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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第247話 「最期にできること」


「い、いま…………なんと……?」


 視界のすべてが白く染まり、途端に耳鳴りが激しく響き始める。

 絶え間のない頭痛と一緒に、足元が崩れたような虚脱感に襲われた。


 それでもルートミリアは、倒れはしなかった。

 あまりにも衝撃が大きすぎて、信じることができなかったからだ。


「シモンが…………死んだ?」


「………………はい……」


「う、嘘じゃ!!!! 見たのか? お前は……その光景を見たと申すのかッ!?」


 出した声の大きさにも気づかず、ルートミリアはレトリアに詰め寄る。

 そうすることで返答に変化が起きることを期待したが、レトリアの答えは変わらなかった。


 レトリアは首を縦に振り、肯定する。

 

「私の前で……イナホは…………。だから……この争いの意味は…………もう」


「信じられるか!! お前はエデンの天使じゃ!! 妾たちを混乱させるために、(たばか)ったに決まっておる!!!! アドバーン!! お前はこんな……こんな言葉だけで、計画を中止したというのか!?」


 次にルートミリアは、恐ろしい剣幕でアドバーンへと詰め寄る。

 胸倉さえ掴みかねない勢いだが、老紳士は取り乱しはしなかった。


「彼女はミアキス殿の旧友で、私めにも嘘を言っているようには見えませんでした」


「だがそう信じ込んでおるだけの可能性もあるではないか!! まだシモンが生きておるのに、助けを待っているのに……まだ……」


「どうか落ち着いてくださいお嬢様。私めも、ただ彼女の言葉を鵜呑みにした訳ではありません。ここに戻ってきたのは、確認をする為でございます。アート・モーロの市街地にアリステラ様の門を設置しました、いつでも作戦の再開は可能です」


「確認……?」


 呆然とするルートミリアを横目に、アドバーンは体ごと顔の向きを変える。

 その視線の先に立っていたのは――――――


「なるほど、オレの“魔能”か」


 遅れてやってきたソフィアが、開口一番に答える。

 

「レトリア嬢の心の中に入り、彼女の記憶を覗く。確認する術があるとしたら、もはやそれしかありますまい」


「記憶を……覗くじゃと?」


「彼女もそれを了承し、ここまで御一緒していただきました」


 ソフィアの持つ【魔神の脳】ならば、確かにレトリアの心の中に入り込むことができる。そして記憶を覗くことも可能だろう。しかしそれには、相応のリスクもあった。


「ミアキスの旧友とはいえ、レトリアはエデンの戦士じゃ。本当に大丈夫なのか? 悪意を持つ者の心の中に入れば、こちら側の精神が崩壊することもあり得る」


「ですので今回は、私めが責任を持って行ってまいります。私めの精神力は、お嬢様もご存知でしょう。そこいらの者には負けませんとも」


「決まりだな」


 ソフィアが手早く、地面に魔法陣を描きあげる。

 そしてレトリアがその中心で佇み、心の中に入る準備は完成した。


「念の為に説明しておくが、あんたには包み隠さず記憶を晒してもらう。無いとは思うが、もしあんたが抵抗しアドバーンの身に何か起きたときは…………」


「そのときは、遠慮なく私を裁いてもらっても構わないわ」


「……良い覚悟だ。時間がない、早速だが始めさせてもらう」


「ではお嬢様、行ってまいります」


 アドバーンも魔法陣の中に入り、ソフィアがレトリアとアドバーンに触れる。あとは魔能を発動するのみとなったが、そこで居ても立っても居られなくなったルートミリアが、待ったをかけた。


「待て! 記憶の確認には――――――妾が向かう!」


「そ、それは無茶かしらルートミリアお姉さま! お姉さまは魔王軍の大将なのよぅ? そんな危険なこと、させるわけにはいかないわぁ!」


 アリステラが狼狽しながら、必死に止める。

 しかしルートミリアは、引き下がろうとはしなかった。


「この目で確認しなければ、納得できん。誰かの言葉ぐらいで、シモンの死を信じることなどできるわけがない!! 妾は行く。誰がなんと言おうと、妾が――――!?」


 取り乱すルートミリアの前に、アドバーンが立った。

 老紳士は有無を言わさぬ迫力を(たずさ)え、しかし穏やかな口調で問いかける。


「魔王様からお嬢様を護るように申しつかった身として、私めは危険な旅への賛成はしかねます。しかもただ危険なだけではない、レトリア嬢の仰っていることが真実ならば…………。お嬢様、あなたはイナホ殿の最期を目の当たりにするのですよ?」


「シモンの…………最期」


 想像をしただけで、まるで身体のすべてが拒否をしているかのように、ルートミリアの全身の震えが止まらなかった。その光景は、瞳に永遠に焼き付けられるに違いない。

 

「それでも……それでも妾は……行く。妾には、その責任があるのだ」


「……そうですか。ならば、私めは席を譲りましょう」


 アドバーンが脇に避け、ルートミリアの前にソフィアの描いた魔法陣が待ち構えた。ゴクリと喉を鳴らしたあとで、ルートミリアはソフィアの方を向いて言った。


「妾に何かあったなら、あとは頼んだぞ」


「…………ああ」


 魔法陣の中にルートミリアが入り、再び準備が整う。

 神妙な面持ちのソフィアは、魔法陣の中のふたりに最後の声をかけた。

 

「心の準備は良いな? じゃあ、始めるぞ」


 ソフィアがそう口にするが否や、ルートミリアとレトリアに電撃のような魔素が流れる。やがてその感覚が全身まで行き渡ったとき、ルートミリアは自分の気が遠くなっていくのを感じていた。


 そして宙を飛んでいるような浮遊感を味わったのち、やがて固い何かに着地する。


「くっ! こ、これは…………?」


 手に触れるのは、冷たくゴツゴツとした感触。

 朦朧とする意識の中で、ルートミリアはそれが石畳の床であることに気がついた。


「どこじゃ……ここは?」


 身体を起こし、周囲を見渡す。

 そこは暗く、静かな場所だった。


 いくつもの檻があり、中には手枷・足枷用の鎖が設置されている。

 

「独房か……どこか懐かしい気もするの」


 子供の頃、魔王城の地下牢獄で遊んだ記憶が蘇る。

 そのときは姉妹の誰かが一緒だったのだが、いまのルートミリアはひとりきり。レトリアの姿は見えなかった。


「こんなところに、シモンが……」


 恐る恐る、独房をひとつ、またひとつと覗いていく。

 そして何度目かの独房を覗き込んだとき、



『時間が――――――ごめんな――――――』


『ああ――――――リアも――――――こと』



 どこか遠くから、誰かの会話が聞こえてきた。


「この声……? シモンか!?」


 稲豊の声が聞こえた気がする。

 ルートミリアは、声の聞こえる方へ駆け出した。


 音が反響するせいで、いまひとつ場所が把握できない。

 流行る想いにヤキモキしながら、ルートミリアは少しずつ声の聞こえる方へと近づいていった。


 そして――――――――――――



「シモン!!!!」



 遂に、稲豊の囚われている独房へと辿り着く。



『私の勝手な思い込みかもしれないけど、魔王軍の目的は――――イナホなのかもって』


『そ、それは…………』



 狭く黒ずんだ独房内には拘束された稲豊と、その側に寄るレトリアの姿があった。


「シモン!! 妾じゃ!! いま、いま助けるからの!!」


 そこがレトリアの心の中であることも忘れ、ルートミリアは稲豊の下へ近づこうとした。しかし目に見えない壁があり、どうしても近づくことが叶わない。


「ええい! なんじゃこの忌々しい結界は!? シモン!! 無事なのか!?」


 ルートミリアが声をかけても、稲豊とレトリアは反応を示さなかった。

 まるでルートミリアが存在していないかのように、ふたりで会話を続けている。


『俺のせいで……俺のせいでッ…………!!』


『落ち着いてイナホ! だから私は、貴方にお願いにきたの!!』


 そこでルートミリアは、ここが心の世界……いや、レトリアの記憶の中であることを思い出した。これは既に過去に起きたことで、自分は何も干渉ができない。


「シモン……お前のせいではない! この(いくさ)は、妾たちが決めたこと!! 妾たちが始めた戦いなのだ!!」


 聞こえないと分かっても、届かないと分かっていても、ルートミリアは言わずにはいられなかった。それが例え記憶の中だったとしても、稲豊には救われてほしかった。


『イナホ……お願い! 貴方を…………死なせたくないのッ!!』


 レトリアの悲痛な叫びが響く。

 そしてその想いはルートミリアも同じだった。


 魔王軍を裏切ることで稲豊の命が救われたなら、それは仕方のないこと。そんなことよりも、稲豊には生きていて欲しかった。


「シモン……よいのだ。妾たちの為に、お前が犠牲になることはない。お前はもう十分、魔王軍の為に尽くしてくれた!!」


 透明の壁に縋りつき、ルートミリアは声をかけ続ける。

 やがて稲豊とレトリアの会話も、佳境に入ろうとしていた。



『リア――――――君に頼みがある』



 どこか悟ったような、稲豊の表情が気にかかる。

 ルートミリアはその表情に覚えがあった。


『たの……み?』


『君にはこれから起こったことを、()()()()()ルト様に伝えて欲しいんだ。難しいと思うけど、ミアキスさんを通じてならルト様に会うことも可能かもしれない』


『伝えるって……いったい……なにを?』


『もう……この戦いに意味がないってこと。魔王軍の目的はもう……無くなるんだってこと』


 稲豊の表情は、死地に向かう者のそれ。

 死を覚悟した者が浮かべる、最後の表情だった。


「シモン……? 何を考えておる……?」


 困惑したルートミリアの質問に答えるように、稲豊は言った。


『セイモンシロチョウのせいで、俺は生門の魔素を使うことができない。だから自力じゃ何をすることもできない。でも、ひとつだけ……俺にはできることがあったんだ』


『イナホ…………あ、あなた…………まさかッ!?』


 穏やかな顔の稲豊とは対照的に、レトリアの表情は驚愕に歪んでいる。

 そしてそれは、ルートミリアも同様だった。


「止めろシモン!! それは、それだけはやってはならぬッ!!!!」


『これが俺にできる……最期の……!!』


 どれだけ悲痛な声をあげても、稲豊には届かない。

 ルートミリアは何度も透明の壁を叩き止めようとするが、もう起こったことは変えられない。


 そして悲壮な瞳を浮かべるふたりの目の前で――――――



『ぐぅ……! あああぁッ!!!!』



 稲豊の身体から、漆黒の魔素が(ほとばし)った。




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