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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第254話 「魔人」


 稲豊が生きていた喜びと、別人のようになっている悲しみ。

 ありとあらゆる感情が渦のように混ざり合い、ルートミリアはただ呆然と目の前の光景を眺めていた。


「お久しぶりですねぇ、ルートミリア様! さて出会い頭で宴もたけなわな様相を呈してきたわけですが、いかがお過ごしでしょうか? 早速ですが降伏と拘束、どちらがお望みで候?」


 支離滅裂な言葉を話す稲豊……改めアモン。

 ルートミリアは気を失ったナナを抱きながら、なんとか言葉を絞り出そうと口を動かした。しかし口はパクパクと開閉するだけで、言葉が何も出てこない。


「もしかして、これは好機でチャンスな感じですか? なら遠慮なく攻撃を加えさせていただきますが、よろしいですか? よろしいですね?」


 アモンが右手を掲げると、その手に黒き魔素が集約する。

 魔素は最初こそ丸だったものの、やがて細く長い形状へと変化した。


 そしてアモンがふっと息を吹きかけた次の瞬間――――――


「あら不思議、刀へと変わってしまうんですねコレが」


 魔素は漆黒の刀となり、アモンの右手に握られていた。

 

「では遠慮なく」


 ナナを抱きとめる為に屈んだルートミリアの眼前で、アモンの黒刀が振り上げられる。本当ならばすぐにでも逃げなければいけない状況なのだが、ルートミリアの体は石になってしまったように硬直し、動いてくれそうになかった。


「さようなら、ルートミリア様」 


 アモンの無情な台詞と同時に、黒刀がルートミリア目掛けて振り下ろされる。

 

「ッ…………!!!!」


 咄嗟に目を背けるルートミリア。

 彼女が死をも覚悟したその瞬間――――――


 大きな金属音が鳴り響き、アモンの黒刀はルートミリアの寸前で停止した。


「おやぁ~?」


 首を傾げたアモンの前で、ふたつの剣が交差している。

 ひとつは黒刀、そしてもうひとつは細身の片手剣だった。

 アモンが気怠そうに視線をスライドさせ、細剣の持ち主を確認する。


 そしてはちきれんばかりの笑顔を浮かべ、その名を口にした。


「コレはコレは! ご無沙汰しておりました。ご健勝そうで何よりでございます! アドバーン様」


 すんでのところでアモンの黒刀を受け止めたのは、ルートミリアを探しにやってきたアドバーンだった。老紳士は迫真と困惑の入り混じった表情で、それでも小さく笑ってから言った。


「イナホ殿も…………お元気そうで。死んだと伺っておりましたので、驚きを禁じ得ませんな」


 ふたりは弾かれるように後退(あとずさ)ると、互いに身構え、剣の切っ先を相手の方へと向ける。


「いなほ? いなほいなほ……? ちょっと記憶にございませんね。小官はエデン第七天使のアモン、以後お見知り置きをば」


「どうやら……トロアスタ辺りに何かしら施された様子。お嬢様に斬りかかるなど、以前の貴方からは……考えられない」


「誰の話をしているのかわかりませんが、こうしていると昔の稽古を思い出しますねぇ。そういえばアドバーン様には、指を切られた苦苦苦苦(にがにがにがにが)しい思い出がございました。くらえ! 積年の恨み!!」


 フェンシングのように、黒刀を突き出すアモン。

 アドバーンは身を翻して、突きをぎりぎりで回避する。


「やめろシモン!! 仲間同士で……戦ってはならぬ!!」


「ヤメるとは何をヤメればよろしいのでしょうか? ヤメるをヤメるのか、ヤメないのをヤメるのか? 異世界は言葉が難しい難しい」


 アモンは首を九十度に捻り、悩むような仕草を見せる。

 そのあまりの稲豊の変わりように、アドバーンの中ではひとつの決断が生まれつつあった。


「イナホ殿……貴方が洗脳されていることを承知で警告します。これ以上、お嬢様に危害を加えると言うのであれば、私めは容赦なく貴方を(ほふ)ります。後生ですから、(ほこ)をお収めください」


「矛? ならば黒刀を持ってる小官には当てはまりませんね! 敵の大将が目の前にいて指を咥えて見てるほど、小官はオギャオギャ赤ん坊ではありません」


()……でございますか。ならば……仕方がありませんね」


 アドバーンの瞳に影が落ちるや否や、烈々たる覇気が老体から(ほとばし)る。

 それは本気でいくという証明。つまりは、命さえ奪うというアドバーンの覚悟の表れだった。


「よ、よせアドバーン! まだ……まだ他に方法が!!」


「私めは魔王様とリリト様より、お嬢様を護るように仰せつかっております。たとえ貴女に恨まれようと、私めは……私めの責務を果たすのみ!」


 ルートミリアの悲痛の訴えも虚しく、アドバーンは低く身構える。


 そして――――――



「イナホ殿のこと…………本当の孫のように想っておりました」



 感傷的な言葉を合図に、ひと蹴りでアモンとの距離を詰めた。

 時間にして一秒にも満たない一瞬の間に、アドバーンの片手剣は空中に鋭利な弧を描き、そして…………アモンの首を切断する。


「シモンッ!!!!!!」


 絶叫するルートミリアの前で、切断された首は宙を飛び、ごろごろと地面を転がり壁にぶつかった。首に遅れること数秒後、頭部を失った体も糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、そして動かなくなった。


「あ……ああ…………」


 稲豊の死を二度も目の当たりにし、絶望するルートミリア。

 肩で呼吸をするアドバーンは、そんな彼女の姿を直視することができず、俯いたままで口を開いた。


「イナホ殿には毒が効かない。こうするほか……ありませんでした。ですが……魔王様も、そしてイナホ殿も……きっとこうなることを望んだはずです。私めならば……そう望みますので」


 アドバーンが肩を落としながら呟いた――――――次の瞬間だった。

 信じられない光景が、ふたりの前で繰り広げられたのは。


「な……!?」


 驚愕し目を剥くアドバーン。

 視線の先には、首の無いアモンの体があった。いや、正確には()()()()()


 そして動揺し動けないふたりの前で、黒き魔素がアモンの首に集まっていく。それは人の頭ほどの大きさになったかと思うと、瞬く間にアモンの頭部を再生した。


 何事もなかったように目をパチパチと開いたアモンは、自らの首を擦りながら口を開く。


「なんてことをするんですか! 料理人としてのクビを切ったというギャグですか? 笑えませんねぇ。やはり念の為、保護しときましょう。防弾マスク装着!」


 先ほど砕けたはずの仮面が黒い魔素に変わり、アモンの顔面を覆う。そして数瞬後には、修復された完全な仮面がそこにあった。


「なるほど……そういうことですか……!」


 アドバーンは、すべてを察したように頷く。

 

「ど、どういうことなのじゃ? 妾には……何がなんだか……!?」


「イナホ殿は生門の器が極端に小さく、大きな魔法を使うことはできなかった。それは持続時間も同様で、数秒しか魔法が持続しない。だからこそ彼は、効果が途切れる前に()()()()()()()()()()()」のです!」


「ビンゴ! まさにピシャリ! さすがは執事長!!」


 アモンが狂喜し、それが正解であることを告げる。

 

「――――――そう、小官は戦闘中、常に魔法の詠唱を続けております! いま唱えているのは肉体強化魔法に修復魔法に治癒魔法!! だから小官は不死身!! そしてもちろん、補助魔法だけに留まるはずもなく!!」


 実践とまいりましょう!

 アモンはそんな台詞を吐きながら、左手の人差し指をピンと立てる。

 するとその指先に、蝋燭の先ほどの小さな火が灯った。


「小官の器では、この程度の火力が精一杯。ですが何度も唱えることによって~~」


 火は拳大になり、猪車の車輪大になり、やがて人間を飲み込めるほどの火球となって、部屋全体を猛烈な熱気で満たしていった。


「ぐぅ……! 確かに理論上は可能……。しかし無詠唱で魔法を重ねがけするなど、いつ脳が破壊されてもおかしくない暴挙……。アモン……貴方はいったい……」


「言ったはずですが? 小官は魔人! そして――――――ルートミリア様と似て非なる器を持つ者!!」


 アモンが左手を振り、剛速球の火球が放たれる。

 それはアドバーンとルートミリアらを素通りし、部屋の窓を壁ごと破壊した。しかしそれでも火球の勢いは衰えず、森の木々を幾つも焼き払いながら彼方へと消えていった。


「妾と……似て非なる器……?」


 しかしルートミリアが気になったのは、火球の凄まじさよりも、アモンが口走った言葉だった。


「そうか……すべて合点がいった。シモン、お前が父上から受け継いだのは……【魔神の舌】だけではなかったのだな? だからお前は……()()()()()()


 ルートミリアが問いかけると、アモンは正解だと言わんばかりに頭を下げる。

 そして再び両手を広げ、舞台で演じる役者のように言った。


「監獄の中で、死を覚悟した死門の解放。ですが()は知らなかったのですよ、自身があのサタンの能力のひとつ……【魔神の死門】を継承していたことをね! 能力は至ってシンプル! 死門に無限に魔素を蓄えられ、かつ死門を自由に開閉できるというもの!!」


 人も魔物も、死門を開けば魔素が流れ続け、やがては死に至る。

 だが魔王サタンだけは、開いた死門でも閉じることができた。


 そしてその能力は稲豊が継承し、知らず知らずのうちに魔素を蓄え続けてきたのだ。


「イナホ殿の世界の……豊富な食材によって蓄えられた魔素。その膨大な魔素があれば、お嬢様の結界を破るのも容易い……という訳でございますか」


「ザッツライ! さらにさらに、この力を使って洋服箪笥ごと融合の魔法陣を再構築!! ソトナがそうしていたように、ビューンと魔王領へ瞬間移動してきたという顛末なワケです!! まあ何人か便乗してきたようですが、それは小官の知るところではないないなないのないのです」


 アリステラの魔能を悪用し、モンペルガへ侵入。

 その後、屋敷へやってきたアモン。敵襲の絡繰が明らかとなったが、ルートミリアの表情が晴れることはなかった。


「さて、とはいっても……小官は魔法のエキスパート! やはり剣闘は見当違い。てなわけで、()()()を呼ばせていただきますね!!」


 唖然とするふたりの前で、アモンが手をパンパンと叩く。

 すると先ほど壊した壁の穴に、誰かの足先が乗った。


 最初に見えたのは、白のブーツだ。次に見えたのが、灰色を基調とした軽装の戦闘服。どこにでもあるような普通の男性用の服だが、腰に下げている剣だけは違った。六枚の天使の羽が装飾された鞘に、白銀の柄。


 それはこの世で()()()だけが持つことを許される、聖なる剣の証だった。


「まさか…………!?」


 アドバーンの瞳が大きく開かれる。

 その視線の先にあるのは、炎で焼かれた壁の穴。そこに降り立つ、ひとりの天使の姿。


 天使は眩いばかりの笑顔を浮かべ、春風のように爽やかな声で言った。


「やあ、久しぶりだね――――()()()()。また少し齢を重ねたかい? 苦労が耐えないようだね」


 この場で絶対に会いたくなかった男、勇者ファシール。

 アドバーンは身に降りかかる災難の連鎖に苦笑を浮かべつつも、ファシールへ皮肉を込めた言葉を贈った。




「脳天気な貴方と違って、こちらは色々と考えておりますので。貴方の方こそ、年相応に老け込んでみてはいかがですか? …………お父さん」





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