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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第251話 「足止め発動」


 結界の限界が近いのは、それを張る兵士らの表情からも伝わってくる。

 苦悶の色を浮かべる彼らとは対照的に、攻めるワルキューレ隊の顔には愉悦が表れていた。


「もうすぐだ! もうすぐ奴らの喉元に手が届くぞ!!」


 グラシャの持つハルバードが唸りを上げ、結界に激しく叩きつけられる。

 すると、みしりと音を立て、大きな亀裂が結界に広がった。それは本来すぐに修復されるものなのだが、魔素の足りない結界では、亀裂の直りも遅々として進まない。


「さあ皆さん…………さっさとあの目障りなものを取っ払ってしまいましょう…………」


 さらにスカルフォの号令で、火魔法や土魔法が矢のように降り注ぎ、結界に無数の穴を作っていた。もはや結界は風前の灯火といっても過言ではない。


 しかしそれは、ソフィアの想定していたことだった。

 

()()()()()()に合図を出せ」


「はい!」


 ライトが伝令の兵に合図を送り、伝令から別の兵士たちへ合図が伝えられる。

 その直後、大きな地響きが両軍のいる平原を揺らした。


「なんだッ!? どうした!?」


「じ、地震……? いやこれは……!?」


 慌てふためくワルキューレ隊。

 しかし次に起こった出来事により、彼女らはさらなる混乱に陥ることになる。


 結界を破壊しようと距離を詰めていたワルキューレ隊の足元、つまりは地面が突如として崩落し、隊員たちが為す術もなく落下していったのだ。


「きゃああ!!!!」


「わわわッ!?」


 女性的な悲鳴をあげて、次々と穴に落ちていくワルキューレ隊の隊員たち。


「お、落とし穴?」


「小癪な真似を!!」


 穴の底は柔らかい土だったので怪我は負わなかったものの、隊員たちは天を見上げて途方に暮れた。全長数十メートルにもなる横長の穴は、深さも相当なものがあった。登ろうと試みた隊員もいたが、土が柔らかく、とても登れるようなものではない。

 

 そしてその機を、魔王軍が逃すはずもなかった。


「全軍撤退!!!!」


 ソフィアの号令が響き渡り、魔王軍は結界を解き反転する。

 最初から退却を想定していた彼らの統率は、驚くほどに取れていた。


 ぐんぐんと遠ざかっていく魔王軍を横目に、スカルフォは小さく舌打ちをする。


「まったく…………なんてざまかしら…………」


「う、うるさい! さっさと助けろ!!」


 穴の底でまだ起き上がれないグラシャは、顔を真っ赤にしながら悪態をつくのだった。






「さすがはネコマタ族、十分すぎるほどの働きをしてくれましたね!」


「ああ、これでしばらくの時間は稼いだ。奴らも前衛の隊を欠いて、我々とやり合うつもりもないだろうからな」


 ソフィアはこの為に、エイム隊から十名のネコマタ族を本隊に残していた。結界は稲豊救出の時間稼ぎでもありながら、同時に落とし穴を掘る為の時間でもあったのだ。

 

 しかしまだまだ油断はできない。

 絢爛な猪車に揺られながら、ソフィアは再び気を引き締める。



――――――そんなときだった。



 バードマンの兵士が大きな羽音と共に、ソフィアとライトの乗車する猪車に飛び込んできたのは。


「な、なんだ? 何事だ!?」


 目を丸くするライト。

 一兵士が王族の乗る猪車に進入するなど、あってはならない。

 

「くっ…………ハァ……ハァ……ッ! き…………が……!」


「落ち着け。話すのは呼吸を整えてからでいい」


 呼吸もままならないバードマンに、優しく声をかけるソフィア。

 ()()()()()()()()()()を兵士が行うとき、それは()()()()()()()()()()が起きたときだと、ソフィアは経験から知っていた。


「申しわけ……ございません……!」


「構わない。お前は本隊所属の兵士ではないな。いったい何があった?」


 ソフィアが静かに問いかけると、バードマンは一度だけ深呼吸をする。

 そしていまだ興奮の冷めやらぬ様子で、口を開いた。



「き、奇襲です!! 王都が何者かの攻撃により、炎上しています!!!!」



 さすがのソフィアも、この報告には言葉を失った。

 それは想像もしていなかった異常な事態。あってはならない、緊急事態である。

 

「馬鹿なッ! 王都への道には我々がいる!! 奴らはどうやってモンペルガに向かったというんだ!? いや、そもそも五行結界を張っているなか、魔王領内へ進入できるはずがない!!」


 ライトが狼狽し兵士に詰め寄るが、兵士も訳が分からないと首を振ることしかできなかった。


「…………敵の数は?」


「分かりません……。アルバ城で待機していた我々に、王都から急報が入ったのが半刻ほど前。残念ながら、詳細は何も……!」


「…………そうか」


 敵の正体も、数も、どうやって侵入できたのかも不明瞭。


「屋敷への襲撃といい、いったい何が起きている……?」


 どこか統率のとれた、敵の行動。

 それは誰の描いた(はかりごと)なのだろうか?

 得体の知れぬ悪意を感じ、ソフィアは大きく身震いをした。

 

「いずれにしても、我々にできることは急いで戻ることだけだ」


 どう頑張っても、この大群が王都へ戻るまで数日を要する。

 ソフィアらは、ただ皆の無事を祈るほかなかった。



:::::::::::::::::::::::



 場面は変わり、王都モンペルガ。

 ソフィアたちの祈りも虚しく、貴族街は火の海と化していた。


 蛇の舌のような紅蓮の炎が、綺羅びやかな家を次々に灰へと変えていく。

 いまや貴族街は、逃げ惑う貴族たちで混沌を極めていた。



「ハハハハ!!!! 燃えろ燃えろ!!!! すべて燃えてしまえ!!!!」



 燃え落ちる家の傍らで、狂喜乱舞する男がひとり。

 醜悪な笑みを浮かべる紅衣の男は、逃げる貴族の姿を見つけては、嬉々として攻撃魔法を放っていた。


「ひいぃ!! た、たすけてくれぇ……!!!!」


「たすけてください――――――だろぅ? まぁ、どちらにしろ断る」


 (ひざまず)き命乞いをする貴族の男に向けて、紅衣の男は容赦なく爆破魔法をお見舞いする。全身が炎に焼かれ事切れる魔物を眺め、男は再び高笑いをしたのだった。


「はぁ~、つまんな~い! 魔族だっつーから、どんだけ楽しませてくれるのかと思ったら……。拍子抜けだわマジで」


 高笑いする男の近くで、ひとりの少女がため息をついた。

 少女は貴族の亡骸に腰を下ろし、男の姿をさもつまらなさそうに見つめている。


「あんたこんなんでよく楽しめんね。よっぽど鬱憤が溜まってたのかしら? 最近、失敗続きのアキサタナ将軍」


 少女が(からか)うようにいうと、紅衣の男アキサタナは憤慨し反論する。


「う、うるさい! ティフレール、君にボクの悔しさなど分かりはしないさ。……くく、だがこれからだ。やはり大天使様はボクのことを見てくれていた! ここで手柄を立て、ボクは大きく返り咲くんだ!!」


「はいはい、しっかり頑張んな~。はぁ、名のある将はみんな留守なのかしら? 獲る首が無いのに、どうやって手柄をあげるっつーんだか」


 再び嘆息する、エデン第四天使ティフレール=キャンディロゼ。

 彼女の憂いを帯びた背中に近寄る、ひとつの足音があった。


 足音は堂々たる音を立てながら進むので、ティフレールだけでなくアキサタナにまで、その存在は認識されることになる。


 ふたりが首を足音の方へ向けると、その主は丸太のように太い腕を組んだ。

 そして人を丸呑みできるほどの大きな口を開き、ティフレールとは比べ物にならない強いため息をもらしてから言った。


「おうおう、ワシのシマで好き勝手やってくれたにゃあ……。ここまでされたんじゃ、明日から商売あがったりやき。さあ、どう落とし前をつけてもらおうかのう」


 天使ふたりを相手に鋭い眼光をぶつけるのは、モンペルガの商人たちをまとめるボス……ドン・キーアだった。


「活きが良いの残ってんじゃん!」


 貴族の躯から瞳を輝かせながら降りるティフレール。

 ようやく良い遊び相手が来たと喜んだ彼女だったが、


「――――――は? ぐふッ!?」


 ドンの怒りの鉄拳が刺さったのは、アキサタナの顔面だった。

 激しい衝撃で吹き飛ぶアキサタナ。


「な、なぜ……ボクが……!?」


 かなりの距離を転がったあとで、アキサタナは折れた鼻を右手で押さえながら不満を漏らした。


「おまんの方がワシと近かっただけやき。そうやって、おまんも目に入る魔物を殺しちょったんにかーらん。ようもやってくれたのぅ、エデンのゴミ共が」


「クソが……! ティフレール、こいつはボクが殺る! 魔物の分際でボクの顔に触れたこと、絶対に後悔させてやる!!」


 激昂するアキサタナの顔に、傷はもう残っていなかった。

 そのまま視線で火花を散らし、やがてふたりは激突する。


 完全に蚊帳の外に追いやられたティフレールは頬を膨らまして不満をあらわにするが、戦闘中のふたりがそれに気付くはずもない。


「横槍は趣味じゃないし、あ~つまんね~!」


「ならばお嬢さん、私の相手をしてくれませんか?」


 どこからともなく男の声が聞こえ、ティフレールは声の方へ顔を向ける。

 すると少し離れた場所に、小男と背の高い令嬢が立っているのが見えた。


「暇ならば、お相手をいたしますわ。――――と、オネット卿は申しております」


 小男は淡々とした様子で続ける。

 しかしティフレールが気になったのは、小男の落ち着きようよりも、緑の帽子とドレスを着た女の方。漂う静かな殺気は、雑兵に出せるソレではない。


 相手が手練の魔物であることを悟ったティフレールは――――――



「いいよ!」



 満面に笑みを浮かべ、快諾するのだった。




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