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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第七章 躍動の魔人

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第265話 「宿り木の約束」


「申し訳ございません。天使様がいらっしゃるのに、寄り道なんて」


「構いませんよ。小官はいないものと思って、普段どおりに過ごしてください」


 早朝、エルブがアモンと共にやってきたのは、東区にある孤児院だった。入り口の門には、【宿り木の家】という看板が掲げられている。


「神咒教の施設……。戦災孤児などを保護し、衣食住を提供している。確か、貴女たちトライデントの出身施設でしたっけ?」


「あら……レトリア様からお聞きに? それともシグかしら。仰る通り、わたくしたちはここで育ちました。だから、軍務の前にはなるべく立ち寄るようにしていますの」


 エルブが懐かしそうに、遠い目をした。

 すると同時に、孤児院の玄関の大扉が勢いよく口を開ける。


「エルねぇちゃんだ!」

「エルお姉さま!」

「きょうはティオいないの?」


 白いローブに身を包んだ子供たちが、扉から次から次へと飛び出してくる。無邪気な笑顔の子供たちで、ふたりの周りはいっぱいになった。


「あれぇ? このひとだあれ? 変なかお~」

「ほんとだー! こわいかお…………」


 アモンに気付いた子供が、警戒の眼差しを向ける。

 それは子供にとって当然の反応に違いなかったが、その小さな頭に軽いゲンコツが落ちた。


「こら! 新しい天使様でしょ! 失礼なことを言っちゃいけません!」


 年長の少女が、年少の子供たちを叱る。

 すると先ほどのふたりは深々と頭を下げ、アモンに「ごめんなさい天使様」と泣きそうな声で謝罪した。


「構いませんよ。それぐらい元気な方が、子供らしくて良いのです」


 アモンは屈み込み、ふたりの頭を優しく撫でる。

 すると子供たちは顔をパァと明るくし、再び笑顔を浮かべるのだった。


「ん?」


 そんな折、エルブの矢のような視線がアモンに刺さる。

 気になったアモンは立ち上がると、「どうかしましたか?」と彼女へ訊ねた。


「あ、いえ……お気にしないでくださいませ」


 エルブは頭と手を振ると、子供たちへ顔を戻す。


「ごめんなさい。今日は西棟に用事があるから、遊ぶのはまた今度ね?」


「はーい!」


 子供たちは聞き分けよく、思い思いの場所に散っていく。

 ようやく歩けるようになったアモンは、エルブの案内で孤児院の中へ入っていった。


 勉強用の教室や食堂を素通りし、西棟と書かれた扉を通り抜ける。

 長い渡り廊下の先に見えてきたのは、白く清潔そうな部屋だった。


「…………ここは」


 部屋に入るなり、アモンが目を細くする。

 そこはいくつものベッドが並ぶ、しかし誰もが見覚えのある部屋だった。


「みんな、良い子にしてましたか?」


 ベッドの数は全部で十床。そしてその上には、横になる孤児たちの姿。

 彼らはエルブの言葉を聞き、ゆっくりと体を起こし始める。辛そうに上半身を持ち上げる姿が、とても痛々しい。


「病室……ですか」


「いいえ、ここは()()()()()()。この“ひみつきち”の、重要拠点ですわ」


 エルブは優しく微笑むと、いつもそうするように、今度はその笑顔を子供たちへと向ける。そしてベッドに近づき、他愛の無い会話をしてまわった。アモンは彼女の献身的な姿を見て、“病室”や“孤児院”という表現を、敢えて避けているのだと理解する。


「うえ~! またこのおくすり?」


「苦い薬ほど効果があるの。また歩けるようになりたかったら、がまんがまん」


「…………は~い」


 一通りのベッドをまわり、エルブは入り口のアモンのところへ戻った。そして子供たちの耳へ入らないように、囁くような小さな声で言った。


「この子たちは、魔素疾患(まそしっかん)を患ってますの」


「魔素疾患?」


「はい。体内で魔素を上手く活性化できず、手や足などが思い通りに動かせなくなる難病ですわ。精神的な外傷や遺伝、治癒または修復魔法の後遺症などが原因と考えられていますけど、はっきりとは分かっていません」


「なるほど、それは難儀な」


 子供たちは一見、どこにでもいる普通の子供たちと変わらない。しかしその表情には、どこか影を感じずにはいられなかった。アモンはおもむろに歩きだすと、一番近くにいたおかっぱ頭の男児のベッドへ近づき、男の子の頭へ左手を添えた。


「え? え?」


「君の名前はなんですか」


「え、えっと…………セムラ……」


 混乱する男の子(セムラ)

 しかしアモンは意に介さず、瞳を閉じて魔素を左手に集中させる。


解析魔法(ルクタ・プセレ)


 左手から放たれた魔法が、水色の波紋となってセムラの全身を通り抜ける。それを三回ほど繰り返したあとで、アモンはゆっくりとおかっぱ頭から手を離した。


「アモン様、あの……」


「シッ」


 エルブが恐る恐ると話し掛けるが、アモンは人差し指を立ててそれを遮る。

 そして次にセムラの右手をとって、静かに顔を寄せていった。


「わっ!」


 アモンに手の甲を舐められ、セムラは驚きながら手を引いた。

 その顔は、クエスチョンマークでいっぱいになっている。


「驚かせてしまって申し訳ございません。お詫びといってはなんですが、何か欲しいものはありませんか? 小官が持ってきてあげましょう」


「え? な、なんでも……いいの?」


 セムラは驚きながらも、少し表情を緩めた。

 そして少し俯いて考えたのち――――――



「六つ葉のトレーフルがほしい」



 アモンの目をまっすぐに見つめ、はっきりと答えた。

 

「六つ葉のトレーフル? なんですかそれは?」


「見つけたら幸せになれる、という言い伝えのある花の葉ですわ」


「なるほど、願掛けのようなものですか。確か、いまから向かう場所は南西の森でしたよね?」


 薬草の採集と、南西にある森林の動植物の調査。

 それはこの孤児院に来る前に伝えられた、エルブの本日の軍務だった。


「わかりました。探して持ってきてあげましょう」


「ほんとうに! やったぁ」


 アモンが快諾すると、セムラはようやく子供らしい笑顔を浮かべた。

 しかし対照的に、エルブの表情はどこかぎこちない。ふたりは軍務後にまた寄ることを子供たちに約束し、西棟をあとにする。


 孤児院の長い廊下で、エルブは複雑な顔をアモンに向けた。


「…………失礼を承知で申し上げますが、セムラとの約束を果たすのは難しいかと思いますわ」


「なぜです?」


「トレーフル自体は森によく自生しているのですが、トレーフルは本来が三つ葉。六つ葉というのはとても貴重なもの……いいえ、ほぼ迷信に近いものなのですわ」


 エデンの森を繰り返し調査しているエルブでさえ、いままでお目にかかれたことはない。それを今日一日で見つけるなど、不可能に違いない。約束が果たされず悲しみに暮れるセムラを想像し、エルブは複雑な表情を浮かべた。


「知っておりますよ。昨夜、書庫で【エデン野花大全】という図鑑に目を通しましたから」


「で、でしたら……なぜ?」


「天使というのは、古来より奇跡と抱き合わせて存在しているのです」


「…………はぁ」


 要領を得たような、得ないような。

 釈然としない様子で、エルブは首をひねるのだった。


 廊下を抜けたふたりは、子供たちの見送りを背に受けながら宿り木の家を出る。そして本日の軍務に従事する兵士らと合流するため、南西の門を目指して歩き始めた。


 そのときだった――――――



「…………うん?」



 アモンが唐突に、足を止める。


「どうかなさいましたか?」


「…………いいえ、気のせいでしょう」


 エルブの問いにそう言い切ったものの、アモンは確かに見た。

 自分たちを遠巻きに眺める、何者かの影を。その気配はアモンが足を止めるや否や、何処(いずこ)へと去っていった。


 確実ではないが、アモンにはその影は――――――男だったように感じられた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回のキーワード 海洋深層水 [気になる点] エルブがアモンを連れて普段通りに孤児院に寄ったこと。敢えて普段通りに振る舞う事で怪しまれないようにしているのでしょうが、少し危うさを感じました…
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