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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第七章 躍動の魔人

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第261話 「天使の行う悪魔の教示」


「気になりますか? この仮面の下が」


 一秒にも、永遠にも感じられる時間の中。

 アモンはゆっくりと、偽りの仮面へ指をかけた。


 しかし、そのとき――――――

 


「申し訳ございません!」



 アモンの言葉を遮るように、ひとりの兵士が声をかけてきた。

 

「えっと、どうかした?」


 レトリアが訊ねると、兵士は顔をレトリアにではなく、アモンの方へと向ける。そして敬礼をしながら言った。


「新天使のアモン様は、類稀なる魔法の使い手だと聞き及んでおります。よろしければ我々にひとつ、ご指導をお願いできませんでしょうか!」


「な、何を言っているの。アモン殿は天使になったばかりで、指導なんて――――――」


 兵士の顔には、どこか懐疑的な色が含まれていた。

 そのことからも、彼が求めているがただの()()ではないことが窺える。アモンはくっくと笑い、仮面を右手の五指でなぞってから言った。


「どうやら神咒教徒らと一般兵士たちでは、天使の()()()が少し違うようですね。実力を目の当たりにしなければ、若輩者は認められない……といったところですか」


 その言葉を証明するかのように、兵士がひとり、またひとりと集まってくる。

 やがてアモンの前は、調練に参加していた兵士で溢れかえっていた。


「よろしい。小官の(つたな)い知識で良ければ、喜んでお教えしましょう」


「ご、ごめんなさい!」


 本当に申し訳無さそうに頭を下げるレトリアに、アモンは「大丈夫ですよ」と、手をひらひらと振った。


「さて小官が教示する前に、皆さんの魔法についての知識・訓練方法などを教えていただけますか?」


 アモンが訊ねると、兵士の中のひとりが身を乗り出した。


「はッ! 魔法を使用するにあたり、大切なのは想像力。我々、魔導部隊は、日夜瞑想に耽り、想像力を鍛えております!」


 身を乗り出した兵士がそう主張すると、他の兵士たちも同調するように頷いた。そして今度は、先ほどとは別の兵士が口を開く。


「水や火の性質を理解するため、魔導書だけに限らず、自然書にも目を通しています。それに加え、強化魔法の担当は人体学についても精通しております!」


 兵士は自信に満ちた顔を覗かせた。

 他の兵士たちも、やはり同様の表情を浮かべている。


 彼らの自信を裏付けるのは、愚直なまでの勤勉さ。アモンは拍手で兵士らの努力を称賛し、「ブラボー!」と感嘆の言葉を贈った。


「魔法の何たるかを、よく理解しておられるようですね。如何に()()()イメージできるか? それが魔法の精度を左右しているといっても過言ではありません」


 得意気な顔をする兵士らの前を、アモンが感心しながら横切って歩く。

 そして夜間訓練用の(かがり)の前で足を止めた。


「正確にイメージするのに必要なのは、知識と体験! 例えば、氷という存在をまったく知らない者が氷魔法を使ったとしても、あの芯まで凍るような冷たさは再現できません。そしてそれは、火魔法でも同様です」


 アモンは喋りながら、篝の足元に置いてあるバケツに右手を入れ、中から火の魔石の欠片(かけら)を何個か拳に握り込んだ。そしておもむろに、欠片を篝の中へと放り込む。数秒後には、篝に照明用の火が灯った。


「この火の暖かさを知ることが、火魔法を火魔法たらしめる必須の知識なのです」


 魔法を使うための、基礎中の基礎。

 兵士らは『何をいまさら』といった、したり顔でアモンの方を見ていた。


 しかし次の瞬間、兵士たちの表情は一変する。


「ではその知識を昇華して魔法の強化を図るには? 実は簡単な方法があります。こうするのです」


 アモンは一切の躊躇なく、篝火の中へ右手を入れた。


 当然のように手袋は燃えて灰になり、右手の皮膚は溶け、肉が見る見るうちに焼け(ただ)れていく。周囲には肉の焼ける酷い臭気が漂い、兵士の中にはうっと目を背ける者さえいた。


「灼熱を想像したなら、次に身を焦がす激痛をもイメージする。そうすることで、火魔法の威力は飛躍的に高まります」


 眉ひとつ動かすことなく、アモンは講義を続ける。

 その間も、右手は篝火に焼かれ続けていた。


「な、何をやっているの!? 早く治療をしないと!!」


 レトリアが駆けてきたことで、アモンはようやく手を篝火から離す。

 長い時間、火にさらされた右手はもはや黒炭と遜色がない。ぶすぶすと上る煙が、火傷の酷さを物語っていた。


()()によって想像力を強化することが、攻撃魔法の……ある意味、奥義のようなものですね。やりすぎたら死んでしまうので、そこはケース・バイ・ケースで無理なくやりましょう。小官が教示できるのは、まぁこんなところですかねぇ」


 そういって、アモンは右手をまたひらひらと振った。

 すると次の瞬間には、手品のように右手の火傷は消え失せていた。


 唖然とする兵士らの前を、アモンは何事もなかったように横切って歩く。しかしその姿には最初にはなかった、兵士たちからの賛辞の拍手が投げかけられていた。


「…………あなた変よ」


「なんですか不躾に?」


 元いた場所に戻るなり、追いかけてきたレトリアに怪訝そうな目を向けられる。訓練を再開させる兵士らを横目に、レトリアは大きなため息を吐いた。


「兵士たちが真似したらどうするの! あ、あんな危険なこと……」


「危険? 我々は魔王国と戦争をしているのですよ? この程度の覚悟など、承知の上では?」


「な、何も殺し合うことだけが戦争ではないわ。血を流すことなく話し合いで解決できれば、それが一番のはずよ」


 レトリアが言うと、アモンの瞳がゆらりと動く。

 そしてその体を覆うように、(おびただ)しい量の魔素が噴き上がった。


「…………話し合い? 相手は野蛮で、人の心を持たぬ魔物の群れだ。一匹残らず駆除する以外に、終戦の方法はありません。レトリア……あなたは天使でありながら、魔物の味方をするのですか?」


 穏やかな声にも関わらず、アモンの体からは漆黒の魔素が(ほとばし)っている。

 レトリアは全身に大量の冷や汗を流し、鳥肌が立つのを感じていた。次の自分の返答次第では、とんでもないことになるかもしれない。


 しかしこれだけは譲ることができない。

 レトリアは勇気を奮い立たせて、震える唇を開いた。


「え……ええ……味方をするわ。私は人も魔物も……仲良くできれば良いと思ってる。いつかきっと、分かりあえると……信じているわ」


 死臭の漂う、尋常ではない黒き魔素。

 ひときわ大きくうねったかと思った、次の瞬間――――――


「うっ……!」


 ぎゅっと両目を閉じたレトリアの前で…………それは何事もなかったように霧散(むさん)していた。


「え?」


「…………見解の相違ですね。小官には、そういった考えはできかねます。しかし、否定もいたしません。貴重な意見をありがとうございました」


 きょとんとするレトリアの前で、アモンはどこか遠い目を浮かべる。

 その哀愁の宿る瞳の中に何かを感じ取ったレトリアは、声をかけようと口を開けた。


 

「レトリア様~~!!」



 だがそのとき、快活な声がレトリアの言葉を遮る。

 ふたりが声の方へ顔を向けると、そこには大小、三人の姿があった。


「調練のお手伝いに来ました~!!」

「暇でござったのでな」

「ついでに、明日からの打ち合わせでもと思いまして」


 ティオス、シグオン、エルブの三叉の矛(トライデント)の三人だ。

 三人は親しげな様子でやってきたが、レトリアのとなりに立つアモンの姿を見て表情を変えた。


「なんだこの怪しい仮面野郎はッ!?」

「たしかに怪しすぎるでござる。物の怪の類に違いない……」


 戦闘態勢に入るふたりを、エルブが「こら」と(たしな)める。

 そしてアモンの方を向いた彼女は、恭しく頭を下げた。

 

「新しい天使様ですわね。わたくしはエルブ。そしてこの元気な子がティオス、髪を後ろで結ってるのがシグオン。みんな、レトリア様の部下ですわ」


「これはご丁寧にどうも。小官はアモン、しがない天使でございます」


 簡単な自己紹介を受け、アモンも簡単に自己紹介をする。

 毒気を抜かれたティオスは「ちぇっ」と、つまらなそうに武器をしまった。


「ご、ごめんなさい! 私の部下がまた失礼なことを!!」


 平身低頭するレトリア。

 アモンは別に気にしてはいなかったが、それでは彼女の平謝りが終わりそうもない。


「そうですねぇ。ではひとつ、お願いしたいことがあるのですが」


「え、ええ……大丈夫よ! 私にできることなら、何でも言って!」


 快諾するレトリアだったが、アモンの視線は横へスライドしていく。

 そしてトライデントの三人の前で視線を止めると、アモンはおもむろに口を開いた。

 


「次はそこの三人のお仕事、小官に手伝わせさせてください」





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― 新着の感想 ―
[良い点] エデンの歪みの描き方。親兄弟があんな風になるという作者様の発想にただただ驚愕しました。 アモンの二面性(?)の描き方にはなんとも言えない物を感じました。 まだイナホの心が残っていそうでそ…
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