました!! そう! これこそが前大会で幾多の(つわもの)たちに辛酸を嘗めさせた、二つ目の奇跡です!!!! 】


 その異常な光景に、実況のトリシーもマイクを握る腕に力が入る。

 

「あれが…………ティフレールの持つ、もうひとつの神籬。【神の左脚】。アイツは天使で唯一、ふたつの神籬を持つ天使なんだ」


 アモンが訊ねる前に、ティオスが眉間にしわを寄せた厳しい表情でそう呟いた。


「片脚は空を駆け、もう片脚は地中へ潜る。飛び道具を持たないレトリアにとって、まさに最悪の相手ですね」


 アモンのその言葉を裏付けるように、地中から飛び出したティフレールによって、レトリアは再び石畳の上を転がった。


「うっ…………く…………!」


 上から下へ、下から上へ繰り出される必殺の剣。

 もはや防ぐだけで手一杯のレトリアだが、それでも体の傷だけは次第に増えていく。誰の目から見ても、決着のときがそう遠くないことは分かっていた。


「頑張るわねレトリアちゃん。でももういい加減、諦めちゃえば?」


 石畳の中からゆっくりとティフレールの顔が迫り上がってくる。首、肩、やがて全身を露わにした彼女は、剣をくるくると回しながらレトリアを見た。


「い……やよ……! 絶対に……降参なんかするもんですか!!」


「ときどき頑固よねえ……レトリアちゃんって。あーしが手加減してるってことが、わかんねーワケじゃないでしょお?」


 ティフレールが面倒くさそうに訊ねるが、レトリアは肩で息をしながらも首を縦に振らない。そのあまりの頑な態度に、ティフレールは深くため息を漏らした。


 そしてふと思い出したように、ぱっと面を上げる。


「そういえばレトリアちゃんさ、なんて言ったっけあの新人天使?」


「………………アモンのこと?」


「そうそう! あの新人くんと仲良いみたいね。ああいうのがタイプなの?」


「なあ!? こ、こんなときになに言ってるのよ!!!!」


 赤面して怒るレトリア。

 しかしティフレールは何かを察したように、これ以上のないイヤらしい笑みを浮かべる。


「ふ~ん? あの新人くんからは何となくさ~、強者の香りっていうのを感じるんだよね。レトリアちゃんが大好きなぐらいだから、とっても強い神籬を持っているのねぇ」


 ただでさえ赤かったレトリアの顔が、さらにその濃さを増していく。

 そして「誰があんな変態!」と、売り言葉に買い言葉の文句を口にしてしまう。


「変態~?」


生憎(あいにく)だったわね! 彼が持ってるのは舌で触れた物を分析できるっていう、とてもあなたの考えるような戦闘向きな能力じゃ――――――!」


 そこまで口にして、レトリアはハッと表情を青ざめさせた。


 アモンの試合はこれからだというのにその能力を明らかにするのは、大会の規約に禁止行為として記されておらずとも、とても褒められた行為ではない。しかし後悔したところで、放たれた言葉はもはやティフレールの耳に届いてしまっている。


「…………舌で触れた物を分析……ねえ」


「あっいや、だから……! あくまでそれは彼の能力のひとつというか、だからといって彼が弱いっていうことには……その……!」


 しどろもどろに失言のフォローをするレトリアだったが、ティフレールはもうまったく聞いていない。あらぬ方向へ視線を送り、考え事でもするように小さく何かを呟いている。


 だがそんなティフレールが不意に面を上げ、審判も務めるトリシーの方へ顔を向けた。そして困惑の表情を浮かべるトリシーに向かって――――――



「こーさん! あーしはこの試合、棄権するから」



 そう宣言するのだった。



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