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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第246話 「希望という名の毒」


 魔王軍の本隊がアルバ軍との時間稼ぎをしている最中、魔王軍の本命とも言える別働隊は、順調に神都アート・モーロへの侵入を果たしていた。


「ここはアート・モーロのどの辺りになるのかしらぁ?」


「南西の住民街、そのちょうど真下でございますね。地下水路として造られたものですが、色々と問題があって計画が頓挫したようです。まだ残っていて助かりました」


 アリステラが(たず)ね、アドバーンが答える。古臭く、淀んだ空気と水が通る地下の通路。暗く陰気な場所だが、彼らにとっては願ってもない侵入経路だった。


「ミアキス、大丈夫ぅ?」


「も、問題ありません。この臭いにもようやく慣れてきました」


 鼻の訊く人狼族にとって、あまり長居したい場所ではない。

 松明を片手にしたミアキスは、表情を歪めながら強がった。


「しかしアドバーン殿、よくこのような道を知っていましたね。放置されているところをみると、エデンの者にもそう知られてはいない場所なのでは?」


「四百年以上も生きていると、色々な知識が蓄えられるものですとも。花の名前や虫の種類、落とし穴の掘りやすい地形などなど」


「最後のは貴方だけの知識かしらぁ。訊くだけ無駄よミアキス。アドバーンは、はぐらかしの名人なんだからぁ」


「ほっほっほ! 処世術もまた、学んだ知識のひとつでございます」


 稲豊救出班に抜擢された三名。

 不安と焦燥感を誤魔化しながら、それでも確実にタルタロス監獄へと歩を進めていた。


 しかしその順調な歩みを遮るように()()()()()が三名の前へと立ちはだかったのは、数分後のことだった。

 


「…………む」



 先頭を歩いていたミアキスが、片手を伸ばし後続のふたりを制止した。

 そして片手をそのまま腰の剣へとスライドさせ、音もなく剣を抜きとる。


 ただならぬ雰囲気を察し、アドバーンはアリステラを自身の後ろへ下がらせ、ミアキスと同様に剣を手にした。


「誰かいます」


 ミアキスの言葉で、皆の警戒が一層に強くなる。


 こんな場所にいるのだ、普通の住民ではありえない。

 しかし誰がいようと、ここで引き返すという選択肢は存在しなかった。

 三名はひとつの塊となり、じりじりと先へと進む。


 やがて松明の光が、おぼろげな輪郭を浮かび上がらせた。

 

『女だ』


 そう考えたのも束の間、ミアキスは「あ」と目を大きく見開いた。







「………………レトリア?」



 陰気な地下水路には似つかわしくない、黒髪の少女がそこにいた。

 ミアキスは臭気の漂うこの場所で、その懐かしい香りが感じ取れる距離までレトリアに近づく。そしてどこか様子のおかしい彼女に声をかけた。


「なぜ、ここに?」


 昔話に花を咲かせるためにやってきたのではないのは確かだ。レトリアが何か目的を持ってここに立っていることは、火を見るよりも明らか。だがその目的に、ミアキスは見当がつかなかった。


「…………エレーロが、地下水路に異変を感じたの。彼女は……水の精霊だから。まさかとは思ったけれど、何となく貴方たちに会えるような気がしたから…………」


 レトリアの声は静かな地下でなければ、消え入りそうなほど弱いものだった。

 

 だが弱々しいのは、声だけではない。瞳はどこか虚ろで、顔色は青を通り越して白くすらある。これだけ弱りきった彼女を見るのは、旧友のミアキスでさえ初めてのことだ。


「お嬢さん、申し訳ありませんが、我々は急いでおります。道を譲ってはいただけませんか?」


 アドバーンが優しく、しかし剣を離さずに訊ねた。

 そこには『無理矢理にでも通らせてもらう』という、彼なりの意思が込められている。


 だがその脅しに気づいているにも関わらず、レトリアは眉ひとつ動かそうとはしなかった。


「…………どこに向かっているの?」


 まるで幽霊か何かのように、レトリアが訊ねる。

 ミアキスはその尋常ではない彼女の様子に違和感を覚えながらも、まっすぐな瞳をレトリアへ向けた。


「仲間が……エデン軍に囚われている。我々の目的はただひとつ、彼らを救いたい。軍にも、住民らにも危害を加えるようなことはしないと誓う。だからレトリア、今回だけは見逃してほしい」


「仲間…………」


 懇願しても、レトリアの反応は鈍い。 

 やがて痺れを切らしたように、アリステラも口を開いた。


「アルバ城の兵士たちも、みんな無事かしらぁ。仲間を返していただけたら、こちらも兵士たちをお返しするわぁ。あなた方にとっても、悪い条件ではないでしょう?」


 アリステラの持ちかけた取引にも、レトリアは反応を見せなかった。

 そして『強硬手段も止むなし』と、アドバーンが一歩、足を踏み出したところで――――――


「ミアキス……イナホは貴方にとって、大切な人なの?」


 とうとつに、レトリアが訊いた。

 主目的を悟られたことに面を食らったミアキスだったが、すぐに力強く頷いた。


「ああ……恩人だ。彼がいなかったら、自分自身……どうなっていたかも分からない。私を取り戻せたのも、すべてはイナホに助けられたからだ。私にとって彼は、とても大切な――――大切な人なんだ」


「そう……なの…………」


 レトリアはか細くいうと、両手で顔を覆い唇を噛んだ。

 そして――――――







「ごめんなさい!! ごめんなさい……うぅ……!」


 立っていられなくなり、レトリアは遂に泣き崩れる。

 呪詛のように口から出るのは、ただただ謝罪の言葉だった。


「レト……リア? いったい…………?」


 かつての親友の異様な光景に、ミアキスは驚きを隠せない。

 そして同時に、暗雲のような黒い影が、自身の心を覆っていくのを感じていた。



:::::::::::::::::::::::



「アルバ軍に動きは?」


「いえ、見ての通り静かなものです。攻めてくるつもりはないようですね」


 張られた結界の内側で、ルートミリアがライトに訊ねる。

 両軍が睨み合い続ける戦場は、ずっと嫌な緊張感に支配されていた。しかも魔王軍側は、消耗するだけの耐え忍ぶ戦い。兵士たちの疲労の度合いも、目に見えて悪くなっていく。


「我々にとっては好都合なのかもしれんが……こうも何もないと、逆に不安になってくるの」


「そのことで少し、報告したいことが……」


 ライトが周囲を警戒したのち、ルートミリアの方へ顔を寄せる。

 そして他の誰にも聞こえないよう、(ささや)くように言った。


「アルバの姿が見えなくなってます。杞憂かもしれませんが、どうも気になってしまって……」


「ふむ、確かに奴が馬車の中に入って以来、しばらく姿を見ておらんな」


 大将軍アルバは先陣を切って飛び込む勇猛さだけでなく、敵を欺く狡猾さも併せ持った厄介な敵。そのアルバが姿を見せていないのは、なんとも言えない不気味さがあった。


「姿を消して、襲撃の機会を窺っておるのやもしれぬな。どちらにしろ、妾たちにできるのは警戒を怠らぬことだけじゃ。引き続き、周囲の警戒を頼む」


「はっ!」


 ライトは頭を下げ、持ち場の方へと戻っていく。


 そのライトと入れ替わるようにやってきたのは、どこか落ち着きのない表情のソフィアだった。ソフィアはアルバ軍に背を向けた状態で、ルートミリアに話しかける。それは先ほどのライトと同様の、囁くように小さな声だった。


「姉さん、悪いが後ろの猪車まで来てくれないか。火急だ」


「…………わかった」


 ソフィアの表情からただならぬものを感じ取ったルートミリアは、二つ返事で了承する。そしてソフィアに案内されるがままに、後方の猪車まで足を運んだ。


 ここまで下がれば、エデンの連中に声を聞かれることもない。


「それで、緊急の用件とはなんだ? あまり前線を離れる訳にもいかぬ。手短に頼むぞ」


「ああ。まずは、その猪車の中に入ってくれ。その方が話が早く済む」


「ふぅむ、よくわからんが……わかった」


 百聞は一見に如かず。

 ルートミリアは、複雑な表情のままで猪車に乗り込んだ。

 光の魔石によって照らされた猪車内には、ふたりの魔物がいた。


 ひとりは四女のクリステラ。

 そしてもうひとりは……………………


「ま、まさか!?」


 ルートミリアはもうひとりを見るなり、驚きの声をあげた。

 猪車内の椅子に腰を下ろし、毛布に包まっていたのは――――――


「ウル!? ウルなのか!? 本物かえ?」


「一応……ね。……もう、分身を生み出す体力もないよ」


 憔悴した表情をしているが、それは紛れもなくウルサだった。

 ルートミリアは駆け寄り、両頬を触って状態を確かめる。ウルサはくすぐったそうに目を細めたあとで、静かに俯いた。


「…………ごめんなさい……。ボクのせいで、皆に迷惑を…………」


「よい。それを言うならば、お前の異変に気づけなかった妾にも責任がある。いまは疲れておるじゃろう、すべてはモンペルガに帰ってからの話じゃ。それにしても、よく脱出できたのぅ」


「勇者が……ファシールが馬を貸してくれて、彼の言う通りに走らせていたら……魔王軍を見つけたんだ……」


「ファシールが? なぜ……?」


 首を傾げるルートミリア。

 ウルサは苦々しく表情を歪めながらも、事の経緯のすべてを説明した。


「シモンが……ウルを……」


「…………うん……。自分だって助かりたいに決まっているのに、シモン君はボクを救ってくれた。でも、なんでボクを救ったのか…………わからない。どうして……どうして彼はボクを……」


「いまは何も考えずともよい。疲れを癒やすことだけを考えるのじゃ。安心せい、いまアドバーンやミアキス、アリスたちがシモンの救出に向かっておる。きっとすぐに、シモンを無事にここまで連れてくるはずじゃ」


「待って!!!!」


 猪車を出ようとしたルートミリアを、ウルサが強い口調で引き止める。

 

「ルト姉さんなら何か知ってるんじゃないの? 教えて! どうしてシモン君がボクを助けたのか、ボクは……それが知りたい! どうしても知らなきゃいけないんだ!!」


 本当なら、疲弊している状態のウルサには教えたくない。

 その心痛は、想像を絶するものがあったからだ。だがここで、はぐらかすこともしたくはなかった。そういった小さな疎外感が、ウルサを苦しめてのいたかもしれない。


 ルートミリアは葛藤したうえで、すべてを打ち明けることに決めた。

 もう姉妹同士での腹の探り合いは、やりたくなかった。


「実はシモンは――――――」


 

:::::::::::::::::::::::



 嘆き声の響く猪車から、ルートミリアが降車した。

 ウルサのことは、クリステラに頼んである。安心というわけではないが、心強いことに違いはなかった。 


「伝えたんだな」


「…………いずれは知ることじゃからな」


 待機していたソフィアと軽く会話を交わし、前方へ戻ろうかと思っていたその矢先――――――

 

「ル、ルートミリア様ッ!! 救出班が……アドバーン様たちが帰還いたしました!!!!」


「なにッ!? それはまことか!!」


 息せき切ってやってきた兵士の報告により、ルートミリアは暗かった表情を明るくさせた。待ちに待った、これ以上もない吉報。


 そう信じたルートミリアは、気づいたら駆け出していた。


「シモンに……シモンに会える!」


 アリステラの瞬間移動用の扉を積んだ猪車が、さらに後方に待機してある。予定ならば、救出した稲豊と一緒に、その扉から帰ってくることになっていた。


「はぁ……はぁ……!!」


 疲れさえ忘れ、ルートミリアは後方へと駆ける。

 やがて目的の猪車が見え、そしてその前に立つミアキスらの姿も視界に入った。より一層の笑みを浮かべたルートミリアは、到着するなりアドバーンへ訊ねる。


「シ、シモンはどこだ? んく……ここには、見えぬようじゃが? 医療用の猪車かえ?」


 乱れた息を整えながら、ルートミリアは目を輝かせる。

 しかし、異変に気づくのにそう時間は掛からなかった。


「なぜ……エデンの天使がここにおるのだ?」


 稲豊の姿を探すのに夢中で気づくのが遅れたが、ミアキスの隣にあるのは、敵であるはずのレトリアの姿だった。訳がわからないといった様子のルートミリアは、一通り皆の顔を見た。


 アドバーン、ミアキス、アリステラ、そしてレトリア。

 皆の表情は、一様に暗かった。アドバーン以外に至っては、ウルサにも劣らないほど憔悴しているように見える。


「お嬢様……まずはこのレトリア嬢から、報告をお聞きください」


「報告? いったい……なんの……?」


 困惑するルートミリアの前に、レトリアが立つ。

 そして、泣き腫らしたあとの赤い瞳を向け、震える声で告げた。













「イナホは………………………………死に…………ました…………」


 


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