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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第七章 躍動の魔人

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第263話 「ニライカナイ」


「この村の査察が本日の任務でござる」


 アート・モーロから、馬で南に数時間。

 目的の村は、ようやくアモンとシグオンの前に姿を現した。


「なんというか……閑散としておりますねぇ」


 そんな感想が口をついて出る。

 それほどまでに、アート・モーロと比べ、寂れた雰囲気の漂う場所だった。


 色味のない家がぽつぽつと離れて建ち、人は探さねば見つからないほど数が少ないうえに、その格好はお洒落とは程遠く、中年や老人の姿ばかりが目に入ってくる。

 

「何も無い所でござろう? ここは【ニライカナイの村】。()()()()の為に創られた村で、活気とはあまり縁のない場所でござる。『退屈な村だ』と、アート・モーロの住民も近づきたがらない場所でござるな」


 馬を降りながら、シグオンが言う。

 しかし彼女の言葉とは裏腹に、アモンは瞳を輝かせていた。


「退屈? とんっっっでもない! 小官の胸は先ほどから小躍りしておりますよ。長閑(のどか)な雰囲気も()ることながら、何よりここでは()()を行っている!!」


「そ、そうでござるか。アモン様は変わったお方でござるな」


 歓喜のポーズを決めるアモンに、シグオンはたじろぐ。

 そして薄っすらと目を細めたかと思うと、とある質問を口にした。


「それにしても、アート・モーロに居ながらこの町の情報に疎いとは……。アモン様は、いままでどこに住んでいたのでござるか?」


「そうですねぇ。深くて暗く、近くて遠い。そんな場所ですかね」


「え、えらく抽象的でござるな…………」


 シグオンは困惑した表情を浮かべるが、アモンはどこ吹く風。とりあえず馬を屯所に預けたふたりは、目的の場所を目指すことにした。


「おっとそうだ」


 と、思い出したようにシグオンが胸元を開ける。

 すると小猿が顔をぴょこんと覗かせ、次の瞬間には背中に生えた小さな翼で、空高く舞い上がっていた。


「あまり遠くへ行ってはダメでござるよ? お前は方向音痴でござるからな」


「キッキキィ!」


 シグオンの飼い猿、エテ吉は嬉しそうにいずこへと飛んでいく。その小さくなっていく猿の後ろ姿を見て、アモンはぽつりと呟いた。


「あの猿、やはり()()()()()の……」


「ん? 何か言ったでござるか?」


「いえ、取るに足らないことです。さあ善は急げ! 行きましょう!」


「あ!? ま、待つでござる」


 いきなり駆け出したアモンのあとを、シグオンは首を傾げながら追いかけるのだった。



:::::::::::::::::::::::



「ほぉ~~~~~! すんっっばらしい!!!!」


 大仰に両手を広げるアモンの眼前には、見渡す限りの大海原。


 砂浜に押し寄せるさざなみの音は耳心地が良く、全身を撫でる風は気持ちが良かった。白い砂浜と青い空のコントラストは、南の島の楽園を彷彿とさせる爽快さだ。


「アモン様は海を見るのは初めてでござるか?」


「いいえ。しかし久しく見てませんでしたので。泳いでいる市民は――――残念! 見当たりませんねぇ」


「この時期に泳いだら寒さで凍死しかねないでござるよ。まぁ、泳いでいないのはそれだけが原因ではないのですが……。さ、漁場はこの先でござる」


 含みのあるシグオンの物言いに、どこか引っ掛かりを覚えるアモン。

 だがその理由は、漁場を訪れたときに明らかとなった。


「今月も……漁獲量は(かんば)しくないでござるな」


 漁場の責任者から書類を受け取るなり、シグオンは不満気にそう漏らした。気になったアモンが横から書類を覗き見ると、たしかに漁獲量は年々と減ってきている。特に最近の減りようは、目も当てられないほどだった。

 

「申し訳ないです。これでも努力はしているのですが…………」


「責めているワケではござらん。理由なら委細承知でござる」


 平謝りする責任者に、シグオンがいやいやと首を振る。

 ふたりはそのまま、書類の中身についての会話を始めた。


 手持ち無沙汰となったアモンは、好奇心から周囲へと目を走らせる。すると桟橋の上で海を眺める、数名の男の漁師を見つけた。


「どうも皆さんコンニチワ!」


「わっ……なんだオメェ!? 仮装大会でもやってんのか」


 元気よく話し掛けるが、中年の漁師は怪訝そうな顔を返した。

 しかしアモンは引くことなく、むしろずずいと漁師に顔を寄せる。


「小官のこと、ご存知でない?」


「し、知らねぇよオメェのことなんて。変な奴だな」


「なるほど。まぁ、昨日の今日ですからね。通達が届いていなくても、仕方がないので仕様がない」


 うんうんと勝手に納得したアモンは、次に桟橋に留めてある漁船へと目をやった。漁獲量が減っているというのに、船はゆらゆらと呑気に揺れている。


「こんなに好天に恵まれているのに、今日は漁をしないのですか? 小官は魚が食べたいのですが!」


「ああ? アンタなんも知らねぇんだな。したくても出来ねぇんだよ」


「できない?」


 苛立つ漁師の返答は、要領を得ない。

 なのでアモンが別の漁師へ顔を向けると、その漁師はため息を混ぜながら口を開いた。


「最近……って訳でもねぇけんど、魔獣がこの辺りの海に住み着いてな。船を出すたんびにやってきで、網を破っだり船を沈めだり」


「今月に入っで、もう五盃(ごはい)はやられだ。漁師も何人も喰われだ。このままじゃ、おまんまの食い上げだっぺよ」


 よほど鬱憤(うっぷん)が溜まっているのか、他の漁師も吐き捨てるように言った。

 

「海に魔獣ですか」


「仕方ねぇがら、いまは……ホレ。あすこで塩をつぐることしかできねぇのよ」


()()!? 塩があるのですか!?」


「あすこでな、海水を濾過して煮詰めとんのよ」


 アモンは目を丸くし、漁師が指差す方向へ目をやった。

 そこには巨大なレンガ造りの建物があり、煙突からは白煙が尽きることなく立ち昇っている。


「塩は超希少品だから欲しくなるのも分かるが、止めとけ。すべて王への献上品だ。おれら庶民は、手ぇつけるだけで死罪になる」


「一摘みつぐるのに何日も掛がるんだ。そもそも在庫がねぇっぺよ」


「あれだけ大掛かりな施設がありながら、たったそれだけ? 妙ですね」


 辛気臭い表情の漁師たちに背を向け、アモンは桟橋の端まで移動する。そこで深く屈み込むと、アモンは右手を海水へ漬けた。針で刺すような冷たさが、手袋越しに伝わってくる。


「どれどれ…………あむ」


 そしておもむろに、アモンは海水へ漬けた人差し指を口へ入れた。

 その瞬間、様々な情報がアモンの脳内に浸透していく。


「――――――なるほど、そういうことですか」


 怪訝そうな顔をする漁師たちを尻目に、アモンはひとり納得して呟いた。

 地球の海の塩分濃度は、場所にもよるが(およ)そ3.4~3.5%と言われている。魔神の舌によって判明した、この世界の海の塩分濃度は――――――



「約0.001%以下…………ほぼ真水ですね。信じられない」



 海なのに、その成分は海ではない。

 アモンはここが地球とは違う(ことわり)で成り立っていることを、今更ながら痛感した。


「お待たせしたでござる」


 話を終えたシグオンが、桟橋へやってくる。

 アモンはそこで、気になる質問を投げ掛けてみることにした。


「漁獲量の減少は魔獣のせいなのでしょう? なぜ退治しないのですか?」


 すると目に見えて、シグオンの表情が曇った。

 いや、シグオンだけではない。周りの漁師たちも、皆が似たような顔を浮かべている。


「……退治しようと、すでに色々と手は尽くしたのでござる。しかし相手は数も多く、海中を自由に泳ぎ回るため仕留めるのも難しい。囮の船を出し何匹か倒したこともあるでござるが、魔獣の親玉が次から次へと子を産み、手がつけられないのでござるよ」


「ふぅむ、それは難儀な」


 シグオンのため息に、漁師たちのため息も重なった。漁場全体に、半ば諦めのムードが漂っている。


 漁師たちの鬱蒼(うっそう)とした顔、顔、顔。

 その原因が分かったいま、アモンは手を打ち合わせ、あっけらかんとした表情で言った。


「わかりました。なら、魔獣を退治してしまいましょう! 小舟を一艘、貸していただけますか?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 塩に関する謎が明かされた事。この世界には海が無いのでは、と予想してました。こうなると岩塩の採掘も絶望的ですね。 ちなみに、もう一つ予想していることがあります。これは物語の核心に関わる事かも…
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