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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第256話 「エデンの狙い」


「ハァ……ハァ……! 無事…………のようじゃの」


 ナナを抱いて全力疾走してきたルートミリアは、リリトの魔神石に辿り着いたときには呼吸するのもやっとという状態だった。


 魔神石が破壊されていなかったことに胸を撫で下ろしたのも束の間、ルートミリアはナナを側に寝かせたあと、結界を発動させるべく魔神石に触れる。


「これで……エデン兵を外へ…………」


 呼吸を整えつつ、魔素を高める。

 しかしその刹那、ルートミリアの頭にあるひとつの考えがよぎった。


「これを発動させれば……シモンは」


 いまや魔王軍の敵となった稲豊は、結界の恩恵を受けられる立場にない。

 つまり五行結界を発動させるということは、稲豊を魔王領内から追い出すということを意味している。


「い、忌まわしき者の名は…………エデン兵…………」


 葛藤がなかったと言えば嘘になる。

 

「……かの者、我が領内に踏み入ることまかりならん。土は土へ……風は風へ……」


 しかし魔王軍大将としての立場を考えれば、選択の余地はなかった。


「異物は排除……侵入は禁忌に。ルートミリア・ビーザスト・クロウリーの名において…………命ずる」


 それでも唇は上手く動いてくれず、声は震えた。

 

「敵意の壁よ……。今一度その絶対的な力を蘇らせ……我が同胞(はらから)たちを守護する……盾となれ」


 とっくに枯れたはずの涙が、頬を伝う。

 そして霞みがかった視界の中で、いまこの屋敷のどこかにいるであろう稲豊のことを想い――――――


「…………シモン……」


 そう呟くのだった。



:::::::::::::::::::::::



 屋敷の襲撃から、数時間後――――――


 ルートミリアの姿は、彼女の私室にあった。

 普段ならば不可侵の彼女の部屋だが、いまは違う。大きなベッドの上にはタルトとナナのふたりが寝かされており、そのとなりに備えられた椅子には、虚ろな瞳のマリアンヌが腰を下ろしていた。


「はやく……目が覚めれば良いのだが……」


 体の傷は魔法で治癒できるが、精神(こころ)へ負った深手は魔法ではどうにもできない。少女ふたりは数時間が経ったというのに、いまだ眠り続けていた。


「マリーも、少し体を休めてはどうじゃ? 妾が代わりに看ておるのでな」


 ルートミリアが声をかけても、マリアンヌは心ここにあらずといった状態で、少女たちの姿をずっと見つめている。


 時折、「ハニーじゃない」と呟くものの、まったく会話になりそうもなかった。


「ハァ……………………む?」


 居心地の悪さから、嘆息するルートミリア。

 そのとき、部屋の扉が二度ノックされる。


 一瞬だけ身構えたが、敵がノックなどするはずもない――――と、ルートミリアはすぐに緊張の糸を解いた。そして「入れ」とだけ声をかけ、部屋の鍵を開ける。


「お嬢様、ただいま戻りました」


「アドバーンか」


 部屋に入ってきたアドバーンは、まずベッドの上のふたりを確認した。

 そして様子の変わっていないことを察すると、邪魔にならない部屋の隅へと移動する。


「王都へ行ったにしては、随分と早い戻りじゃの」


「途中、城からの伝令に会いましたので。どうやら、シフ殿が気を利かせてくれたようです」


「…………そうか。それで、王都の方は大丈夫なのか?」


 ルートミリアが訊ねると、アドバーンの顔に影が落ちる。

 それだけで、状況が芳しくないのは理解できた。再びルートミリアの唇からため息がこぼれる。


「貴族たちに数多くの死者が出たうえ、生き残った貴族らも恐怖からモンペルガを遁走中だそうです。魔王軍へ貢献していた、ドン・キーア、マーリー・オネット卿らも重傷。現在は治療を受け、命に別状はないようでございますが……」


「貴族たちが……居なくなると? 民への混乱は必至じゃの。それにドンたちまで……。まったく、好き勝手やってくれたものじゃ」


「隠しても仕方がありませんので、シフ殿にはありのままを手紙に(したた)めました。明日にはソフィア様らにも伝わることでしょう」


 窓の外を眺めながら、ルートミリアは「そうか」と呟く。

 自分の受けた衝撃を、明日には他の姉妹たちも味わうことになる。想像を浮かべただけで、胸の締め付けられる思いだった。


「それと……この部屋を訪れる前に、地下の魔神石を見に行ったのでございますが……」


「なに? 魔神石には、とくに異常はなかったように思うたが?」


 歯切れの悪いアドバーンの言葉に、ルートミリアが怪訝そうに反応する。


「はい、敵は魔神石には手を出しませんでした。いえ、()()()()()()というべきかも知れません」


「出さなかった?」


 嫌な胸騒ぎを覚えるルートミリア。


「…………地下にいた蜂たちが、忽然と姿を消しておりました。地下の無数に開いた穴から、どこかへ飛び去ったもようです」


「なんじゃと!?」


 リリトの遺したミツバチたち。

 それは食糧難の解決に役立つと、少なからず期待されていたものだ。


「まさか……エデンの狙いは……!」


 先ほどのアドバーンの言葉もあり、ルートミリアはすぐに察した。

 敵の目的は、最初から『魔女の遺産』だったのだ、と。


「いまから思えば、アモンの剣を受け止めたとき…………ほとんど力が入っておりませんでした。もともと、寸前で止めるつもりだったのでございましょう。そしてファシール、あの男も私めを本気で倒そうとはしていなかった」


「つまりエデンの目的は最初から…………妾に結界を発動させることだった?」


「結界が発動したとき、アモンは蜂の女王に触れていたのでしょう。そうすることで、まんまと女王を盗み出した。残りの蜂たちは女王を追っていなくなったのだと考えれば、すべて合点がいきます」


 アモンが去り際に放ったひとこと、『小官にはまだやらねばならぬ()()()がありますので』の意味を、今更ながらに理解するふたり。だが分かったところで、もはやどうすることもできない。


「…………すべては、エデンの手のひらの上か」


 稲豊に、貴族街の住民たちに、そして魔女の遺産。

 たったの一日で、あまりに多くを失った。すべてをエデンに奪われた。

 

「なあ、アドバーン。妾たちはこれから……シモンと戦わねばならぬのか? 苦楽を共にした仲間と、命の奪い合いをせねばならぬのか?」


「タルト様にナナ殿、そしてお嬢様。彼がもう見境を無くしているのであれば、戦いは……避けられぬでしょうな」


 かつての稲豊なら仲間を守りこそすれ、少女らに危害を加えようなどとは絶対にしなかった。あまりの稲豊の変わりようは、その洗脳の深さを表している。戦う以外の選択肢は、思い浮かびそうもなかった。


「…………妾には……できそうも…………ない……な……」


「お嬢様!?」


 会話の途中で、突如ルートミリアが床へと倒れ込む。

 アドバーンに抱きかかえられ、ようやく彼女は自分が疲労の限界に達していたのだと知った。


「お嬢様! お嬢様!!」


 アドバーンの声を遠くに聞きながら、薄れゆく意識の中で思ったのは――――――



(シモンは……エデンの地でも元気にやっていけるだろうか……?)



 稲豊の安否だった。



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