第279話 「誰の為に」
【 大会屈指の身長差対決……ここに決着!!!! ティオス選手の鞭のような剣に拘束されていたグラシャ選手。なんと魔物も真っ青な怪力で剣を破壊すると、右ストレート一発でティオス選手をノックアウト!! 前大会のリベンジマッチに燃えていたティオス選手でしたが、ここで無念の敗退となります。ですが下剋上とはなりませんでしたが、素晴らしい試合を見せてくれたティオス選手に、今一度の拍手を送りたいと思います!!!! 】
称賛の拍手が降り注ぐなか、ティオスはエルブに付き添われるようにして医療用天幕の中へと消えていく。その顔は遠くて良く見えなかったが、レトリアにはどんな表情をしているのか痛いほど分かっていた。
「え?」
そんなとき、レトリアは自分に向けられたひとつの視線に気がつく。
視線を感じた方へ顔を向けると、石舞台の上にいるグラシャと目があった。
グラシャは嫌な笑みを浮かべたかと思うと、すでに壊れているティオスの剣を踏みつけ、自分が勝者であることを勝ち誇った。
「……………………ひどい……!」
観覧席の手摺りを掴むレトリアの手が、わなわなと震える。
死闘を演じた相手への、あまりにも配慮の欠けた行動。到底、見過ごせるものではない。レトリアは居ても立っても居られず、グラシャに詰め寄る為に駆け出した。
しかし――――――
「まあまあ、落ち着いてください」
「は、離してよアモン! 私……許せないわ!!」
「いま彼女を問い詰めたところで、反省するわけがありません。ティオスのことを考えるならば、貴女がこれから何をすべきかは……明白なはずです」
アモンに腕を掴まれ憤っていたレトリアは、次第に腕の力をなくしていった。そしてしばしのあいだ瞳を閉じ呼吸を落ち着けたあとで、またゆっくりとアモンの方を向いた。
「…………そうね。わかったわ、アモン。いまは他にすべきことがあるわよね。私……ティオのところに行ってくる」
「拙者も、今日ばかりは慰めに行ってやるでござるかな」
「小官もご一緒します。大丈夫だとは思いますが、彼女の容態も気になりますので」
三人はティオスがいるはずの医療用天幕を目指して、控室へ続く階段を下りていく。そのとき背後からは、次の闘技者の入場を知らせる実況が響いていた。
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「あ! レトリア様!?」
天幕に入るなり、ティオスの驚いたような声が飛んだ。
見ればティオスは簡易的なベッドの上に座り、ちょうどエルブの治療が終わったところだった。
「今しがた治療を終えたところですの。傷の箇所こそ多かったですが、幸いにもどれも深手には至っておりませんわ」
「……そう、良かった」
レトリアが安堵の息を漏らすと、ティオスは恥ずかしそうにタハハと笑う。そして次の瞬間には、深々と頭を下げていた。
「いやぁ~紙一重だったんですけど! 負けちまいました! あんなに大口を叩いておいて…………本当にすまねぇレトリア様!!」
「良いのよ。ティオは十分、頑張ってくれたわ」
「まだまだですよ! 来年こそはもっともっと強くなって、絶対にリベンジしてやりますから!! ッ……イテテ!」
「傷が治っても痛みは残っているのだから、無理をしてはダメですわ」
言葉に力が入りすぎ、痛そうに腹部を押さえるティオス。
エルブはそんな同僚を、優しく窘める。
「お前の分も拙者が活躍してやるから、安心して成仏するでござるよ」
「勝手に殺すな! テメェとはいつか決着つけてやるからな!」
「ふっ……望むところでござる」
いつものやりとりに、笑顔が溢れる天幕の一角。
ちょうどその辺りで、現在の試合終了の実況が皆の耳に入った。
「あなたが元気そうで安心したわ。私はそろそろ出番だから行くけど、あんまり無理しちゃダメよ?」
「わかってますって! 試合が始まったら応援に行くので、レトリア様も頑張ってください!!」
「ええ、もちろんよ。私……頑張るから!」
レトリアは力強く頷くと、踵を返した。
そして小さく手を振りながら、ティオスのいる医療用の天幕をあとにする。アモンとシグオンも、それに続いた。
「………………」
無言のまま控室の大扉の前までやってきたレトリアは、神妙な面持ちでそのときが来るのを待った。実況のトリシーが次に呼ぶ名前は、自分なのだ。
「彼女、かなり無理をしているように見えましたね」
アモンが言うと、レトリアはゆっくりと面をあげた。
そしてアモンの方を向き、静かに口を開く。その表情は、どこか物憂げだった。
「…………気付いてた? あの子の左手、ずっと震えていたわ。本当は悔しくて悔しくて仕方が無いのに、ずっと耐えていたの」
レトリアの静かだった声に、力が籠もる。
「私を不安にさせないように、素直なあの娘が言葉まで選んで…………」
歯噛みするレトリアを見て、傍らにいたシグオンも顔を伏せた。
トライデントの一員として、その心情を理解するのは難しくない。
「思えば私、お母様に認められたいって……これまでずっと自分の為に戦ってきた気がする」
「では…………現在の心境はいかがですか?」
「そうね、いまは――――――」
レトリアは前を向くのと同時に、ひとつの決意を固めた。
「あの娘の為に、私がグラシャを倒すわ。ティオの誇りを踏みにじったこと、絶対に……許せない!」
そう語るレトリアの瞳には、彼女には似つかわしくない憤怒の炎が燃え滾っていた。体の周囲を漂う魔素は、まるで陽炎のようだ。
しかし数秒後――――――陽炎が一層と揺らめきを増した。
それが誰かの魔素と干渉した結果であることを瞬時に察したレトリアは、弾かれるように首を捻り、すぐ横に立つその影の方へと顔を向ける。
そこには――――――
「それってつまりさ、あーしに勝つって言ってるのと……同じよねぇ? レトリアちゃん」
悪戯に笑う、ティフレールの姿があった。




