第262話 「秘密の作戦会議」
燭台の灯りだけが怪しく揺らめく小部屋。
暗闇に浮かび上がった桃色の髪の少女は、部屋中央にあるテーブルに両肘を立て、両の手を口元に持ってきた状態で口を開いた。
「緊急作戦会議を始める」
大きな色眼鏡をかけた少女の、厳かな声が小部屋に反響する。
そしてその声に呼応するかのように、もうひとりの少女の姿が浮かび上がった。
「いや、初耳でござるが」
ポニーテールの忍び装束の少女の、緊張感のない声が小部屋に木霊する。
そしてその声に呼応するかのように、別の少女の姿が浮かび上がった。
「穏やかではなさそうですわね」
長髪長身のおっとりした少女の、困ったような声が小部屋に響く。
計三名。小さなテーブルを囲むように座っているのは、三叉の矛の三人だった。
桃色髪の少女ティオスは、わざとらしい咳払いをひとつ漏らす。
「本日の議題は【レトリアに忍び寄る魔手をどうするか?】というものだ。今日未明、怪しい仮面の男がリアに接触するという事案が発生した。我々は早急に、事態の解決にあたらねばならない」
「何事かと思ったら、くだらぬ」
「確かに不思議ではあったけど、天使様に限って考えすぎだわ」
「ま、まったまった!」
帰ろうとするふたりの服を、ティオスが慌てて掴んで阻止する。
そして再び椅子にかけさせると、迫真の表情を近づけた。
「だっておかしいじゃん! すげぇ魔法使いってんなら、オレたちだって名前くらいは知ってるはずだろ!? アモンなんて名前、いままで聞いたことあったか!?」
「まぁ、その点は拙者も奇妙に感じてはいたでござる。器測定の時期でもないのに、天使が降臨するのは珍しいでござる」
「そうねぇ。たしかに噂でも、そんな魔導士がいるなんて聞いたことがないわね」
「そうだろそうだろ!」
表情をぱっと明るくさせたティオスが、何度も頷く。
そして色眼鏡をくいと持ち上げ、右手でドンと机を叩いた。
「イイのか!? リアがどこの馬の骨とも分からない野郎に騙されても! 夜の街を遊び歩く不良娘になったとしても!!」
「ま、まさか……リアがそんな…………」
エルブとシグオンは、嫌な想像をして表情を曇らせた。
いつものティオスの早とちりに違いないが、万が一の可能性もある。アモンの素性には、謎が多いのも確かなことだった。
「して、何か妙案でもあるのでござるか?」
シグオンが訊ねると、ティオスは不敵な笑みを浮かべた。
「なぁに簡単だ! 野郎の素性がよく分かんないのなら、オレたちで暴いちまえばイイ!」
「暴く?」
「そう! 野郎は明日からオレたちの仕事を見学する予定になっている。そこでオレたちは、ヤツの本性を暴くべく暗躍するのだ! 名付けて『深淵を覗く者は、自分も覗かれている』作戦だ!!」
「拙者たちの仕事を深淵と表現するのはいかがなものか? しかし、ちょっと面白そうでござるな」
取調室に押し込み、無理やり聞き出す訳ではない。
ただ少し、調査をするだけのこと。
シグオンとエルブは顔を見合わせ、互いの意思を確認するようにコクリと頷いた。
「よっしゃあ! できたら天使になった経緯とか、出身地とか知りてぇな」
「拙者は神籬の力が知りたいでござるな。どんなとんでも能力なのやら」
「そういうのも気になるけど、やっぱり一番は…………アレね」
「ああ、やっぱアレだな」
今度は三人で顔を見合わせ、再び頷く。
それだけで、三人は自分たちの思考が一致していることを理解していた。
「明日ヤツが見学するのは、シグ……お前の隊だったよな?」
「フッ…………合点承知の助でござるよ」
シグオンは静かに立ち上がると、キリッと鋭い表情を浮かべた。
そして――――――
「拙者は忍、諜報活動は朝飯前。色々と探ってみるでござるよ。むろん、あの仮面の下の顔もでござる」
「ヒューヒュー!」
「やんややんや」
心をひとつにするトライデントの三人。
同時刻、裏でそんな作戦会議が開かれているなど露とも知らないアモンは、ガーデン・フォール城の私室で暇を持て余していた。
「ん~? どうぞ」
扉をノックする音を聞き、返事をするアモン。「失礼します」と入ってきたのは、使用人のキナコだった。
「しょ、食器をお下げにきました」
「ご苦労様です。シェフにディナーも素晴らしかったとお伝えください」
「は、はい!」
キナコは緊張した面持ちで、押してきたワゴンの上へ空の食器を並べていく。
「おっと、そうだ」
「は、はひ!? なんでございましょう!?」
声をかけられ、比喩ではなく飛び上がるキナコ。
アモンはいささかのやり辛さを感じながらも、穏やかな口調で少女に訊ねた。
「なにか暇を潰せるような場所……そう、書庫なんかはこの城に無いのですか?」
「ああ、ありましゅ! じゃなくて、あります!! 西塔一階の礼拝堂のとなり……です」
「そうですか。ありがとうございます」
丁寧な辞儀をして去っていくキナコを見送ったあとで、アモンも続くように部屋をあとにした。そして教えられた通り、西塔の一階を目指す。ほどなくして、書庫は拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
大きな観音開きの扉を開き、書庫内へ足を踏み入れる。
「ほぉ~! これはこれは」
書庫をひと目見たアモンは、感嘆の声を漏らした。
見渡す限りの本の密林。吹き抜けの二階部分の壁まで、すべて本棚で埋められている。
規則正しく並ぶ本棚は、本の種類毎に数十にも分類されており、児童書から戦略書まで幅広く置かれていた。
「素晴らしい。開いた口へ牡丹餅。これも日頃の行いでしょうかねぇ?」
夜も遅いせいか、人の気配はない。
アモンはルンルンとスキップをしながら、どの本を読もうか吟味していく。
「魔導書なんかもあるんですねぇ。おお、料理本も想像以上! う~む、歴史書も実に興味深い。ああ、どれから読もうか悩みます。いっそのこと、すべて読んでしまいましょうか? いったいぜんたい、何冊あるのやら」
そんな歓喜の独り言を呟いていた、そのときだった――――――
「およそ三万といったところだ」
暗がりから突如、何者かの声が飛んでくる。
アモンは滑らせるように、声の方へ視線を走らせた。
すると本棚の間から、ひとりの男が姿を現す。薄茶色の髪に、長い顎髭。深く刻まれた顔の皺から覗く瞳は、蛇のように鋭く冷たい色をしていた。男の着ている豪華なローブから、かなり上の階級であることが窺える。
理知的という意味では一緒なのだが、捕らえ所のないトロアスタを紙に例えるなら、男からは石のような硬い印象を受けた。
「ここにはエデンの知識と歴史、そのほとんどが集約している。魔王国の書庫よりも上等だろう?」
男は嫌らしく笑い、愛おしそうに書庫内を眺めた。
そして再びアモンへ目を落とすと、誂うような声で訊ねる。
「魔王の姫君達は健在だったかね? 君は随分と身近で見てきたようだが?」
「…………さぁ、小官には分かりかねますねぇ」
「そうか、まあいい。この書庫は天使ならば貸出しも自由だ。好きに使うといい」
男は話は終わったと言わんばかりに、アモンの脇を通り抜け扉へ向かう。その後ろ姿を眺めていたアモンは、男の不遜な態度に、唐突に意趣を返したくなった。
「魔物のことならば、貴方の方がよく分かるのでは?」
男がピタリと足を止める。
そして鉛のように重苦しい沈黙。
だがそれも長くは続かなかった。
男が何も語ることなく、そのまま扉を潜り去っていったからだ。
書庫にひとり残されたアモンは、仮面を五指で撫でてから言った。
「最悪の犯罪者、“キルフォ・ルヴィアース”。エデンに亡命したというのは、本当だったようですね」
書庫の本の数に無理があったので
三十万 → 三万
に修正しました。m(_ _)m




