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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第255話 「決別」


「…………父……じゃと?」


 眉間に皺を寄せたルートミリアが、静かな声でアドバーンに訊ねる。

 嘘であって欲しい。そんな思いで咄嗟に訊いてしまったのだが、アドバーンは背を向けたまま質問に答えようとはしなかった。


 しかしその反応こそ、質問が正しいことを物語っている。


「これは青天が霹靂の豆鉄砲! まさかエデンの天使と魔王の片腕が親子だったとは!? んん~? ということは、必然的にアドバーン様は…………人間であるということになってしまいますが? それに老人のアドバーン様よりも、貴方の方が年上? んん~?」


 アモンの質問にも、アドバーンは反応を示さない。

 このままでは埒が明かない、とファシールが助け舟を出したのは、少ししてからのことだった。


「簡単な話さ。例外もいるが、基本的に天使は年を取らない。そして彼は元々エデンの天使……いや、天使だった人間だ。魔王サタンに何らかの術を施され、不老の力は失ってしまったようだけどね。さらに補足すると、リリトの亡命を手引きしたのも彼さ。エデンでは裏切り者の堕天使として語り継がれているよ」


「よくもまあ、ひとの触れられたくない過去をべらべらと。その軽口も、エデンを離れた理由のひとつですよ」


 屈託のない笑顔を浮かべ、ごめんごめんと謝るファシール。

 緊張感のないその様子が、逆に場の空気を張り詰めさせた。状況は何ひとつ好転していない。アドバーンの背中に、いままで感じたことがないほどの冷たい汗が流れる。


「昔話も悪くはないけど、まずは仕事が優先だ」


 ファシールが意味ありげな目配せをアモンに送る。

 するとアモンはすべてを察したように、軽やかなステップで壁の穴まで移動した。


「ではでは、小官にはまだやらねばならぬ()()()がありますので、ここらへんでバイバイさせていただきましょうかね」


 手を振りながら身を翻すアモン。

 その背中に、敵が去ろうとしている喜びなど感じるはずもなく、ルートミリアは引き止めるように右腕を伸ばした。


「待てシモン!! お前はアモンなどではない! 思い出すのだ、妾たちと過ごした日々を……。月明かりの下で交わした、妾との約束を!!」 


 心からの、魂からの訴えが、立ち去ろうとするアモンの足をピタリと止める。

 

「帰ってこいシモン!! お前は妾の大切な――――相棒なのだ!!!!」


 アモンがこの手をとってくれたなら、前のような日々に戻れる。

 苦労も多いが愛おしい、そんな幸せな時間を取り戻せる。


「…………ルートミリア様」



 そんなルートミリアの切実な願いは――――――



「次にお会いするときは、貴女の命を貰い受けます」


 鋭利な言葉によって切り捨てられる。

 アモンの背中が見えなくなったあとも、ルートミリアは腕をしばらく下ろすことができなかった。

 

「彼は人間なんだろう? いままで離れていた剣が、エデンという鞘に収まっただけの話さ。少し記憶の混濁が見られるけど、心配はしなくてもいい。彼の面倒は、我々が責任を持って見るつもりだからね」


 アモンと入れ替わりで、ファシールが客間に降り立つ。

 そしてファシールは自然な動作で剣を抜くと、アドバーンの前で足を止めた。


「久しぶりに稽古でもしようか? どれだけ腕を上げたのか、お父さんに見せてごらんよ」


 余裕の笑みを浮かべるファシールとは対照的に、アドバーンの表情は険しさを増していく。


「お嬢様」


 アドバーンは数歩だけ後退り、ルートミリアに小声で話しかけた。


「時間は稼ぎますが……そう長くは耐えられないでしょう。一刻も早く、結界の発動を!」


 迫真の声が、失意のルートミリアの体を起こす。

 それは勇気などではなく、もう仲間を失いたくない……という恐怖からの行動だった。


「すまぬ……すまぬアドバーン!! 絶対に死ぬなよ!!」


 ナナを抱え、悲痛の表情で部屋を去っていくルートミリア。

 その後姿を一瞥することもなく、アドバーンはただ正面のファシールだけを見つめていた。


「魔王の姫に随分と慕われているようだね。『死ぬなよ』か、遂行できそうかい?」


「難しい……でございますね。ですが私の身に何が起ころうと、貴方だけは通しません。そう、例え死んでも……絶対に」


「良い覚悟だね。さあて、どうしようかな?」


 ファシールは聖剣トワイライトをくるくると(もてあそ)びながら、小さく逡巡するのだった。



:::::::::::::::::::::::



 ナナを抱えたルートミリアが客間を飛び出す、少し前――――――

 

 屋敷東の廊下に木霊する、ひとつの絶叫があった。



「どうして!!?? なんで……なんでッ……!!!!」


 

 廊下の中央で、そう号泣するのはマリアンヌだ。

 赤を愛する彼女のドレスは、いつも彼女を象徴するような真紅で彩られている。


 しかしいま、彼女のドレスが朱に染まっているのは、染め物の色だけではなかった。



「だ、誰か!! 誰か来てぇぇ!!!!」



 大粒の涙をこぼす彼女の腕の中には、少女……タルトがいた。

 しかしタルトは瞳を閉じたままで、マリアンヌの呼びかけにも一切の反応を示さない。


 それもそのはずだった。

 タルトの左胸には、ひと目見ただけで重傷だとわかる傷がつけられ、そこから流れる(おびただ)しい量の血が廊下を濡らしていたのだ。



「あああああ…………」



 血溜まりの中で項垂(うなだ)れるマリアンヌ。

 背後に立つ影はそんな彼女の姿を、仮面越しにぼんやりと眺めていた。




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