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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第八章 勇戦の魔人

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第280話 「天使対決」


「ティフレール様、レトリア様。順番が参りましたので、石舞台上(アリーナ)までお願いいたします」


 侍女が現れ、いよいよ始まるレトリアの一回戦。

 ティフレールはニヤニヤと笑いながら、一足先に大扉の中へと消えていった。


「レトリア様、ご武運を祈るでござる」


「ありがとう。安心して、絶対に勝つから!!」


 そう豪語するレトリアだったが、見るからにその体は強張っている。

 踏み出した足も、どこかギクシャクしたものだった。


「レトリア」


 そんなぎこちない背中へ向けて、アモンが声をかける。


「な、何かしら?」


「小官は神籬を持っていません。しかし、似たような能力なら持っています」


 話の見えないレトリアは、きょとんとした少女のような瞳を浮かべる。そんな彼女の前で、アモンは子供をあやすときのように、べぇと舌を伸ばした。


「舌に触れた物を分析するという……およそ戦闘向きではない能力です」


「そ、そう……。でもそれ、いま言うべきこと?」


「いやなに、小官にとって他の天使というのはとても興味深いものでして。なのでもしよろしければ、この試合後に貴女を舐めさせていただきたいのですが」


「ハァ!!!???」


 当然と言えば当然の反応を返すレトリア。

 頬を染めた怪訝な表情を見せる彼女に、アモンは両手の指を奇怪に動かしながら詰め寄った。


「良いじゃないですか減るモノでなし! ただちょっと、ちょ~~っと舌で触れるだけです。そうすれば小官が、貴女の体を隅々まで調べ尽くしてさしあげま――――――」


「こ、こんなときに何考えてるのよ!! この変態ッ!!!!」


 レトリアの放った強烈な平手打ちが、小気味の良い音を立てながらアモンを吹き飛ばす。しかしそれでも怒りは収まらず、「痛い痛い」と地面を転がるアモンに一瞥もくれないまま、レトリアはさっさと石舞台の方へと行ってしまった。


「やれやれ……ひどい目にあった」


 怒りの宿った背中が遠ざかっていくのを眺めつつ、アモンは服の埃を払いながら立ち上がった。そんなアモンへ向けて、シグオンが同情の瞳を寄せる。


「無事でござるか?」


「もう少しで首と身体が絶縁状態になるところでしたが、不幸中の幸いで治癒魔法は必要なさそうですねぇ。さて、我々は観覧席の方へ参るとしましょうか?」


 アモンが促すと、シグオンは小さく頷いた。

 そしてふたりは観覧席に続く階段へ足をのせる。その途中で、シグオンはおもむろにアモンの方を向いた。


「……アモン様は優しいでござるな」


「はて、何のことやら」


 簡潔に返事をすると、アモンはシグオンの方を見ることなく階段を上るのだった。



:::::::::::::::::::::::



 ティフレールとレトリアの向かい合う闘技場は、この日で一番の賑わいを見せている。どれだけの実力差があろうと、天使同士の戦いには特別な感情を抱く者も大勢いた。


【 セフィロト神はどういう意図をもって、この巡り合せを選んだのか!? トーナメントの第一回戦で、まさかまさかの“天使対決”!! 昨年は一般の兵士に敗北するという不名誉に涙したレトリア=ガアプ選手、果たして今年はその汚名を返上することができるのか!! 目の離せない試合になりそうです!! 】


 トリシーの熱い実況に触発され、ボルテージを上げていく観客たち。

 

【 しかしそのレトリア選手の前に立ちはだかったのは、エデンの第四番目に序列する天使。昨年は魔闘士の部から優勝を飾った最凶……もとい最強の天使が、今度は剣闘士の部へと殴り込みです!! 可憐な出で立ちからは想像もつかぬえげつなさ! 最凶悪天使こと――――ティフレール=キャンディロゼ選手……わわ!? ぐ、ぐえぇ……!! 】


 人間大の氷塊が実況席に飛び込み、トリシーがそのあまりの重さに潰れた声をあげる。


「ひどい紹介、失礼しちゃうわよねぇ? レトリアちゃん」


「わ、私は別に……。というか、実況席に攻撃するのは止めなさいよ」


 憤慨するティフレールの氷塊をなんとか退けたトリシーは、よろよろと弱々しく立ち上がる。そして再びマイクを握りしめ、右手を天高らかに上げた。


【 そ、それでは気を取り直しまして、試合~~~開始!!!! 】


 トリシーの合図により戦いの火蓋が切られ、レトリアとティフレールは互いを見つめながら戦闘の構えを取った。ふたりが握るのは、一般兵士も使用する標準的な片手剣だ。


「何だかこうして立ってるとさ~、剣術の稽古みたいねぇレトリアちゃん。最後にある模擬試合じゃ、いままで全部あーしの完勝だけど」


「う、うるさいわね! そもそも去年は魔闘士の部だったのに、どうして今年は剣闘士の部なのよ。あなたは魔法の方が得意なんじゃないの?」


「魔法“も”得意なの。去年と同じ相手ばかりじゃつまんね~でしょ? あーしは退屈が大嫌い。だからレトリアちゃん、あーしを退屈させないでね?」


 左手で自分のツインテールをもてあそぶティフレールは、華奢なはずなのに大きく見える。レトリアと違い胸当てや小手などの防具を付けていないにも関わらず、その表情からは揺るぎのない絶対の自信が覗いていた。

 

「それじゃレトリアちゃん、さっそく――――――!?」


 ティフレールが剣を構え距離を詰めようとしたところに、片手剣の突きが猛然と迫る。意表をついたレトリアの攻撃だった。速さに特化した突きはティフレールの右脇腹を掠め、黒の上着に細長の穴を開ける。


「あ~あ、このジャケット気に入ってたのに」


 曝け出された横腹は突きの影響で赤く染まっていたが、ティフレールは上着に開いた穴の方を気にしている。しかしレトリアはそんなことは意に介さず、突きを連続して繰り出した。


「ハァァァ!!!!」


「あっは、なんかやる気じゃん?」


 自身の下半身を覆うミニスカートと同様に、高速の突きをひらひらと躱すティフレール。その身のこなしは、歴戦の戦士を彷彿とさせるほど華麗なものだった。


【 み、みえ…………っと失礼いたしました! レトリア選手の果敢な攻撃も、ティフレール選手は華麗なステップで回避回避回避!! まさに“舞う”という表現がしっくりくるような、天使に相応しい素晴らしい動きです!! 】


 結局、切っ先が触れたのは不意をついた最初の突きのみ。

 後に放った連続の突きは、そのすべてがティフレールの身体に届くこと無く空を切った。


「くっ……さすがね」


「勢いは悪くないんだけどさぁ、まっすぐ過ぎるのよレトリアちゃん。駆け引きってのはね、ちょっとひねくれてる方が効果的なの!」


 次はティフレールが剣を突き出し、レトリアが受ける。

 攻守の入れ替わった苛烈な連続突きが、容赦なくレトリアの肢体を強襲した。


「は、速い!?」


 右から左、左から右。

 変則的な突きがレトリアの体を左右へと振る。


 なんとか必死に捌くが、それでも掠った剣先はティフレールの比ではない。


「よっと」


「きゃあッ!?」


 突きの途中に足を掛けられ、レトリアは背中を強かに石畳へと打ちつける。

 一瞬だけ息が止まり、仰向けに天を仰ぐレトリア。青々とした空の下、背中からは鈍痛が広がっていった。


「立ちなよレトリアちゃん。このまま決着じゃ、つまんねーでしょ?」


 その小悪魔的な笑顔が憎らしい。


 表情を歪めながら立ち上がったレトリアは、その途中で無意識にアルバの方へと視線を向けていた。エデン王の黙坐(もくざ)する天幕、そのとなりの観覧席では、アルバが普段よりも厳しい瞳を浮かべている。


「ええ……。このままじゃ、終われないわ!」


 言うが早いか、レトリアは再び猛攻を仕掛ける。

 ティフレールはそれを真っ向から迎え撃った。

 

 ふたりの剣が衝突し、先ほどとは打って変わった激しい金属音が鳴り響く。それは一度に留まることなく、何度も何度も衝突しては、高らかな剣の咆哮で場内を沸かせた。


「ま~たまっすぐ? そんな単調な(つまんね~)攻めじゃ、なあんにも感じない。あーしをイカせられないわよ?」


「あ、あなたはいつもいつも……下品なのよ!!」


 レトリアはティフレールの前で一瞬だけ腰を落としたかと思うと、全身の力を込めて体を半回転させる。その予期しない行動にティフレールの意識が奪われた、次の瞬間――――――


「いてっ!?」


 黒く美しいレトリアの長髪が、無防備なティフレールの呆け顔に直撃する。攻撃と呼ぶにはあまりに軽く、傷ひとつ付けるに至らない微々たるもの。しかし視界を奪うその一瞬の隙こそ、レトリアの渇望した“勝機”に他ならない。



「ここッ!!!!」



 眉をしかめながら瞳を閉じるティフレールへ向けて、レトリアは渾身の一撃を放つのだった。




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