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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第七章 躍動の魔人

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第267話 「隠れし影」


 青一色で染め上げたような快晴。

 北区の調練場では、早朝から大勢の兵士たちが戦闘訓練に励んでいた。


 一対一の実戦を想定した訓練だが、使用している剣や槍は先端が木で作られた訓練用。しかしそれでも、怪我を負う者が後を絶たなかった。


「おらぁ!!」


「ぎゃあ!!!!」


 ティオスの木刀で横腹を打ち据えられ、また兵士のひとりが病舎へと送られる。怪我人のほとんどは、機嫌の悪いティオスの相手をしている者たちだった。


「次ぃ!! って、誰もいねぇじゃねぇか!?」


 進んで怪我をしたいはずもない。

 蛇腹衆の面々は、我先にとティオスから離れていった。


「ちぇ! 意気地なしが!」


 戦う相手がいなくなったので、ティオスは仕方なく野外の簡易的な休憩所へと足を向ける。そこでは丸太の椅子に腰を下ろしたエルブとシグオンが、紅茶を啜りながらティオスの帰りを待っていた。


「実に暴力的。野蛮な隊長を持った部下たちが可哀想でござるな」


「もう少し、手心を加えてあげてもよろしいのに……」


「キィキィ……ウッキキ、キィ」


「うるへー!! 誰のせいでこうなったと思ってんだ!?」


 ふたりと一匹になじられ、ティオスはさらに激昂する。

 というのも、アモンの正体を暴く仲間のはずだったふたりが、(ことごと)く懐柔された。


 しかもそれだけでなく――――――



「拙者オススメの菓子でござる。アモン様は特別に味見しても良いでござるよ」


「こちらはわたくしの作ったハーブティーですわ。お菓子にも合いますので、どうぞアモン様。乾燥させた葉もありますので、よろしければお持ち帰りくださいませ」


 渦中の男であるアモンは、ふたりに挟まれるように腰を下ろし、両手に花という言葉を体現している。目上のアモンに対して直接の文句は言えないので、ティオスはへそを曲げることしかできない。その事実がまた、ティオスの鬱憤に拍車をかけた。


「その小さな体で大の男をばったばったと、いや~大したものだ」


「…………どうも」


「ダメでござるよアモン様。ティオに()()()は禁句でござる」


「う、うるせぇ! お前にだけは言われたくねぇよ!」


 バチバチと火花を散らせるシグオンとティオス。

 アモンはその光景を微笑ましく眺めたあとで、エルブの方へ顔を向ける。


「このふたりは、いつもこのような感じで?」


「ふふ、宿り木の家でもケンカばかりしてましたわ。それをレトリアとわたくしで仲裁して……。でも誤解はしないでください、仲が悪いわけではありませんの」


「大丈夫ですよ。見てればわかります」


 ふたりのケンカは気心の知れた者同士でするような、ある種の信頼の上で成り立っている。見ていれば、それがひしひしと伝わってきた。


 ふと魔王の姫姉妹たちの姿がアモンの脳裏を過るが、それは瞬く間に霧散し、欠片ひとつ残さず消滅する。


「アモン様なら、ティオなんて片手で一捻りでござるよ」


「あんだとぉ!! じゃあ試してみようじゃんよ!!」


 いつの間にか、話の雲行きが怪しくなっている。

 呆れたような顔をするエルブの前を、ティオスがどすどすと地面を踏み鳴らしながら通り抜けた。そしてアモンの前で足を止めると、無遠慮に木刀をぐいと差し出す。


「アモン様! オレと勝負してくれ!!」


「ええ、構いませんよ」


 作法も何もなく、ぶっきらぼうに言うティオス。

 しかしアモンはふたつ返事で快諾する。「あくまで訓練というカタチですが」と前置きし、アモンはティオスから木刀を受け取った。


「ですがその前に、少しお時間よろしいですか?」


「時間? まさかトイレってんじゃ――――――」


 不服そうに漏らすティオスの眼前を、黒い何かが凄まじい速度で横断していく。それが果てしなく伸びるアモンのマントだと彼女が認識したとき、マントは兵舎の影に隠れる男の体を捕らえていた。


「なんじゃこりゃあ!?」


 伸びたマントの先で縛り上げられた男は、驚愕の表情のまま皆の前にずるずると連行される。トライデントの三人も、面を食らった顔で不審な男の姿を見つめていた。


「んだこいつ? 見ねぇツラだな」


「ここは軍関係者しか入れぬ場所。しかし、どう見ても民間人でござるな」


 シグオンの言う通りだった。


 チェックのベストとパンツに、頭にはシックな色のハンチング帽。丸眼鏡をかけ、顎に無精な髭を生やしてはいるが、年齢はそこまでいっていない。細身の体格も相まって、軍人にはとても見えなかった。


「おい、おっさん。ここは立ち入り禁止だぜ?」


「お、おっさんじゃないッス! おれっちはこう見えても二十五才……ってそれより、コレを外してもらって良いスか? おれっちは無実ッス!!」


 男がジタバタと暴れる。

 仕方ないので、アモンは男の拘束を解いた。

 体表を覆う魔素から、そこまで危険ではないと判断したのだ。


「あ~ビックリした……でも貴重な体験ができたのでヨシとするッス」


 男は服の砂埃を払い落とし、やれやれとため息を吐く。

 その姿をまじまじと眺めていたアモンは、気になっていたことを口にした。


「あなた昨日も隠れて見てましたよね? あれはそう、確か宿り木の家の近くで……」


「ええ!?」


 エルブが『気づかなかった』と言わんばかりに、驚きを露わにする。

 しかし男は特に慌てることなく、むしろニヤリと笑ってアモンの方を見た。


「おれっちとしたことが、気づかれていましたか。へっへっへ、さすがは天使様!」


 男は分かりやすく煽てると、懐から小さな紙切れを一枚だけ取り出した。

 それはアモンにも……いや、稲豊にも見覚えがあるものだった。


「おれっちはこういうモノでございます」


 男がそう言って差し出したものは、名刺だった。

 名刺には『トリシー新聞社 広報担当 トリシー』と書かれている。


「変な紙切れでござるな。自分の名くらい、口に出した方が早いでござるよ」


「そんな身も蓋もない……!」


 憤慨するトリシーだが、アモンの視線を奪ったものは名前ではなく、その肩書きにあった。


「トリシー新聞社? では新聞を発行しているのは……」


「おれっちです! と言いたいところですが、残念ながら殆どの記事を作っているのは先代トリシー。つまりはおれっちの親父。で・す・が! 情報の収集をしたり、インタビューをしたりなんかはおれっちの担当! あのエデン国王の演説装置も、おれっちがセッティングしたんスよ!」


 トリシーは鼻を高くして、ふんぞり返った。


「なるほどな! 訓練中のオレたちの勇姿を記事にしにきたってワケか!」


「まあそれもあるんスけどね、一番(メインディッシュ)はやっぱり……へっへっへ」


 怪しげな笑みを漏らすと、トリシーはどこからともなく羽根ペンとメモ用紙を取り出す。そしてナイフのように細く鋭い瞳を、アモンの方へと向けた。

 

「素性、経歴、能力のすべてが謎! 突如として天使の座に君臨した黒衣の紳士!! いまや我々トリシー新聞社だけでなく、エデン全土がアモン様の話題で持ち切りなんッス!!」


 トリシーの羽ペンを握る手に熱がこもる。

 

「失礼ですが、アモン様のことは調べさせてもらいました。飛んでる虫の生い立ちさえ調べあげるトリシー新聞です…………が! 我々が総力をあげたにも関わらず、何ひとつ判らない!! これまでのアモン様を知っている者は、誰ひとり見つかりませんでした!!」


 お手上げのポーズをするトリシーに、アモンの正体を知りたかったティオスも落胆の表情を見せる。


「なので最後の最後の最終手段! アモン様から直接お話を伺いたいなと、こうしてやってきた次第でございます!!」


 熱く語るトリシーとは対照的に、周囲の空気は冷えていく。

 どれだけの情熱があろうと、彼が部外者であることに変わりはないのだ。


「なるほど。話は理解したでござるが、さっきも言った通りここは民間人の立ち入りは禁止。さあ帰った帰ったでござる」


「あ! そんなここまで来て殺生な!?」


 シグオンに背中を押され、退場していくトリシー。「おれっちは絶対にあきらめませんよ!」という捨て台詞を残して、男の姿は完全に見えなくなった。


「なんというか、大変そうな人に目を付けられてしまいましたわね。アモン様、よろしければわたくしの方から、詮索はご法度と通告いたしましょうか?」


「お心遣いありがとう。しかし、それには及びません。小官にはやましい部分など、ひとつも無いのですから」


 アモンはそう言いつつ、握ったままだった木刀を持ち直す。

 そしてティオスの方へ顔を向け――――――



「お待たせしました。それではさっそく、勝負といきましょうか?」



 散歩でもするような気軽さで、そう口にするのだった。



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