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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第七章 躍動の魔人

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第268話 「努力の理由」


 勝負は一瞬で決着した。

 

「いやぁ、さすがお強い」


 飛ばされたアモンの木刀が、からからと音を立てて地面を転がった。

 それは即ち、この勝負の軍配がティオスの方に上がったことを示している。


 にも関わらず、勝者の表情はおよそ納得のいったものではなかった。


「ふ、ふざけん……!? あ……いや、その……いくら何でも、おふざけになっておりませんでしょうか?」


 頬を引きつらせながら、辿々(たどたど)しい敬語でティオスが不満を口にする。

 むしろ敗者であるアモンの方が、晴々とした表情をしていた。


「冗談ではありませんよ。小官は魔法のエキスパート、残念ながら剣技の方は不得手なのです」


「じゃ、じゃあ魔法を使えば良いじゃないスか」


「魔法を使っていない相手に、魔法を使って挑もうとは思いませんよ」


「うぐぐ……!」


 ぐうの音も出なくなったティオスは、不貞腐れた様子でアモンに背を向けた。エルブに慰めの声をかけられたものの、機嫌はまだまだ戻りそうにない。


 結局ティオスの機嫌は戻らぬまま、調練は終わりを告げた。




 その日の夜――――――


 自室で夕食を終え人心地をついたアモンは、ふいに面をあげた。


「しまった……忘却していた」


 食後にハーブティーをと思ったが、エルブから貰った香草入りの袋がどこにもない。思いつく場所といえば、ひとつしかなかった。


「あの記者が現れたドサクサで置いてきてしまったようですね。…………仕方ない、取りに行きますか」


 すでに外は漆黒の闇、そのうえ距離もある。

 しかし人からの貰い物を無下に扱うわけにもいかない。

 

 アモンはいつもそうするように窓から飛び下りると、再び北区へと向かった。


「ん?」


 調練場を訪れたアモンは、煌々と灯る篝火を見て首を傾げた。本日の調練は終わったので、もう兵士は誰も残っていないはず。袋を探すという目的を建前に、アモンは好奇心に誘われるように調練場の中へと足を進めた。


 すると奥の方に進むまでもなく、意外な光景がアモンの瞳へ飛び込んできた。



「ハァ!! ふっ! すぅ…………せいッ!!」



 気迫の声をあげながら木刀を振るうのは――――――ティオスだった。


 仮想の敵を相手に戦うその姿は、激しさもありながら流動的。篝火の灯りに照らされた横顔には宝石のような汗が浮かび、普段の幼い彼女とは違う、蠱惑的な美しさが宿っている。


 愚直なまでに鍛錬に励むティオスは、アモンが見ていることにも気づかぬほど真剣そのものだ。そのあまりに真摯な姿は、刹那の邪魔をするのも忍びない。アモンは眺めていたい気持ちを抑えつつ、静かに香草入りの袋を手に取った。


 そしてそのまま、その日は自室に戻り就寝するのだった。



:::::::::::::::::::::::



 翌日からは、見学する軍務もない完全なる休日。

 しかしアモンの足は、自然と北区の調練場へと向かっていた。


 そして予想通り、彼女はそこにいた。


「おらぁ! まだまだぁ!」


 ティオスは用事のない兵士たちを駆り出し、対戦式の訓練を続けていた。休日の、それも早朝に木刀を叩き込まれる兵士らには同情しかないが、対するティオスも体にいくつも生傷をつくっている。


「よっしゃ! そろそろ休憩にしようぜ!」


「ハァ……ハァ……助かったぁ」


 死屍累々となった蛇腹衆の間を通り、ティオスが休憩所へとやってくる。

 そして丸太の椅子に腰を下ろすアモンに気づき、小さく「あ」と声を出した。


「お疲れ様です。こちらどうぞ」


「ど……ども」


 差し出された手拭いをおそるおそる受け取り、辿々しい手付きで額の汗を拭う。しかしティオスの瞳は、いまだ複雑な色を浮かべていた。


「少しお話をしませんか?」


 アモンが訊ねると、困惑の表情がさらに濃くなる。

 しばしの葛藤を経由したうえで、ティオスは最終的に首を縦に振った。


「え、えっと……失礼します」


「普段通りの話し方で結構ですよ。人間、自然体が一番ですので」


「じゃあ……遠慮なく」


 借りてきた猫のように、ちょこんとアモンのとなりに座るティオス。

 エルブやシグオンがいるときと違って、心なしか大人しい印象を受ける。


「随分と熱心に修練に励んでいるようですが、蛇腹衆ではいつもこんなハードな訓練を行っているのですか?」


「いや、別にここまでじゃ……。その、いまが特別なんだ」


「特別?」


 アモンが聞き返すと、ティオスの顔がキッと引き締まる。

 そして遠い目をしながら、口を開いた。


「来週末に武闘大会がある。オレはそれで、どうしても活躍しなくちゃならねぇんだ」


「ほう? それまたどうして?」


「一年に一回の武闘大会は、エデン軍人にとっての晴れ舞台。オレたちは毎年、どこの軍が上なのかでしのぎを削りあってる」


「つまり、良い成績を残せば残すほど、所属している軍の格が上がる……と?」


 ティオスは力いっぱいに頷いた。


「オレが活躍すれば、それだけレトリア様の評価が上がる。去年はグラシャのヤツにボロボロにされたけど、今年は絶対にアイツに吠え面をかかすんだ!」


 右手の手拭いをぎゅっと握りしめ、ティオスは決意を固める。

 その瞳は火の魔法の如くメラメラと燃えていた。


「素晴らしい向上心ですね。頑張ってください、小官も応援しておりますよ」


「オレが好きでやってるんだから、褒められるようなことじゃ……」


 照れて声が尻すぼみになっていくティオスの左手に、アモンの右手が重なる。


「あ」


 ティオスが小さく驚きの声を漏らした直後、その体が淡い光に包まれる。数秒後には、先ほどまであった無数の生傷は、嘘のように消え失せていた。


「あ、ありがとう」


「いえいえ。小官にできるのは、このぐらいのものですから」


「さ、さぁて……訓練再開とするかぁ!」


 わざとらしく宣言したティオスは丸太から飛び降り、小走りで部下たちのところへと戻っていく。レトリアの為に頑張るその姿は、ルートミリアの為に努力していた誰かの姿と重なった。


 しかしアモンは首を左右に振ることにより、意図的にその感傷を頭から消し去る。


「もう少し見学して行きましょうかね」


 そう決めたものの、やはりひとりは寂しい。

 アモンは腰を上げると、調練場の隅にある人形置き場の方へと足を運んだ。


 ここには訓練で壊れてしまった人形や、折れてしまった木刀などが積み上げられている。いずれまとめて修復するものだが、そのいずれがいつ訪れるかは誰にも分からない。


「ごきげんよう」


 アモンが壊れた藁人形のひとつに声をかける。

 そして……少しの沈黙。だがアモンがその場を動かないことを察すると、藁人形はモクリと体を持ち上げた。


「………………どうして分かったんッスか?」


 藁人形の顔部分が開き、中からトリシーの顔が現れる。

 その表情は、とてもバツの悪そうなものだった。


「昨日『あきらめない』とおっしゃってましたので、どこかに潜伏してるだろうと。あとは魔法で聴覚を強化すれば、大体の居場所なら特定できます」


「ううむ、これは手強い……。わかりました、今日のところは引き上げますよ」


 トリシーは人形を脱ぎ捨て、丸眼鏡を胸ポケットから取り出し装着する。

 そして一礼し、調練場の出口へと向かった。


 しかしそのとき――――――


「よろしければ、ご一緒しませんか?」


 哀愁の漂うその背中へ、アモンが声をかけた。

 虚をつかれた顔をして振り返るトリシー。


 アモンは優しく微笑みながら、


「小官も、あなたに聞きたいことがありますから」

  

 五指で仮面を撫でるのだった。



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