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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第253話 「仮面の下は」


 シフが大将軍アルバと対峙している頃、ルートミリアがようやく魔王領内へ帰還する。


「どういうことだ!? なぜ王都が!?」


 モンペルガまで距離はまだあったが、立ち昇る黒煙は飛翔するネブの背中からも窺うことができた。王都に起きた明らかな異変に、ルートミリアが動揺した声をあげる。


「あの位置……貴族街でございますね。事故が起きるような場所ではありません。内紛か敵襲か、おそらく後者でしょう。屋敷に侵入を図った者の一味である、と考えるのが自然です」


「くっ!!」


 冷静なアドバーンの言葉に、ルートミリアは顔をしかめる。

 どれだけの被害が出ているのか想像もできない。稲豊を救う為の作戦で、被害も最小限に抑えられるはずだった。


 どうしてこんなことになったのか?

 どれだけ考えても、答えは見つかりそうになかった。


「わ、妾はどうしたら良い? このままではモンペルガが無茶苦茶にされてしまう!」


「落ち着いてください、お嬢様。一番に優先すべきは、敵の迅速な排除。お嬢様が発動させたリリト様の魔神石、あれに接触することです」


「そうか! あの魔神石を使えば、五行結界の力を再び発動することができる。敵を根こそぎ、この魔王国から締め出すことが可能なのじゃ! ネブ!」


「……分かっている、もう目の前だ」


 希望を取り戻し、表情を少し明るくしたルートミリア。

 そんな彼女に催促されたネブは、翼を平行に広げ、急降下を開始する。


 ほぼ垂直に落ちていく三名の前で、ぐんぐんと大きくなってくる森の屋敷。

 そして急激な浮遊感のあとで、ルートミリアは遂に目的地へと到着する。


「ここは妾たちで何とかする。だからネブ、お前は王都へ――――――」


「言われずとも救援に行かせてもらう。あそこには父がいるんでな」


 話を最後まで聞くことなく、ネブは飛び立った。

 そしてルートミリアもその後姿を最後まで見送ることなく、屋敷の方を向いた。


 本来なら会話さえ省きたいほど、事態は一刻を争っている。


「妾の結界をここまで……」


 門扉の右端にある紋章が、石柱ごと破壊されている。

 相手が相当な手練であることの証明だった。


「お嬢様、私めが先に」


「うむ、まかせる!」


 まずはアドバーンが屋敷の扉をくぐる。

 そして周囲を確認してから、次にルートミリアが屋敷の中へ入った。


 一見、ふだんの屋敷に見える。

 しかしルートミリアは、そこに確かな()()を感じ取っていた。


「お嬢様、マリアンヌ様たちを探したいところでしょうが」


「……わかっておる。すべては五行結界を発動させたあとのことじゃ」


 アドバーンのいつもとは違う声色に、緊張感が増していく。

 いまや屋敷内は猛獣のいる檻の中と同じ。いつ、どこから敵が飛び出してきてもおかしくはなかった。


 幸いなのは、目標がそう遠くないこと。

 ふたりは周囲の警戒を続けながらも、ほどなくして開かずの間の前にたどり着く。


「これはいったい……?」


 壊れた扉を目にし、アドバーンが首を捻る。

 だが考えたところで、わかるはずもない。アドバーンは開かずの間の中を素早く確認したのち、口を開いた。


「私めが調べてまいります。お嬢様はここでお待ちを。何か起きたら声をあげるか、私めの方へ逃げてください」


「妾を誰だと思うておる。賊など、返り討ちにしてくれるわ」


「……お願いでございますから、無理はしないでいただきたい。それでは、行ってまいります」


 アドバーンは不服そうに、開かずの間の奥へと入っていく。

 その後姿を見送ったあとで、ルートミリアはとうとつに心細くなった。


 こんなとき稲豊が居てくれたら、どれだけ心強かったことだろう?

 そんなことを考えながら、アドバーンの帰りを待つ。



 そのときだった――――――



「…………なんじゃ?」


 誰かの声が聞こえた気がする。

 それも、そう遠くない場所だ。ルートミリアは、首だけを廊下へ出して確認する。


 しかし、誰の姿も見えない。


「聞き間違いではない……はず。こっちか?」


 アドバーンは開かずの間で待てと言った。

 本当なら、ひとりで行動など危険きわまりない。だがルートミリアは、声の主を探すことにした。


「賊など……許せるはずがない」


 恐怖心よりも何よりも、いまのルートミリアを突き動かすのは怒りだった。

 貴族街を燃やすだけに飽き足らず、屋敷を襲撃し、あまつさえ稲豊の命まで奪った宿敵エデン。その敵の姿を想像するだけで、腸が煮えくり返るような想いだった。


「……!」


 今度は、先ほどよりもはっきりとルートミリアの耳に届いた。

 なにかのうめき声が、そう遠くない場所から聞こえたのだ。


 ルートミリアは、それが一階の客間からであると直感する。


「間違いない、誰かいる……」


 一階の客間の扉の前で、異様な気配を察知するルートミリア。

 扉越しとはいえ、その隙間から禍々しい気が漏れ出ていた。あまりに邪悪な気配なため、ルートミリアは一瞬だけ開けるのを躊躇(ためら)う。


 しかし最終的に、怒りの感情に軍配が上がった。

 無謀といわれても、ルートミリアのドアノブを捻る手は止まりそうになかった。


 怒りに任せ、それでも慎重に、ルートミリアは客間の扉を開ける。


「…………なっ!?」


 そこには、信じられない光景があった。



「う……く…………あ……あ…………!」



 顔を真っ赤にし、声にならない声をあげるのは…………ナナだった。

 細い少女の首に蛇のように絡みつくのは、黒い手袋に覆われた男の手。だが、男が黒いのは手袋だけではなかった。


 全身が黒衣で覆われた男は、その素顔まで漆黒の仮面で隠している。

 禍々しい仮面の横から伸びる黒の長髪は、女性のようでもあった。しかしルートミリアにとって、そんなことはどうでも良かった。


 あろうことか、見知らぬ男がナナの、大切な仲間の首を締め上げている。

 その事実を目の当たりにしたとき、ルートミリアの中で何かが切れた。


「ナナに何をするッ!! この下郎が!!!!」


 ルートミリアの右手の人差し指から、氷が弾となって放たれる。

 それは矢のような速度で空中を飛び、男の顔面を正確に撃ち抜いた。


 氷の破裂する音が響き、吹き飛ぶ男と仮面。

 衝撃から(うずくま)った男の側で、砕けた仮面が音を立てて転がった。

 

「ナナ! ナナッ!! 無事か!! 返事をせい!!」


 男の手から解放されたナナを、ルートミリアが抱きかかえ声をかける。

 しかしナナは激しく咳き込んだあとで、糸が切れたように意識を失った。


「貴様……!! よくも……よくも……!!!!」


 呼吸を確認し安心するのもつかの間、ルートミリアは燃えるような瞳を男へぶつける。ナナはしっかりしているとはいえ、まだまだ子供だ。その子供を、男は本気で締め殺そうとしていたのだ。


「くく……何をするんですか? 小官(しょうかん)の邪魔を……しないでいただきたい」


「ふざけるな!! どこぞの誰か知らぬが、貴様は妾の仲間に手を出したのだ。覚悟はできているのであろうな!」


「おやおや? 小官のことを忘れてしまったのですか? ひどいなぁ」


 黒衣の男はにやにやと笑いながら、ゆっくりと体を起こした。

 

「なに……? 妾は貴様のこと…………など……」


 ルートミリアの声が、次第に細く弱くなっていく。

 男が背を向けているので、顔はよく見えない。だがその背中には、たしかに見覚えがあった。


「ま……まさか…………」


 喉がからからに干上がっていく。

 声を出すだけで、痛みが走るほどだった。


 瞳を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべるルートミリア。

 そんな動揺を知ってか知らずか、男は何の前触れもなく振り返る。


 時が止まったかと錯覚するほど、ゆっくりと流れる時間の中で、ルートミリアは確かに見た。男の顔を見た。そして瞳の端から一筋の涙を落とし、その名を呟いた。












「……………………………………シモ……ン…………?」



 間違えるはずもない。


 少年から青年へ。

 明らかに成長しているが、その男は紛れもなく――――志門 稲豊だった。

 

 次の言葉が出てこず、完全に放心するルートミリア。

 男はそんな彼女の前で、ぴょんと跳ねると、大仰に両手を伸ばして言った。



「残念ながら大外れ! 小官はエデン()()()使()、魔人【アモン=イナホ】!!!! ああ~いえいえ『イナホ』の部分はケッコウです!! もうそんな人間はおりませんので!!!!」



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