表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第八章 勇戦の魔人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

293/357

第274話 「鍵の在り処」


 宴もたけなわ。

 キナコたちを城へと送り届けたアモンは、その足である場所を訪れていた。


 見渡す限りの書物に囲まれた、本の密林。

 西塔の一階部分にあたる、ガーデン・フォール城の書庫内だ。

 この中の全書物に目を通し、その内容もすべて暗記している。


 にも関わらずアモンがここを訪れたのは、()()()()のためだった。


「やはりこちらでしたか、キルフォ卿」


 部屋の片隅にある椅子に腰かける、長髯(ちょうぜん)の中老の男。

 鋭い瞳で書物を読み(ふけ)るこの男こそ、書庫を訪れたアモンの目的だった。


「………………なにか用かね、この私に」


 男は本から目を離さずに言った。

 しかしアモンは意に介さず、ぐいと男に顔を寄せる。


()()から、貴殿なら承知しているかもしれないと伺ったものですから。キルフォ卿、単刀直入にお訊きします。【魔女の書庫】について、知ってることがあったら教えてください」


 アモンが訊ねると、左右に動いていた男の目がピタリと止まった。

 そしてしばしの沈黙の後に男は本を閉じ、怪訝そうな顔をアモンの方へと向ける。


「…………知らんな、そんな大層なものは」


「またまたぁ。この国の()()である卿ならば、噂話ぐらいは耳に挟んだことがあるはずですよ?」


 アモンはさらに男に顔を寄せた。


「キルフォ・ルヴィアース。魔王国の第二王女であるマリアンヌ・アレスグア・ルヴィアースの実の伯父で、ドワーフに属する魔物。三年前、魔王国の五行結界の阻止を手土産にこの国に亡命。貴方はその功績が認められ、エデンの重要な役職(ポスト)へと就任した」


 魔王国では、現在でも語り草になっている最悪の犯罪者。

 その男はいまやエデンの宰相となって、アモンの目の前にいた。


 犯罪者からの大いなる出世には違いないが、キルフォの表情はどこか優れない。それどころか、自嘲気味な笑みさえ浮かべている。


「形だけの宰相に……何の意味があるというんだね? 見たまえ。私の仕事と言ったら、この黴臭(かびくさ)い書庫の管理ぐらいだ。重要事項はすべてトロアスタらが決定し、モンパイがそれを王に伝える。私がこの国の(まつりごと)に介入する余地など、どこにもないのだよ」


 キルフォは吐き捨てるように言うと、話は以上だと言わんばかりに腰を上げた。そしてそのまま帰ろうと足先を扉の方へと向けた……が、アモンがその前に立ちはだかった。


「ならば卿はなぜ、小官について詳しいのですか?」


 アモンが訊ねると、キルフォの目の色が少し変わった。


「小官が初めて書庫(ここ)を訪れたとき、卿は天使になって日の浅い小官のことを知っていた。しかも相当に詳しく。それは、卿が情報を集めている証左では?」


「腐っても私は宰相だ。天使の情報ぐらい、仕入れずとも耳に届く」


「では書庫の入り口のとなり、台の上に置かれた新聞紙。今日が日付のアレも、勝手に入ってくる情報のひとつですか?」


「暇を持て余した老人の日課だよ。力になれず、申し訳ないね」


 悪びれることなく、キルフォはアモンの脇を抜ける。

 離れていく乾いた靴の音。その背中が書庫の扉へ迫ったとき、アモンがおもむろに口を開いた。



「魔女の遺産…………見つけたくありませんか?」



 ドアノブを握ろうとしたキルフォの腕が、時間が止まったように静止する。


「貴方がここの書物を見る瞳は、慈愛に満ちている。まるで子を想う親のように。そんな貴方が、もうひとつの書庫に興味を持たないはずがない」


 腕を下ろしたキルフォは、無言で振り返った。


「会話していて何となく分かりました。卿は魔女の書庫の中身を知らない。しかし、場所については……心当たりがある」


「なぜ、そう思う?」


「知人が教えてくれたのです。『キルフォ卿がある部屋の前で、じっと立っている姿を見た』。“彼”はこうも言っておりました。『その部屋は空き部屋で、誰も使っていないはずだ』とね」


 部屋の空気がピンと張り詰める。

 肌を刺す沈黙が、静寂にありながら暴風の如くふたりの間を流れた。衝突する視線は、まるで鍔迫り合いのようだ。


 やがて膨らんだ風船が破裂するときのように、ふたりは唐突に瞬きをし、そして同時に長い息を吐いた。


「…………その部屋に足を運んでみたのかね?」


「実を言えば、数日前からその部屋の存在には気づいておりました。南塔の六階の端の部屋、一見なんの変哲もない扉ですが、鍵の挿入口に特別な紋章が刻まれていました。あれに施されているのは、侵入者を拒む結界ですね?」


「左様。特別な鍵がなければ、あの部屋に入ることはまかりならん。まあ、君ならば力づくで入ることも可能だろうがね」


「それがそういうワケにもいかないのです。あの結界には感知型も併設されてますので、壊せばすぐにバレちゃうんですよ。卿の仰る通り、鍵がなければどうもこうも……」


 再びの沈黙。

 しかし先ほどの張り詰めたような空気はなく、すぐに弛緩した空気が漂う。


「ひとつ、取り引きといこうじゃないか。私が鍵の在り処を教える代わりに、君は書庫の情報を私に伝える。どんな書物が置いてあり、どんな内容が書かれていたのか。包み隠さずな」


「ふぅむ……小官には少し分の悪い取り引きのようにも感じますが……。まあ良いでしょう。卿にはこの書庫を使わせていただいた恩もありますので」


「ならば、取り引きは成立だ。言うまでもないことだが他言は無用。私から聞いたことは、口が裂けても漏らさないと誓ってもらう」


「承知しました。この秘密は、墓の中まで持参します」


 アモンが深く頷いた。

 それを見届けたキルフォは、周囲へ視線を走らせる。

 

 そして他に誰もいないことを改めて確認すると、静かに口を開いた。


「…………あの部屋が魔女の書庫である確固たる証拠はない。だが、他に思い当たる場所がない以上、その可能性は高いように思う」


「それは、卿がいままで調べてきたうえでの結論ですか?」


 キルフォが「ああ」と頷く。


「偶然だが、一度だけあの部屋から出てくる男を見たことがある。その際に、男は特殊な鍵を使っていた」


「特殊な鍵?」


「複雑な紋様の描かれた銀色の鍵だ。おそらく結界を解くための術が施されているのだろう」


「つまりあの部屋には、そこまでして封印しなければならない……何かがある?」


 アモンはメインディッシュを前にしたときのように、ゴクリと喉を鳴らした。そして数瞬の間を置いたあとで、待ちきれないとばかりに核心に手を伸ばす。


「部屋から出てきた男とは…………誰ですか?」


 葛藤か覚悟か、キルフォは視線を落とし息をひとつ吸った。

 さらにもう一度、室内を一瞥する。次にアモンに背を向け、書庫のドアノブに手をかけた。


 そして――――――


()()()()()()()()()()()()()()。それが鍵を持つ男の名だ」


 それだけを告げ、今度こそキルフォは部屋を去っていった。



ひとつ補足をいたしますと、アモンの語る“知人”はキナコたちに他なりません。

しかし、アモンは男から情報を得たように話しています。それは情報提供者を悟られないようにするための配慮なのですが、とても分かり難いのでここに補足しておきます。

m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ